第22話

 翌朝。

 アサナギのいったとおり、男は森で散弾銃をかまえた兵士の強襲にあった。

 だが力の差は歴然であり、キマイラは兵士たちを一掃した。

「なんだ……、この男ッ! 弾が当たっているのに」

「いいのか? 最期の言葉がそれで。人生最期くらい神に祈ったらどうだ?」

 男は数発の弾丸を体に受けたが、ほかの生物を縫合した肉体は容易に朽ちない。傷跡から血が流れつづけているが、眉一つうごかさず涼しい顔をしていた。応急処置をほどこし、戦線を離脱することにした。

 上空から森を見おろしていた時、森をうごめく灰色の軍勢をみつけた。その行く先はアサナギの住処であった。キマイラの存在とともに、アサナギのことも漏れているようだ。男がキマイラの胴を蹴り、アサナギのもとへゆこうとした時だった。アサナギの鳥が一羽、文をたずさえてやってきた。

『マスター。トオルと家族を助けて。兵士に殺されそうになっているの』

 男はその手紙をやぶりすて、みなかったことにしようとした。

『捨てようとしたでしょう? わかるんだからね』

 だが、できなかった。

『マスター。お願い』

 末尾に書かれていたその文面が、男をキタトリの町へとむかわせた。


「少年、ひさしぶりだな。死んでいるのか」

 男が町についた時には、トオルはすでに首が切られていた。

 胸と胴にも槍と矢が突き刺さり、凄惨な有様であった。血が勢いよく流れ落ちていき、雨で濡れた地面をよごしていく。

 男はトオルの胸元に手をあてた。

 心臓につづく血流が小刻みに振動をつづけている。

「不死鳥の祈りがつまった弓か。こんな姿になってでも生きているというのは、ある意味で地獄だな。どうだ? 目がなくても三途の川はみえるのかい?」

 男は大量の血が抜けて軽くなったトオルの肉体を抱え、キマイラに載せた。キマイラはトオルの首の断面をなめた。ビクリビクリとトオルの体が振動する。

 トオルの背負った『陽の木の弓』がかすかに熱をおびている。書物によると、不死鳥の羽の温もりをえた生物は、致死の裂傷をうけても、現世に魂を縛り付けられるとのことだった。

 男はキマイラとともに町に残っていた兵力を殲滅した。

 森のおく……アサナギのいる方角から火柱があがっているのをみて、キマイラが苦しそうにうめきはじめた。森の鳥とともに、黒煙が空に昇っている。男はキマイラのたてがみをおもいっきりひっぱった。

「君の友達を守りたければ、流星より速く駆けろ。私の設計した神が人の浅慮に泣くようなことがあってはならない」

 キマイラは羽をはためかせて、森の上空を駆ける。

 アサナギの木には火がつけられていた。窓は完全に閉められていて、兵士が壁にかむけて笑いながら散弾銃を放っていた。銃によってあけられた穴から、焼けていく少女の影がみえた。

「木に住むバケモノキマイラを殺してやったぞ!」

 叫びながら酒をとりだし、乾杯をしている兵士もいた。

 そこへキマイラがおりたち、兵士たちを一網打尽にする。

「飛べ。上から侵入するぞ」

 男は兵士から奪った散弾銃をつかい、天井部分をふきとばした。

 熱波に体を焼きながらも、男は中へと侵入する。

「マスター……、ウゥ、マスター? マスターなの?」

 体を真っ黒にさせた少女が男にむけて手をのばす。男はその手をにぎりしめた。

「かすんでいるの、空が。灰色できたないわ。ねぇ、私、死んじゃう? アツイ……アツイ」

「しゃべるな。煙が喉に入る」

 アサナギはまだ生きていたが、上半身のほとんどは焼け爛れ、黒ずんでいた。美しかった髪は焼け落ち、火傷だらけの頭皮がさらされていた。片目は完全にとけ、残っているもう片方の目から涙をぼろぼろこぼしていた。赤くなった喉元から空気の漏れでるかすれた音と、かなしげな嗚咽がもれている。

 男はキマイラにアサナギの上半身を嚙みちぎるように指示をだす。

 キマイラは躊躇するそぶりをみせたが、男が恫喝すると雄たけびをあげながらアサナギに喰らいついた。キマイラの歯がアサナギと切り株の接合部へ食い込んだ瞬間、絶叫が空間を支配した。

「イタイ! イタイよぉ! キメコぉ……、ヤダっ、やだぁ、ヤメテ! いたい、いたいんだよぉ……、やだ、ヤダよぉ」

「でるぞ。この木はもう死んでる」

 キマイラはアサナギの上半身をくわえたまま、宙へ舞った。その反動に木は耐えることができず、轟音を響かせて崩れ落ちていった。大勢の死体と血の跡と、燃えゆく木の残骸を見おろしながら、男はアサナギの肉体についてかんがえていた。

「湖に着水する。アサナギの体を冷やせ」

 アサナギに接合していた切り株はほとんどが焼けこげ、生命活動をおこなえない。急遽、新たな肉体をみつけなくては、今度こそアサナギは死んでしまうだろう。湖に着水した瞬間、アサナギの肉体から煙がふきだした。

「つめた」

 アサナギはふるえる手を男のもとへのばした。

「トオル……トオルは、いる?」

「あぁ、死にかけている。君なんかよりもよっぽどひどい状態だ」

 男はアサナギの手をにぎりかえした。

「マスター……ありがとう……ちゃんと、救ってくれたのね」

 アサナギはもう片方の手をトオルの胸元へおいた。

「わかるわ……トオルの胸の鼓動が、……つたわってくる。生きてて、よかった」

 男はひとつの可能性にたどりつく。

「コイツの下半身はまだ使い物になりそうだ」

 ラーラの忘れ形見――『灰色の金縛り』。下半身の灰化。上半身の破壊。不死鳥によって繋ぎ止められた命。自然にちかい存在。拒絶反応。木と一体化したアサナギ。

「アサナギ。君はこの少年といっしょにいたいかい?」

 

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