第14話 ダンジョンボス戦 後編
読んでいた本からふと見上げると窓から仄かに赤い日差しが差し込んでいた。座席から確認できる時計を見るとすでに五時を過ぎている。
僕は何度も読み返している本【メイドの嗜み 生活魔法編】を読む。
今日はマートさんに休暇を言い渡されて一日暇なので図書館に来ていた。
生活魔法に『チェンジ』のような可能性がないか調べるためだ。ライム・エリクシールという作者は探索者協会も認めている。その本はほとんどが真実であり読んだ多くの人の人生を一変させている。読んでいる僕も【凡人が強くなるには・・・】を読んだことで現在の成長率のステータスを手に入れたのだ。
ならば、ほかの本やこの生活魔法の本に新たなヒントがないかと考えるのは不思議なことではないと思う。僕は作者がライム・エリクシールの本を手当たり次第に読み漁り何か強くなる情報がないか確認していった。マートさんから強制的に週に一度休みを取らされるので読む時間はある。毎週読み逃しがないように丁寧に読破していったがなかなか見つからない。でも、この作者の本はどれも趣味を深く掘り進めて独自の解釈でまとめた文章なためとても面白かった。
なんだかんだで最後に取った本が【メイドの嗜み 生活魔法編】だ。
四年間、生活魔法の訓練で何度も読んだ文章。今の僕なら重要な個所なら本なしで朗読できる。ほぼ暗記するまで読み込んだ本だ。もう一度読み返してみたが新しい情報はなかった。
「やっぱり何もないか・・・」
気が抜けたのだろう。本が手元から滑り落ちてしまった。
バタンッ
椅子に引っかかり回転して落ちたせいか本のカバーが外れてしまった。
「やべ」
司書さ・・・ドリスさんは本を大事にしないと鬼の形相になってしまう。慌てて拾い後ろを確認したがたまたま席を外していたようでドリスさんの姿はない。
「ふぅ~」
一安心しカバーを直そうと本を確認するとカバーを取った表紙に何か文字が書かれていた。
【メイドの嗜み 生活魔法 ~基礎にして奥義~】
サブタイトル?ちょっとダサい。
「生活魔法は基礎にして奥義?」
カランコロン
色が褪せる。徐々にモノクロの景色に変わり最後には暗くなった。
カランコロン カランコロン
音色が聞こえる。音を音と認識したと同時に腹部に激痛が走った。
「ッ!? あ?」
さっきのは走馬灯ってやつか?にしてもなんであんな記憶を・・・・・。
ザッザッ
足音が聞こえる。あの魔物の足音だろう。こんな土壇場であんなことを思い出したってことは何かあるのか?
ザッザ
もうすぐそこまで来ている。考える時間はない。もう何でもいい!覚えている魔法をすべて使ってやる!
『クリーン』『ヒール』『ウォーム』『クール』『ドライ』『ウォータ』『チェンジ』!!
