第7話 見習い人 鍛冶の道
見習い人の朝は早い。日が昇る前に起床。朝の身支度を急いで行い部屋の掃除もする。朝食は食堂のおばちゃんに特別に早く、一食分と昼用を作ってもらう。おばちゃんは嫌な顔せずにいつも笑顔だ。僕も笑顔でお礼を言うと泣き出してしまった。えー、大丈夫だろうか?
食事を済ませ宿舎をでる。毎日のようにマートさんと恒例の挨拶をし道中他の職員さんともあいさつをする。
今日、僕が向かう場所は鍛冶場だ。探索者協会と提携している鍛冶場。見習い職になった新人さんを育成するために探索者協会は様々な職人職との伝手を持っている。僕が向かう場所も受付のマートさんに紹介された職場だ。
「おはようございます!!」
熱気に負けず、広い鍛冶場の奥の方に届けと大きな声で挨拶する。
「今日も元気だなセイ坊 半月たったが慣れてきたか?」
「おはようございます、親方 少しは慣れた気がします」
「おうおう そうかいそうかい 今日も雑用の中で俺たちの観察に徹しな 午後の最後に一つ打たしてやるよ」
「本当ですか! がんばります!」
今日も鍛冶職人見習いの生活が始まる。
雑用の仕事は様々だ。掃除、洗濯、食事の配膳、タオルや飲み物なんかの準備、金属の分別、鉱石の運搬などなど思ったよりも力仕事が多い。雑用をこなし鍛冶場の中をあっちへ行きこっちへ行きと駆けまわる。その中で出来るだけ暇を作り、盗み見る様に鍛冶の状況を観察する。ニコライ教官の訓練の中で培った観察する技術を駆使して少しでも多く見ていく。力の流れ、力の入れ方、タイミング、魔力の込め方、魔力の使い方、そして魔力の行方。視野を広く保ち、親方たちがどんな風に仕事に取り組んでいるのか記憶に焼き付けていく。
そして午後、半月たって初めて鎚を握ることができた。
とても緊張する。初めての物作りだ。探索者学校で習うことは言語や計算といった基礎的なことで誰もが知っている基礎的な知識が中心で職業ごとの専門的知識は授業に無い。専門的なことが知りたい場合は図書館で調べるか探索者協会に職場を紹介してもらい見習い人として習うことになる。
僕は戦う力が欲しかったため見習い人の職業になることはなかった。見習い人は戦闘職とは違い魔物を倒してもジョブレベルは上がらない。日々の修練でのみ経験値を蓄積し上昇していく。ジョブレベルを上げようと修練を繰り返すと基礎レベルも上昇しステータスが生産に適した形で上昇していく。例えば、錬金術師は魔力量であるMPは大きく上がるが魔法の攻撃力に直結する魔力は上がりにくい。鍛冶師は筋力などは上昇するがステータス補正による物理攻撃力自体は上がりにくい。といったようにいくつか例外の人たちは存在するが概ねこの枠から外れる生産者はいない状況だ。
戦闘能力を上げたいのであれば魔物を倒し経験値を稼ぐ必要があり、戦闘に適性のあるステータスにするには戦闘職に就く必要があるのだ。
だから、僕が見習い人になるのはこれが初めてだ。何かを作るというのも初めてで緊張すると同時にとてもワクワクしてる。
「いい時間だな セイ坊 今から始めるぞ」
「はい! よろしくお願いします!」
親方に場を譲ってもらい鋏と鎚を貸してもらう。金属は鉄を使わせてもらえる様だ。
「よし 初めはこのナイフを作ってみろ 俺が横で見といてやるから好きなようにやれ」
「はい」
親方が見本に渡してきたのは解体用のナイフ。刃渡りは二十センチもないが肉厚ナイフだ。柄の部分を外した剥き出しの刃の状態を角度を変えながら見ていく。イメージができたら製作を開始する。
長方形の鉄の塊を鋏で持ち上げ炉の中にいれ熱する。赤熱するまで待つ。赤くなったら魔力で覆い熱が下がりにくいようにする。炉から引きあげ全体的に叩いていき整形していく。熱が冷めてきたら炉の中へいれ、引き上げ叩く、この繰り返しだ。初めに柄との接合部分を作り次に刃の部分を作っていく。時間を掛けて少しずつ形を整えていく。完成したら冷やし、研いで完成だ。
