第9話 そして遊び人となる

今日僕が訪れたのはいつもの教会だ。とても静かで王道の教会らしい厳かな教会。前回、司祭さんに遭遇してしまい印象がガラッと変わってしまったこの教会。司祭さんは世話好きでお節介をしたがる人だった。その司祭さんに捕まると自分の意思では断ることのできない聖職者の恐怖を知ることになる。ここはそんな抗えない恐怖を体験できる心霊スポットだ。書いていて何を言っているのか僕でもよく分からない。


司祭さんがいないか念入りに確認し警戒しながら座席に着く。見渡したところ今日はいないようだ。遠くの方に別の方が確認できるから今日はいないのだろう。何故か安心する。悪いことではないはずだが何故か警戒してしまう、僕にとってここはそんな教会になってしまった。


本の内容を進めていこう。ほぼ二年かけてここまで来たのだ。最後に失敗などしたくない。


・種族を人間に固定する

・悪食を習得する

・スライムを主食とする

・基礎職業を全て完全習得しジョブを遊び人にする

・レベルを1にする 


強くなるためにしなければならないのはこの五項目。僕は四つ目の項目となるジョブの完全習得を成し遂げ、残るはジョブを遊び人にすることと基礎レベルをリセットすることだ。早速始めたいと思う。


緊張する中、もう一度姿勢を正し、瞑目する。静かに心を落ち着かせジョブチェンジを行う。


(ジョブチェンジ 見習い人から遊び人へ)


いつものような感覚が現れる。体のどこか中心の根幹の部分で起こる静かな変化。見習い人がなくなったことでスキル【真似る】を喪失する感覚。埋まっていた穴がぽっかりと空き体が軽くなったように錯覚する不思議な感覚。ジョブが遊び人になったことで起こる明確な変化。穴が埋まり満たされ体全体に向けて暖かくなっていくまではこれまでと変わらなかった。


(ッ!? く、なんだこれ?体の中を内側から引っ張られるような裏返されるような不快なのに不快に感じない矛盾した感覚・・・ だんだん激しくなってる 自分が今どんな状態なのかわからない)


それは何かを呼び覚ますような感覚、それは抑えられていた何かの蓋を唐突に開けたような衝撃、決して不快ではない。無理矢理思い出を呼び覚まされたようなそんな言い表しがたい情動に動かされて呟くように心の中で一言自然と唱えていた。


(レベルリセット)


基礎レベル、遊び人のジョブレベル、がレベル1にリセットされる。今まで集めた経験値が抜け落ちる。溜めていた水が底に穴が開いたことで外に流れてしまうように。すべての水が抜け、器が砕け散り、新しい器が作られる。前のモノよりもより頑丈に、前のモノよりもより多くの水をためることができるように、そして姿形は同じものを・・・。


「ッ!? ん! はっ はぁ はぁあ~」


いつの間にか息をしていなかった。感覚が元の状態に戻り呼吸が再開することで自分の今の状態を理解する。目を瞑っていたのは時間にして数秒、周りの様子を見ても騒がれているようには見えない。僕が不自然な様子はなかったようだ。


大きく深呼吸し一息つく。


「ステータス」




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セイ 11才

レベル:1

種族:人間(固定)

職業:遊び人 1

スキル

【斬る】【突く】【打つ】【流す】【中てる】

【隠す】【無属性】【真似る】

魔法

生活魔法

【クリーン】【ヒール】【ウォーム】【クール】【ドライ】

【ウォーター】【チェンジ】


精霊の靴

 素材強化 合成強化

バフ

 ジャンプ強化(極小)ダッシュ強化(極小)消音(極小)

 キック強化(極小)


テイム

エナジースライム<ビーちゃん>

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「すごい・・・」


棒グラフの長さやレーダーチャートの大きさはレベル1の最小の大きさになっている。この場で僕が本当に強くなれているのかどうかは分からない。これからレベルを上げればその上昇値で分かるようになるはずだ。