完全習得しているがゆえに発動は一瞬、すべての魔法が過剰な魔力が注がれ発動する。
傷が癒え、活力が戻り、身体が加速する。魔物の動きが一瞬止められ、風にまかれることでセイに追いつくことができなかった。
「は? 何が起こった?」
腹部を触れてみるが傷はおろか服の破損も治っている。これまでの戦闘で負っていた傷も確認してみるが同じく跡形もない。新品同然の清潔な恰好。今までの足掻きがなかったかのようにすべてのことが治っている。
「悠長に考えている余裕はないっ てかっ」
無拍子の行動でなければ何とか避けられる。一歩、二歩、三歩と精霊の歩幅を踏込み離脱した。左手に持っていた苦無を牽制に投げてみたが切り捨てられる。
「チッ」
攻撃は後回し、現状の確認に回避行動を続ける。
あの一瞬で起こったことを思い返したが何がどう作用したのかさっぱりわからん。対象も絞らずに暴発するような形で発動した魔法だ。自身の感任せに発動した魔法、僕の唯一の魔法であるがゆえにかなり使い込んだ魔法だ。たとえ、暴発であれ感であれ間違う心配はしていなかった。
三頭六腕の魔物の猛攻を何度も離脱しながら考えを進める。何もわからないなら一つずつ魔法を発動し何が起こるのかを改めて確認する。
「『クリーン』」
何度も跳躍し何度も掠っていた裂傷が癒えた。土や血、防具の破損なども消え新品同様になる。
「傷が癒えたのはこれ?」
『クリーン』の魔法効果は綺麗にすること。生活魔法の中で最初に覚えた魔法であり生活魔法の中で習得するのが最難関の魔法。僕はこの魔法を最初に習得することになったため魔法とは抽象的なことの反復練習と勘違いした。本に書かれている説明では何をすればいいのかわからなかったのが原因だ。そのため習得方法の方を重点的に読み込みその方法を全て試すことで習得した。
新品の物を何度も確認し記憶に焼き付ける。新品な物を泥だらけにし何が違うのかを観察する。自身の一番身綺麗な姿を記憶に焼き付ける。一日過ごした自身の姿と何が違うのかを観察する。他者にも同じように記憶への焼き付け、観察を繰り返した。
この時期は僕にとって黒歴史だ。風呂上がりに鏡の前でポーズを取りながら粒差に確認する姿はナルシスト以外の何者でもない。自身の次は他人だ。ただただ行動が変態でしかなかった。魔法の習得訓練中と何度も説明しても苦笑いされるばかり、思い出したくない日々だ。
観察を繰り返した後は長ったらっしい呪文を唱え『クリーン』を発動させる。初めて魔法を行使したときは三時間かけて唱えた魔法が何も起こらなくて絶望した。それも一度発動を失敗しただけで魔力を使い果たし意識を失ってしまったのだから救えない。
僕の初めての魔法『クリーン』はこれをひたすら繰り返すことにより習得することができた。呪文のどれにどのような効果があるのかは本に書かれていない。当時の僕は魔法はこういうものと考えていたので疑問に思わず次の魔法習得に取り掛かった。
「『ヒール』」
発動し跳躍すると予想以上にジャンプした。驚きつつも着地と同時に地面をたたいてみると簡単にヒビが入る。
「身体能力が強化されている?」
『ヒール』の魔法効果は癒すこと。生活魔法の中で二番目に覚えた魔法。この魔法は『クリーン』と違い何をするのかを詳しく説明されており比較的わかりやすかった。
僕は癒しの魔法とは神に祈れとかそんなことを言われるのかと思っていたが違った。指に小さな傷をつけその傷がどうなるのかを観察するところから始まる。何時間も見続け少しずつ血が止まり傷がふさがっていく様子をみて認識したらもう一度切り傷をつけ魔法の呪文を唱え発動した。
『ヒール』はこの傷の治るのを手助けする魔法。本には自然治癒力を向上させ傷を治させると書かれている。
何度も繰り返し、小さな傷なら一瞬で治せるようになったら協会の人に協力してもらい疲れている人に『ヒール』をかける練習を繰り返すことで習得した。その際、何人か魔法を知っている人が呪文が違うと注意を受けたが僕が知っているのはこの魔法の呪文なのであまり気にせず練習していた。