この工程の中で難しいのは魔力の扱い方だ。鋏を持つ左手は鉄が冷め難いように魔力を均一に覆わなければならない。右の鎚を持つ手は逆に力が加わる部分、鎚の先端の部分に魔力を集中させなければならない。そんな真逆の魔力操作を行いながら体を動かさなければならないから頭の中がこんがらがってしまう。右と左で魔力も体も違う動きをするのは意識が分散して片方の集中が切れそうになることが多発した。
鍛冶師の人はこんな工程を一日に何度もしているのか。体験してわかった鍛冶師ならではの苦労。親方たちはもしかして多重人格とかなのか?意識の分散する方法がなければこれは困難なように感じる。これを一人ですることは僕には一つの作品を作るので限界だ。
意識が朦朧とする中、どうにか集中を切らさずに鍛造工程を終了し一息つく。水分補給をし汗を拭き頭の靄を飛ばす。残るは研ぎの工程だ。ここでも魔力を必要とするが同時に違う魔力操作をすることはないのでまだ簡単だ。周りの人を少しチラ見しながらも丁寧にナイフを研いでいく。刃が付くように角度を調整し歪まない様にしていく。周りの人よりペースは遅いがそれは仕方ない。しばらくして完成した。
「できたな 見せてみろ」
「どうぞ」
親方は様々な角度で確認していく。無言の時間が続く。
「セイ坊は魔法系の戦闘職に就いていたのか?」
「? 初級職の魔法使いについていました」
「ふむ 弓兵の職は?」
「弓使いについていました」
「なるほど どちらも初級職か・・・」
また無言になり時間が経っていく。
「セイ坊」
「はい!」
「初めてにしては上出来だ まだ基礎は荒いが見よう見まねで魔力の操作方法まで気づいたのはよかった セイ坊は一か月だったな なら、明日からは俺が直接教えてやる 雑用は終わりだ、死ぬ気で喰らいついてこい」
「っ!? はい! がんばります!」
どうにかお眼鏡に適ったらしい。試験の様でとても緊張した。親方が隣でずっと見ていたのも緊張に拍車をかけていたのだと思う。それでも、何とかクリアした。雑用が終了し明日から本格的に鍛冶修業が始まる。何を作るのかとても楽しみな自分と親方の指導はどれだけ厳しいのかとニコライ教官の例があるので戦々恐々としてしまう自分もいる。
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ニコライ教官の再来だ・・・。親方の指導はそれはそれは、とても厳しかった。
「魔力操作を常にする必要はない 左の金属を覆う魔力は意識を割きすぎず受動的にしてみろ 魔力が薄くなり不均一に変化したところに鎚を振り下ろせ 右の鎚の魔力で補強してやるんだ 範囲の広い薄い魔力よりも集中させ密度の高い魔力の方が強い 同じ人間の魔力だから親和性も高いし反発も少ない 簡単に元の均一性に戻せるはずだ」
「受動的だが意識は逸らすなよ 魔力が不均一なのは金属の密度が不均一であることの裏返しだ 試しにそこで炉に入れてみろ よく見ると熱の伝わりが違うだろ? これを一々確認せず出来るようになって一人前だ」
「魔力の無駄を無くせ じゃないと体力が持たないぞ? 細く繊細に魔力を使え 豪快に使ってもまともな作品なんてできねぇ これは魔力を扱う他の生産職でも共通して言えることだ セイ坊の無駄にはならないはずだ、ものにしてみろ」
親方の説明は続く。その説明は経験に基づくことなのかわかりやすい部分もあれば、全く理解ができない部分もある。何度も試し、自分なりに理解し、親方以外の人にも質問し何とか自分のモノにしていく。
職人の意見はその人によって表現方法が様々だ。中には擬音語のオンパレードな説明で訳が分からない人もいた。親方の説明は親方なりの理屈があって職場の人たちの中でも一番理解しやすい教えだったのが救いかもしれない。
時間が流れるのは早いものでこの職場に来てから一か月たってしまった。
「おう セイ坊 お疲れさん 基礎は叩き込んだはずだ 他の職場に行っても恥を晒すことはないだろうよ」
「はい」
「また鍛冶がしたくなったらここに来な 今度はもっと踏込んだことを教えてやる」
