第21話

「マスター、この花飾りなんですけど」

 夕餉の時、自身の頭に飾られた、髪飾りをゆびさしながらアサナギは男にきいた。

「これ、マスターの初恋の人からもらったり?」

「そんな人はいない」

「うそだー。じゃないと花飾りなんて男の人が大事にするわけないよ」

「ちがう」

 だが、と男は付け足した。

「彼女は大切な人だった。それは事実だろう」

「マァ」

 アサナギは赤くなった頬を両手でつつみこんだ。

「なんて素敵なのでしょう。……私、うらやましいな」

 アサナギは髪飾りを外し、ランプの光に照らしてみせた。

「素敵だよね、このお花。すこし汚れちゃってるけど、なんてお花なんだろ。今度図鑑で確認してみようかしら」

 男が食器を湖水で洗っている時、アサナギの甲高い声がきこえた。

「大変よー! マスター」

 男がかけつけると、窓のむこうの木の枝に、アサナギに与えたクマのぬいぐるみがひっかかっていた。そのすぐそばに一羽のカラスがとまっていた。

「あの子、家出をするってでていっちゃったの。マスター、呼びもどしてくださる?」

「君がカラスに指示をしたのだろう。なぜそんなまねをした?」

「カ、カラスに指示だなんて! わ、わたくし、だ、だしておりませんッ! とも」

 アサナギは汗を額ににじませ、目線を空に泳がせながらこたえた。

 男はアサナギの住居にかかる梯子を手にし、体中を葉だらけにしたクマのぬいぐるみをとりにいく。

「マスター」

 アサナギが窓から手をふっていた。

「ピンクマ君、彼は今反抗期みたい。きっと、また家出をするとおもうの。だから、その梯子はそのままそこの木に立てかけておいてもらえないかしら? そうしたらまたすぐにつれもどせるでしょう?」

「私がそこに入れないが?」

「キメコのお鼻に乗って窓から入ればいいじゃない」

 その時、森のどこかでグリファランの雄たけびがきこえた。男はキマイラを強化するため、グリファランの翼を採取していた。

 男はもっていたクマのぬいぐるみをヒモで背にくくりつけた。

「戸締りをして寝ろ」

 キマイラをよび、空に駆けていった。


 次に男がアサナギのもとへもどると、彼女は夢でもみているかのように、心が浮遊していた。鏡を前にして、ずっと髪に手櫛を通していた。理由はすぐに判明した。

 男がキマイラを散策にゆかせ、一人グリファランの狩りをしている時のことだった。紫煙のなかに、古びた弓を背負った少年にめぐりあった。

 男は少年を殺そうとしたが、アサナギの鳥に阻まれた。

「なぜ、コイツが」

「アサナギ、君か」

 少年の口からでた一言で男はすべてを理解した。

「なるほどな」

 少年とアサナギは、男がいない間に合っているようだ。

 そして、アサナギが梯子を移動させたかった理由も把握した。

 この少年に自分の体をみられたくなかったからだ。

 なおも反抗的な態度をとる少年に対し、男はキマイラを呼んだ。キマイラに襲わせて黙らせようとおもったが、なにもしなかった。アサナギ以外に『カルマイルカの脳』の力が作用するのは、初めてのことだった。


 夜。アサナギのもとへもどった。

「トオルというのよ。素敵な子でしょう?」

 あっけらかんとした様子でアサナギはいいながら、そのまま、窓先に顔をのぞかせたキマイラの鼻先をなでた。

「お母さんのためにお薬を採取しているのよ。キメコがいて怖いだろうに勇気がある男の子だわ。マスターとちがって、キメコはあの子に害がないってわかっているのよ。お利口さんだわ、ヨシヨシ」

「『灰色の金縛り』ラーラの形見か」

「アラ? 一目見ただけでわかるんだ。さすがはお医者さん」

「キマイラは人間には手をだすが、無機物には手をださんからな」

「そして無機物にはマスターも手を出さないって? マスターは動物のお医者さんではなく、花崗岩のお医者さんでも名乗った方がよさそうね」

 アサナギは口元に人差し指をたて微笑みをうかべたが、すぐにその笑みは去った。

「どう? 治すことはできる?」

「無理だ。もう末期だ。あれはただの石灰石だ」

 男は即答した。

「そう。残念ね」

 アサナギの顔に深い影が刻まれる。

「まだあきらめてないって顔だな」

「私は、私にできることをやるわ」

「そうか」

 男は明日の予定を話す。明日も今日につづき、グリファランの討伐を行う予定だった。キマイラの調整がおわれば、宝都を攻める予定だった。

 ア、とアサナギが部屋の宙にかざられたランプをみあげて、なにかおもいだした。

「そういえば、トオルがいっていたけど、トオルの町の軍がキメコを倒そうとしているみたいよ」

「しっているさ。最近、私の周りにうろついているネズミどもだろ。死期を早めたいらしい」

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