すごいのはスキルだ。本来一つのジョブでは習得することができないスキルを同時に習得できている。それでいてなにも違和感なく今の状態が本来の自分であると理解できる。【真似る】の御蔭だろうか?剣使いの自分も槍使いの自分も斧使い、盾使い、弓使い、暗器使い、魔法使い、そして見習い人。僕の感覚としては戻って来たが正しい。記憶の靄がなくなったそんな気分だ。


スキルがなかったとしても動きの再現ができないわけではない。しかし、職業に就いている時と違い何かしっくりこないようなしこりが残るのだ。なんとなく足りない、そんな思いが残るぎこちない動きとなる。


遊び人のジョブに就いてからはその違和感がなくなっている。軽く手を振るだけでも教官との訓練で培った動きを再現できる。いやそれ以上にスキル【真似る】を持っているためなのか教官の動きを一部再現できるかもしれない。でも、これも何となくなのだが今のままではダメなのだろう。僕が感じている感覚はそれぞれの職業に合った感覚だ。遊び人としての感覚はできていない。


遊び人としての自覚・・・・・これは何というか字面が酷い。僕のジョブは誰にも話さないことにしよう。うん、そうしなければならない。


言い換えると遊び人としての体の動かし方を模索しなければ自身のステータスを持て余すことになりそうだ。歩く動作だけでもスキル【流す】と【隠す】を併用して足音をたてずに流れるような力の動かし方で動けるようになるはずだ。そのほかのスキルにも共通する部分と独特な部分が存在する。すべて今までの僕が鍛練してきたことだ。今は突然力が戻った状態だから戸惑っているが自身の体をコントロールできないはずがない。だってすべて僕のことなのだから。むしろより昇華させた状態にする意気込みじゃないと強くなれない。


確認の意味を込めて持ってきていた本を流し読みする。


本の指示通りにやり遂げたことを再度確認する。他に何かすることはないか読んでいると最後の文章を見つける。最終ページに書いてあった内容は単純なものだった。『死地に赴け』これだけだ。ステータスが完成してから行うことはやはり書いていない。死ぬ気でレベルを上げ、強くなれ!ということなのだろうか。効率的なレベル上げの方法や具合的にどこに行けばいいのかといったことは書かれていない。この本の目的は土台を作ることなのだからそれから先はその人次第だと。ここからは僕自身が道を決めることになる。


『死地に赴け』、これを実行したい。故に残る僕がすることはビーちゃんを飲み続けながらレベル上げをすることだ。目標としては基礎レベルとジョブレベルの上限値99レベルになること。ステータスの器は完成したはずなのだ。次にすることは中身を満たすこと。なら、行く場所は決まっている。多くの探索者がお世話になる試しのダンジョンだ。ここ以外に今の僕にとって最高の場所はない。




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現状の確認を終えると念の為また司祭さんに警戒しながらそそくさと教会を後にした。向かう場所は図書館だ。ほぼ二年借りっぱなしになっているこの本【凡人が強くなるには・・・】を返却するためだ。


教会に来たのはまだ早朝。ジョブチェンジの時間もそうかからなかったのでまだ、朝の8時だ。図書館に本を返した後はニコライ教官に午後に模擬戦ができないか聞きに行こうと思っている。あとは空いた時間で軽くレベル上げをしたい。目標は10レベル。