「『ウォーム』」
自信を対象に発動した。自身の身に何か変化はないが魔物の動きが遅く感じる。攻撃を避けるのに移動すると今まで以上の速度で避けた。
「まさか、加速なのか?」
『ウォーム』の魔法効果は対象を温めること。これまでに習得した魔法と同じように見ることが重要な魔法だった。難易度的には比較的簡単。
本の説明は難しく理解はできなかった。分子を振動させることで・・・とか、熱エネルギーが・・・とか、摩擦が・・・とか、何やら難しいことが本に書かれており読んではみたが理解は追い付かなかった。それとは別に例えは分かりやすかった。手の擦り合わせを速くすれば暖かくなるでしょ?それを魔法で再現するのだそうだ。
相変わらず呪文は長いが唱えることで発動することはこれまでの二つの魔法で理解しているので一言一句間違えずに唱える。水を火にかけ沸騰する様子を観察し、呪文を唱えて実践。鍋に入った水を対象に魔法を発動し気持ち温かくなった気がする程度に温度が上がった。毎度の様に魔力枯渇で気絶を繰り返しながら徐々に習得に近づいて行った。
「『クール』」
自信を対象に発動した。初めは特に変化がなかったが攻撃を避けようとしたとき体が思うように動かなかった。まずいと思い痛みを覚悟したが聞こえてきたのは肉を断つ音ではなく硬質なものにぶつかった音。
「硬化? いや、動きが悪くなったから停止か?」
『クール』の魔法効果は対象を冷やすこと。『ウォーム』と同じように見ることが重要な魔法だ。
本の説明によると『クール』は基本『ウォーム』と真逆の現象を魔法で再現することなのだそうだ。まぁ、魔法の効果的にも冷たくするの逆は温かくするだと思う。また複雑な説明があり読破してみたがいまいち理解は追い付いていない。
習得方法は氷に触れること。水と氷を何度も触れて、口に含んで、観察して体感していく。そしたら長い呪文を唱えて魔法を発動する。練習の対象は鍋の中の水。気持ち冷たくなったかな?と思ったら魔力枯渇で気絶した。
手がしわしわになりながらも何度も繰り返し反復練習をすることで習得に成功する。
「『ドライ』」
風を操作し足止めさせる。これに関しては今までと何も変わらない。過剰に魔量を注げば以前もできた。この魔法にも何かあるはずだ。
「風を操作・・・ 操作?」
今までの戦闘で無残に転がっている石に『ドライ』をかける。すると石は宙に浮かび魔物に向かって飛んで行った。
「なるほど、魔力による操作か」
『ドライ』の魔法効果は対象を乾かすこと。この魔法が一番簡単に習得することができた。これまでの魔法習得で観察すること、違いを理解することが魔法習得の近道であることを理解していたからかもしれない。
本の説明は複雑怪奇。大気中に漂う魔力とは・・・から始まり、体内で生成される魔力と空間に充満する魔力の違いとは・・・や、魔力の扱い方が・・・、古武術が・・・、仙人が・・・、なんかのよくわからない説明にまで及んでいて『ドライ』の魔法の説明としては雑学が多すぎるために読み進めるのが時間がかかった。
乾燥した衣服と洗濯したばかりの衣服を比べることや洗濯物が乾く様子をじっと観察することが主な修練方法だった。毎回のように反復練習を繰り返し記憶に焼き付けてから長い長い呪文を唱える。例によって発動は微妙であり魔力枯渇で気絶した。
習得過程自体は今までどうりだったが今までの経験の成果か最短で完全習得まで進めることができた。
「『ウォーター』」
水が出た。
「・・・・・」
いや、何かあるだろう?これまでどの魔法も何かしら出来たんだ。『ウォーター』だけ出来ないなんてことあるか?それにさっきの過剰に『ウォーター』を発動したとき水は出ていなかったし何か違う効果が発揮していたことは確かなはずだ。なんだ?『ウォーター』はどんな魔法だ?