「はい! ありがとうございました!」
「おうよ!」
お世話になった人すべてにあいさつして周り、固く握手し鍛冶師としての見習い人が終わった。
期間:一ヶ月
見習い人:Lv3
基礎レベル:33
「おかえり、セイくん 今日で鍛冶は終わりだっけ? どうだった?」
「ただいまです、マートさん とても楽しかったです!」
「よかったね~」
マートさんはそう言いながら受付の向こう側から手を伸ばし頭を撫でてくる。何が嬉しいのかとても笑顔だ。
「次の職場を確認に来たのかな?」
「そうです」
マートさんは手元の書類をパラパラとめくり何かを確認していく。僕からはちょっと見えない。もう少し背が伸びたら見えるようになると思います。だれか身長をください。
「次は裁縫ね 布の服だけでなく革の鎧も作る職業よ 場所はここ そんなに離れてないから迷うこともないと思うわ」
地図で場所を確認する。うん、マートさんの言うように大通りから外れてないから迷う心配はなさそうだ。
「セイくん、協会でも職場体験してみない? 簿記とか覚えたら今後も楽よ? ここなら知り合いも多いしセイくんなら上級職もすぐ現れるはずだわ」
「う~ん・・・、後にしたいです 物作りが思ったよりも楽しかったのでいろいろ体験してみたいです」
「そっか~ そうよね、楽しいなら仕方ないわね」
「協会にも回ろうとは思っているのでその時はお願いします」
「ほんと! わかったわ~ セイくんも頑張ってね」
「はい!」
マートさんとはその場で別れる。まだ仕事があるようで奥の扉に入って行った。
ステータスを確認したところ見習い人のレベルは3になっていた。この調子ではジョブレベル20までの道のりは遠い。事前に図書館で調査した情報と教会の司祭さんに教えられた情報では殆どの人が見習い人のレベルが20になる前に上級職に変わってしまうそうだ。理由は簡単で上級職の方がその職業に合ったステータスになりやすいからだ。見習い人のジョブでは補正値がほぼないというのも理由の一つかもしれない。そのため、上級職が出現するとすぐにジョブチェンジしてしまう。
見習い人を20まで上げる人は珍しいため【真似る】の発生スキルやジョブの完全習得による影響などの情報はなかった。そういった情報を持っている人がいたとしても情報を教えるかどうかは別なので仕方がないのかもしれない。
マートさんにはいろいろな職場を体験したいと説明している。僕がジョブを完全習得しようとは思ってもみないのだろう。自分の才能を探しているとしか思ってないのだと思う。僕の行動自体は司祭さんが説明していたように珍しいことではないので問題ないはずだ。
完全習得した後にダメ職業で有名である遊び人になろうと知られてはどうなるか・・・・・考えない様にしよう。何のジョブに就いているかはその人に教えてもらうしか方法がないからバレない筈だ。たぶん・・・。
話を戻すが残り11ヶ月でギリギリ間に合うかどうかといったところだろうか?レベルが上がればその分上がりにくくなるので本当にギリギリかもしれない。空いた時間に調べて効率的に様々な種類の技能を学ぶ方法を考えるか・・・。今は、探索者協会が回してくれる職場を真剣に取り組もうと思う。
戦闘職以上に忙しい日々になりそうだ。鍛冶の次は裁縫。あと、リクエストを出している職業は薬師と錬金、細工、木工、料理、掃除、従者、調教師、農業だったはず。ここに追加して探索者協会での職場、秘書とかになるのかな?それとも普通に受付係?
親方が言うには生産職には共通した部分が多いとのこと。一つの職業の基礎があれば応用が利くらしいのだ。今の僕にはわからないが明日の僕なら何のことかわかるかもしれない。明日の自分に期待かな。
ベンチに座りボーっと考え事をしていたが今日はもう終わりなので宿舎に帰る。夜ご飯を食べて、風呂に入って一息ついた。親方の扱きに疲れていたようで目を瞑ると眠ってしまった。
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