これからのことを考えているうちに図書館に着いた。いつもの司書さんだ。僕は他の担当の人と会うことが少ない気がする。


「あら、セイくん おはよう 今日はどうしたの?」


「おはようございます! この本の返却をお願いします! では!」


「はい って、え?」という声が後ろで聞こえたが僕は急いでニコライ教官のいる職員室に移動した。


最後にはダッシュしていたので職員室にはすぐに着く。スライディングしながら職員室の扉をスライドさせる。ガラガラ~バン!いい音が鳴った。


「ニコライ教官!」


「うお!? ん? セイか どうした何かあったか?」


「あ、いえ 問題があったわけではないです 今日教官に模擬戦をお願いしたいのですが時間はありますか?」


「模擬戦? 今日中ならば午後4時以降なら空いてるぞ その時間でもいいか?」


「はい! よろしくお願いします! では!」


教官の了承も得たのですぐにレベル上げに向けてダンジョンに移動する。後ろで「慌ただしいな」と聞こえたような気がしたが今は急いでいるのでスルーします。


駆け足で宿舎に戻りダンジョンへの準備をする。細かな準備自体はできていたのでリュックを背負うだけだ。あ、武器はどうしよう・・・。探索者協会でのレンタル武器はジョブに合わせてレンタルできるようになるので遊び人である今の僕がレンタルできる武器がない。


【無属性】魔法の『ショック』は・・・うん、問題なく使える。武器は後々考えよう。10階層までであれば初期の魔法使いスタイルである『ショック』と短剣で倒せるはずだ。今の僕が本当に強くなっているのであれば危険はないはずだ。たぶん・・・信じよう。


軽く点検しビーちゃんを補給しながらダンジョンに向かう。




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ダンジョンに着いたのは九時を少し過ぎた時間帯。試しのダンジョン前はいつもの様に人種の坩堝だ。


ダンジョンに入る前の最終点検をしビーちゃんをもう一口のみ込んで気持ちを落ち着かせる。


思考を切り替えいざダンジョンへ・・・。


最初の魔物は兎。前回と同じように『ショック』で出鼻を挫き短剣で喉元を一刺し。続く一階層から五階層の小動物型の魔物も苦戦することなく倒すことができた。レベルも一階層ごとに1レベルずつ身体能力が上昇した感覚を覚えた。能力が上昇してからはよりスムーズにダンジョンを進むことができる。


六階層。ここから追加される魔物は大型の動物型。最初に遭遇したのは野犬よりも一回り大きな犬型の魔物、たぶん狼なのだろう。ここでも苦戦することなく『ショック』で足止めし短剣で止めを刺す。その後に遭遇する魔物はどれも苦戦することなく討伐できた。低レベルということもあり順調にレベル上げが進む。足を止めることなく十階層まで踏破することができた。


ここまででだいたい五時間ほどたった。残り時間は二時間十階層には転移できる部屋があるので次の十一階層であと一時間ほど経験値稼ぎをすることにする。


ビーちゃんで一息入れ、探索を再開する。遭遇したのは小型亜人種の魔物であるゴブリン。気づいていないようなので奇襲から戦闘を開始。背後から首に短剣の一刺し。


「え?」


ゴブリンに気づかれることなく戦闘が終了した。


「ここから難易度が上がるはずなんだけど・・・」


気を取り直し探索を再開する。それから一時間戦闘を繰り返したが特段苦戦することなくゴブリンもコボルトもそれらの集団戦も討伐に成功した。身体能力が上がった感覚がしたので時間も丁度いいということもあり探索を終了する。


ダンジョンから宿舎への帰り道、途中のベンチに座りステータスを確認した。基礎レベル、ジョブレベル共に11に、HPとMPの棒グラフ、身体能力各種のレーダーチャートは大きく上昇している。すでに前回の基礎レベル34の時よりも能力値が上昇している。グラフの大きさからして逆算するに上昇値は約4倍!?偏ることなく平均的にすべてのステータスが急激に上昇している。


「こんなに強くなるのか・・・」


予想以上の上昇値に僕の頭は追いついてくれない。たぶんではあるがこの上昇速度は上級職、いや最上級職並みの上昇値かもしれない。以前見せてもらったベテランの探索者のグラフがレベルから逆算してそのぐらいだったと思う。


僕は手に入れた強さへの切っ掛けを噛みしめる。本に書いてあったことは間違っていなかった。上級職の発現しなかった凡人であっても強さを手に入れる道はあったのだ。これが広まれば遊び人の見方も変わるかな?でも、わざわざレベルリセットまでして試す人もいないかもしれない。レベルリセットは罪人が行う刑罰の一つだ。誰も進んで処刑台に立つ人はいない。遊び人の不遇は今に始まったことではないし僕では何もできそうにないし諦めよう。別にジョブのことを話さなければいけない決まりなどないのだから大丈夫なはずだ。