過剰発動させたときは強風が起こっていた。『ドライ』の操作だけでも発動はできるが咄嗟にあの場に空気を集めて強風を発動できるものなのか?なら、『ウォーター』の魔法とは・・・。
「『ウォーター』!」
風の塊がその場に出現し弾ける。僕は咄嗟に『ドライ』を発動し風を魔物に叩きつけ動きを止めさせた。
「水を出すだけじゃない、ここに無いものを出す魔法・・・召喚だ」
『ウォーター』の魔法効果は水を出すこと。何もないところから水を出すことができるこの魔法は今までの生活魔法の中でも魔法らしい魔法かもしれない。僕が個人的に考えていた魔法とはファイヤーとかなにもないところから炎が出現し敵を焼き尽くすようなものだ。そう考えると『ウォーター』とは水魔法といえるのでは?と思っていた。
本の説明ではこの魔法は水魔法ではないのだそうだ。水魔法は魔力を直接水に変換して・・・だとか、効率が・・・とか、そんなものは精霊でしか・・・だとか、人が行使する水魔法を完全否定した文書が延々と綴られている。そこまで否定しなくてもとツッコミたくなるほどには『ウォーター』と水魔法の違いについて説明されていた。
習得方法は何やら複雑。魔法陣の書き方から練習することになり、それぞれの文字の理解など不要との暴言をいただき、ただどういうものかということを理解することから始まった。説明が複雑なため割愛するが結論から言うと自分の文字を作れと言うことらしい。僕はどうにかお手本を参考に僕自身が覚えやすい形を模索し完成したら毎度の長ったらしい呪文の演唱と気絶の日々である。
何度も繰り返すことで魔法の習得に成功。この魔法は憶え方自体は難しくなかったが習得するまでが複雑で時間がかかるものだった。世の魔法使いは初級魔法を数日で習得する者もいるそうだから戦慄したものだ。
「『チェンジ』」
手元に瞬時に武器が現れる。
「この魔法はこれだよな」
『チェンジ』の魔法効果は瞬時に着替えること。僕が生活魔法の中で最後に覚えた魔法だ。修練方法なんかの説明は省きます。
この魔法が他の生活魔法の活用方法を模索するきっかけとなった。最後の魔法のくせに習得難易度が『クリーン』の次に難解で苦労したがこれまでの戦闘の日々で一番お世話になっている魔法だ。
戦闘は理解した魔法から活用していきどうにか拮抗に持ち込んだ。傷は瞬時に『クリーン』で治し、『ヒール』で身体能力と武器を強化することでどうにか打ち合えるようになった。回避に関しても『ウォーム』の加速を使うことで容易になっている。咄嗟に『クール』を使うことで重傷を避けることができるのも大きい。
『ドライ』と『ウォーター』はこの戦闘ではあまり使い物にならない。相手の身体能力が馬鹿みたいに高いこともそうだがまだ僕の慣れが足りない。他の物質の操作や他の物を召喚できるとわかってもこのギリギリの戦闘の中で扱うのは難しい。他の水や風以外のことをしようとすると魔力消費が馬鹿にならない。完全習得しているとはいえ勝手が違うため戸惑っているのだと思う。その調整をこの場でやるのは自殺行為だ。
それでも、治療、強化、加速、停止ができるのは大きな戦力だ。生活魔法は基礎にして奥義。この魔法はもともと強力な魔法をメイド用にグレードダウンさせた魔法なのかもしれない。
戦力さに余裕が出てきたらこちらのものだ。相手を観察しその行動を【真似る】。
防戦一方だった状況が徐々に僕の方に傾き始める。強化を瞬間的に行うことで爆発的な力を行使できるようにもなってきた。
槍の刺突を懐に潜り込むように短剣で逸らす。一歩踏み込んだ。挟撃の大剣は持ち替えた両手のラウンドシールドで筋力を瞬間的に強化し弾き飛ばす。魔物による苦し紛れのシールドバッシュは精霊の一歩で回避、二歩目で相手の足元へ移動。メイスと斧による叩きつけは三歩目で回避、敵の眼前へ・・・。
「死歩」
僕は持ち替えた斧で眼前に叩きつけ離脱した。死歩が発動したため命中したはずだ。
「どんな頭してんだよ」
確かに斧は顔面に命中していたが刃先が少しめり込んだだけで傷としては浅い。その証拠に少し頭を振られただけで刺さっていた斧はどこかへ吹き飛んだ。こちらを振り返った表情は僕に決定打がないことを理解してか不快なニヤつき顔だ。
「クッソッ」
無拍子はキツイ。どうにか槍は回避したが体制が完全に崩れている。追撃の大剣の勢いに逆らわず身体を停止させることで吹き飛ばされた。体の損傷は軽微。どうにか凌いだが・・・。
「あいつを倒すにはまだ足りない」
僕が持っているのは後何だ。これまで修練してきて学んできたことは何だ!思い出せ、ここまで追い付けたんだ。きっと何かあるはずだ。
また、僕の回避の連続が続く。回避しつつも【真似る】で何か得られないか情報を集めていく。相手も無拍子に慣れてきたようでだんだんと連続で使用してくるようになってきた。生傷も増えてくるしそのたびに【クリーン】を使い、筋力差を縮めるために【ヒール】も使い続けているため魔力切れが近づいてくる。このままではジリ貧だ。
盾を装備し相手の流れを読んで武器の勢いを殺す。
「流れ?」
力の流れは盾を装備していないと使えないのか?いや、そんなことはない。短剣を装備して武器を受け流した時でも相手の流れを読んで対応していた。
「スキルは常時発動している」
僕が覚えている職業スキルは基礎スキルのみだ。
「生活魔法は基礎にして奥義」
スキルにも言えないか?
使う武器は使い慣れた短剣。教官との訓練、レベル上げの日々での死闘の数々、すべての経験を思い出せ!
スキルをすべてフル活用する。
【斬る】型の理解。九つの斬撃を最適な体の動かし方で放つ。
【突く】威力の一点集中。最適な捻りを加え威力を穂先の一点へ集中させる。
【打つ】力の集約。踏み込みから始まり関節による威力の低減を最小にし威力を武器に集約させる。
【流す】流れの理解。相手と己、それぞれの力の流れを理解し扱う。
【中てる】瞬間的な集中。身体を微細にコントロールし止める。
【隠す】意識の操作。どこに注意が向いているか自身の状態、相手の状態の認識。
【無属性】魔力の操作。直接の魔力操作、身体を動かす上でも重要になる。
【真似る】対象の模倣。技術の物まね、知ることは真似ることから始まる。
【真似る】は常に扱っている。この戦闘が始まってから常にずっとしているがために何かすることはない。これまでの情報収集でこの魔物の核(魔石)の位置は理解した。この核を壊せれば僕の勝利も見えてくる。
【斬る】は斬撃、刺突の型。力任せに振っても刃はたたない。この型は散々練習して身体に染みついている。咄嗟の状況でも崩さないほどには僕は練習してきた。
【無属性】は魔力に関すること。身体を操作するうえでも魔力で補助はできる。魔力の扱い方に関しては臨機応変だ。
魔力量ももうあまりないぶっつけ本番で試す。
大剣で自ら飛ばされたと同時に体制を空中で整える。地面に着地した瞬間が勝負の始まり。魔物は手ごたえを感じなかったのか。右の大剣は振り切ったまま僕に近づいてきた。
僕が着地したときには魔物は目の前だ。引き絞っていた槍が放たれる。力の【流れ】を常に読め。まだ肘が伸び切る前に短剣の刃を合わせ右外側に逸らす。僕の短剣も同じように流されるが逆らわず回転、視線は外してはいけない、筋肉の動き右手の大剣への力の流れを確認。盾の前に潜り込むように避ける。
僕の体制が正面に戻ってきた。頭上を豪風が横切るが無視。盾のシールドバッシュが来る。盾の上側の縁に手を掛け前転。これは予想外だったのか相手の次の攻撃が遅れた。勢いは殺さず魔物の足元を前転で通り抜け反転、背を取った。
槍の柄が迫ってくるが勢いがつく前に蹴り上げる。これで大剣の後ろ薙ぎ払いを防いだはずだ。警戒するは上二本のメイスと斧のみだ。右手逆手持ちの短剣、核の位置は正中線の心臓の少し上あたり胸の中心部分。泣いても笑ってもこれが最後だ。残り魔力量的にな!