それよりもこれからのことだ。約一年ぶりとなる教官との模擬戦。どれだけ食らいつけるようになっているか試してみたい。今の不完全な状態でも以前よりステータスは上だ。いい勝負ができるかもしれない。


これから行うニコライ教官との模擬戦がどうなるか僕はワクワクしながら歩いて行く。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「教官、よろしくお願いします!」


「うむ」


教官との模擬戦は時間通り四時に始まった。模擬戦で使う武器は両者ともに盾だ。教官の得意武器で戦いたいとお願いしたことで盾同士の模擬戦となった。


やはり、教官は強い。現状でも以前よりステータスは上のはずだが教官には追い付かない。身体能力で負け技術で負けている。教官の盾の扱い方は僕の知る中で最高クラスだ。


でも、今の僕には大道芸人の師匠に教えられた【真似る】がある。ニコライ教官よりも辛い訓練を乗り越えたのだ。泥にまみれながらも目を離さず教官の動きに僕の動きを少しずつ似せていく。そして、何合目かの盾同士の衝突、これまで通りならば僕だけが吹き飛ばされていたはずだった。


「む?」


教官の短い呟き。僕は飛ばされなかった。真正面で向き合い、変則的な盾を使ったつばぜり合いのようになる。


「セイ 何をした?」


「ハァ ハぁ き、教官の真似です」


会話はここまで、ぶつかり合いがさらに激しくなる。僕が少し追いつくと教官はその先の技術を披露し突き離される。また、僕がどうにかして追いつくが教官にはまだ先がある。その繰り返しだ。どれだけ、追いついて見せても突き放される。僕が最後に立てなくなるまで続いたが模擬戦は終始、教官の優勢な状況で終わりを遂げた。


僕は訓練場に大の字になり大きく呼吸を繰り返す。息を吸う度に体のあちこちから痛みが走る。息を吐くと体の余分な熱が解けていく様に抜けていく。これはしばらく動けそうにない。


「セイ」


「ん、んく はァ はい」


どうにか息を整えて返事をすることができた。


「強くなったな」


「ッ ・・・はい!」


これは不意打ち過ぎる。


教官は汗を拭きながら訓練場を後にした。僕はどうにかこみ上げる感情を落ち着けしばらく余韻に浸ってからシャワールームに向かった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




学校を出たのは六時を過ぎてからだった。校舎にはもうほとんど人が残っていない。まだ、残っている多くは教員や部活の後片付けをしている生徒だけだ。


僕は宿舎への帰り道、教官との模擬戦を振り返る。教官の動きは洗礼されていた。僕がどれだけ追いつこうとしても手が届かない。教官はどこまで先の道を進んでいるのだろう?僕にはわからない。教官の修めているスキルは基本である【流す】とその発生スキルのはずだ。一つの職業スキルだけでも極めるには相当の時間が必要になる。教官は盾を極めているのだろうか?僕には盾の頂が見えていない。もし、教官すらも極めていないとなれば僕はこれからどれだけの時間を掛けなければならないのだろう。


僕は基礎とはいえすべての職業スキルを使うことができるようになった。一つのスキルを極めるにも教官以上の時間が必要になるのであれば、僕がこの遊び人を極めるにはその八倍以上の時間が必要になる。僕の一生にかかる時間では到底無理だ。


この必要な時間が凡人と天才の違いなのかもしれない。僕は凡人として土台を作り上げることができたがそれでもまだ土台だ。やっとステートラインについた状態なのだ。レベルを上限値である99まで上げることができればステータスによる身体能力の差は大きく縮まるはずだ。あとに残るのは技術の差。どれだけスキルを極めることができるかによって力の差が決まることになる。


改めて思うが本に書かれていた内容は土台作りまでだったのだ。そこから先は本人次第。ステータスに満足して怠ければそれまで、足掻けばそれに応える様に強くなれる。これから僕はどこまで行けるのだろう?