一歩、二歩、三歩前進しながら素早く回転する。前進、後ろ向きに前進、回転し前向きになって前進。相手からしたらコマ送りの様に僕が近づいてくるのではないだろうか?パッパッパッと体制が変化し直線的に近づいてくる。時計回りに回転しながら進んだ体制は敵の眼前に現れる。そこにメイスと斧の上から下への最速の振り下ろしが合わされた。僕は跳躍し斧の刃に短剣で触れた。
メイスと斧の間を通り抜け僕はさらに回転の勢いをつけながら核に向かって進む。選ぶは刺突の型。回転の勢いを殺さず、突き刺す瞬間ダメ押しに空歩で踏み込んだ。足から伝わった力の流れは【打つ】の要領で武器に流れ、随所に【突き】による捻りを加えることで短剣の切っ先へ威力を集中させる。インパクトの瞬間【中てる】で微細に調整し硬直、短剣を突き刺した。
「セヤァア!!」
刺さったと思ったとき大剣を捨てた横殴りを受け僕は吹き飛ばされた。【クール】による硬化も間に合わない。空歩で足場を作るのにほとんど魔力を使い切ってしまったため諸にくらってしまった。
何度も地面をバウンドし止まる。どうにか顔を上げて確認すると三頭六腕の魔物は立っているが腕を振りぬいた状態で動いていない。しばらくすると巨体が大きな音を立てて倒れた。
「かっ、たのか?」
しばらく見つめても起き上がる様子はない。
「かったああああああぁぁあぁ・・・」
弱弱しい声だったが僕は勝利を叫んだ。
それから魔力がないため動けず、そのままの姿勢で休憩した。あの戦闘の中でもビーちゃんは腰のホルスターに装着されていたので痛む体をどうにか動かし口に銜えた。ほんの少しの弱弱しい魔力でもビーちゃんはゼリーを作ってくれた。味はミックスフルーツジュース。
「ふぅ~ どうにか勝てた」
体力もだいぶ回復してきたので戦後処理を始める。投擲や受け流しで使った武器やその残骸を回収していく。この戦闘で拾った武器はほとんど壊されてしまった。いくつかまだ生きているがよく見ると刀身にひびが入っている物が多い。帰ったら他の武器と合わせてメンテナンスの必要性がある。
ダンジョンボスの素材は全て『チェンジ』に収納。これだけ頑丈な皮膚なら僕の防具に出来るかもしれないおばあちゃんに相談案件だ。
僕の怪我は・・・重症ですね。腹に穴を空けられた時よりは軽症だが左半身の骨がほとんどやられている。最後のパンチが効いている。歩ける程度に『クリーン』で治療したが魔力が足らないためか完治とは程遠い。
「最後にやらないといけないのは・・・ここか」
ダンジョンを攻略した報酬。ダンジョンボスを倒し攻略を完了すると報酬を獲得することができる。それは素材であったりお金であったりと様々だ。この試しのダンジョンの攻略報酬は・・・。
「ここに手を入れてと・・・できた」
身体能力の上がるバフ効果の入ったタトゥーを刻むことができる。僕は右手の甲、だいたい小指と薬指の下のあたりに花模様のようなタトゥーが入った。特に痛みはなく前から模様があったように違和感がない。
にぎにぎしてみるがうん、力が上がっている。
このタトゥーが試しのダンジョンの攻略証明であり実力の証拠になる。試しのダンジョンが強さの基準になるのはこういった理由もあるのかもしれない。
後は戻るだけ、部屋の中央に現れていた魔法陣に触れるといつもの喧騒が返ってきた。日は完全に沈んで帰宅する探索者がたくさんいる。
僕はそのいつもの光景になんとなくこみあげてくるものがあり・・・・・。
「勝ったぞおおおぉおぉおおおおおぉぉおおおおぉおおお」
両腕万歳で体は痛いけど全力で叫んだ。
そのあと周りの皆さんに注意されたのは仕方がない。
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