そんな事を考えながら街中を歩いて行く。道行く人は仕事終わりらしく飲みに行かないか?といった会話がよく聞こえる。人種は様々、年齢の違いさえ分からない、人族の子供のような容姿をしているのに長命種であることはよくある話だ。それらも含めてこの都市のいつもの光景だ。


宿舎に帰ろうと探索者協会の横を通るとき呼び止められる。


「おかえり、セイくん ・・・ちょっと今から時間あるかしら?」


呼び止めたのはマートさんだ。


「? はい 大丈夫です」


僕はマートさんに続いて協会の中に入り、受付を抜け、奥の職員用の扉に入ることになる。さらに中を進み、応接用の部屋に入った。途中他の職員の人に何か連絡していたが何だろうか?


「座って」


状況が理解できいないがとりあえず勧められたように座る。マートさんはお茶を用意してくれたので僕はお礼を言いお茶をいただいた。


しばらく無言の時間が続くともう一人この部屋に来客が入る。


「こんばんわ、ギルド長」


僕は慌てて立ち上がり挨拶をした。


「ああ、楽にしてくれ」


ギルド長の言葉に従い腰を下ろす。


この人はここ探索者協会の一番上に立つ人だ。職員の人は皆、ギルド長と呼んでいたので僕もそう呼んでいる。呼び方の由来は冒険者ギルドに倣ってそう呼んでいるのだそうだ。ギルド長の名前は・・・その僕は覚えてないです。ギルド長とは普段あまり会うこともなく、周りの人は皆ギルド長と呼んでいるのでそれでいいのかな~と。遠い昔に一度教えられたような気がしないでもないが何だったか・・・。


「さて、セイくん」


「は、はい!」


どうでもいいことを考えていたので驚いてしまった。


「ステータスを見せてはくれないか?」


「え?」


予想外の言葉だったので反応に困ってしまった。マートさんの方に視線を向けるとちょっと困ったような顔をしている。


「ギルド長 話を急ぎ過ぎです」


「む、そうか すまない」


「はぁ 私の方から説明します セイくん、今の職業は遊び人よね?」


「え、どうして・・・」


「ドリスさんが教えてくれたのよ セイくんはこの二年間、この本に書いてあることを頑張ってたのよね?」


そう言って目の前の机に置かれたのは僕が今日返した本【凡人が強くなるには・・・】だった。


ドリスさん?ドリス、どりす?と考えていた僕は目の前に置かれた本を確認して司書さんの名前だと思い当る。


「あ~ 司書さん!」


「・・・セイくん 名前は憶えてあげて」


「あ、はい すいません」


口に出さなければ誤魔化せたかもしれなかったのに出してしまった。


マートさんの咳ばらいをひとつ。


「この本を返したってことはこの本の内容をやり遂げたのでしょう? 私たちはどうなったのか確認がしたいの」


「? 分かりました たぶん、何か理由があるのでしょうし どうぞ、確認してください」


僕は「ステータス」と呟き他の人も確認できるように可視化して見せる。ギルド長は「これは・・・」とか呟いているけどマートさんはなにやら酷く安心したように安堵のため息をついている。


「この本の指示通りに進めてくれたのね よかったわぁ~」


「あの~、何か不味かったですか?」


僕の質問からマートさんとギルド長が説明してくれたのはジョブ遊び人の危険性についてだ。探索者協会はジョブ遊び人について以下のことを把握している。




・ジョブスキルを得られない。


・ステータスにほとんど補正がかからない。


・ダメ職業と有名なジョブである。




ここまでは僕が知っている遊び人について。




・他の職業から遊び人に変わると廃人になる可能性がある。

(その中でも強力なジョブから遊び人になるとほぼ確実に心神喪失の廃人となる。)


・廃人にならなかったとしても種族が変わる。

(強力なジョブから遊び人になるほど異形の存在となる。)


・初めて就くジョブに遊び人を選ぶと精神が汚染される。

(曰くアホになる。日常生活や戦闘中に突然遊びだし周りに迷惑をかけ始める。)




というのがジョブ遊び人についての危険性。過去の記録から国の上層部はこの危険性を理解しており、遊び人に就く者がいれば確認することが義務なのだそうだ。一般にはこの危険性について知らされてはいない。そもそもダメ職業として世界でも有名な職業であり就く人は物好き以外ないのだ。


だが、僕の現状の様に遊び人にも利点はある。




・完全習得した職業のジョブスキルを使えるようになる。


・ステータスの上昇補正値が完全習得した職業の合計値となる。




僕の状態がこの利点を最大限にした状態だ。もし、上級職や最上級職から遊び人にジョブチェンジしたら廃人となっていただろう。もし、種族固定をしていなければ異形の存在に変わっていただろう。もし、僕に上級職が現れその職業すらも完全習得したのちに遊び人にジョブチェンジしていれば廃人になっていた可能性が高い。初級職を全て完全習得しすべての職業スキルを使える状態になることが最大の利点。初級職からのジョブチェンジという考えうる最小限の負担で遊び人になることで廃人の危険性を回避していたのだ。


ギルド長の説明は続く。過去には最初のジョブに遊び人を選んだ者はその多くが精神汚染の影響を受け人生をダメにしたそうだ。だが、一部の人はその精神汚染を克服する。克服した先にあったのは新たな最上級職への道だった。その人達が何のジョブに就いたのかの記録は残っていない。今では都市伝説となっていると教えてくれた。


遊び人のジョブが急にホラー展開になって怖い。僕は知らない間に今日死にかけていたらしいと言われてどうしたらいいの?ドリスさんに文句を言えばいいの?作者に文句を言うべき?・・・結果良ければすべて良しということにしよう。この本を読んでやると決意したのは他ならぬ自分自身だ。誰かのせいに出来る問題でもない。でも、一言この本の作者であるライム・エリクシールには言わなければならないだろう。


「この手の信憑性に欠ける本は多いのよ それでドリスさんもあまり深く気にしてなかったみたい でも、作者がライム・エリクシールなら話は別なの この作者は趣味なことしか書かない方だけどその内容は全て真実と言われているわ 今までにもこの作者の本を読んで人生を一変させたという人は大なり小なり多いのよ」


「なるほど、そうだったんですね」


もし会うことがあれば絶対文句を言ってやる。


「それで、セイくん 君はこれからどうするのかね?」


「これからですか? 今のところ決まっている予定はレベルを上げることです 試しのダンジョンに挑んでレベルを最大値まで上げようと考えています」


「ふむ では、セイくんにはすべての武器が使えるように手配しておこう それでよいかね」


「わかりました では、そのように職員に伝えておきます」


とんとん拍子に話が進んでいく。マートさんは手元で何やらメモしながらギルド長に確認し部屋を後にしてしまった。


残ったギルド長に詳しく話を聞くと僕の取得スキルから判断しすべての職業の武器を使えることが分かったのでレンタル品を使えるようにしてくれるそうだ。ジョブ遊び人についてはあまり口外しない様にも言い含められる。緘口令がしかれている訳ではないがあまり多くの人に知られてもいいような内容でもないためお願いのような形で言われた。


それからしばらく雑談しギルド長も仕事があるということでお開きとなる。


ちょっと予想外なことが起きて驚いているが今日の話し合いは僕にとっても悪いことではなかった。武器のレンタルが出来るようになったから当面の心配はなくなったように思う。僕のジョブが知られてしまったがこれは仕方がない。遊び人というジョブの歴史を知らなかったのだから仕方がない。諦めよう。


これ以上、僕のジョブが世間に広まらないことを祈りながらその日は宿舎に帰り早めに眠りについた。






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