第20話

 ある日、男は自身の力をアサナギに説明した。

「私の力が怖いか?」

「いいえ」

 アサナギは静かに首をふった。

「マスター、あなたは自分の力をどうおもっているの?」

「呪い。あるいは病気だ。この力のせいで、私はさらなる力を追い求めてしまうのだからな。だが、私にはどうすることもできない」

「私はそうはおもわないわ」 

 アサナギは目には、強い光が宿っている。

「マスターの力は呪いなんかではない。それは命を世界につなぎとめる大切な力よ」

 自身の胸元をそっとおさえた。

「私だってそう。キメコだって。本当は、この子たちも実験動物として捨てられる定めだったのでしょう。でも今ここにいるのは、マスターの力のおかげよ」

「そうか。そうかな」

 アサナギはキマイラにも友好的だった。

 キマイラの存在を恐れることなく、その体毛をなでてみせた。

 男が予想外だったのは、キマイラもアサナギに敵対心をみせないことだった。男はキマイラの脳を、人であれば見境なく襲うよう回路を組み替えていたが、キマイラは最初から、アサナギに手をださなかった。

 キマイラはストレス解消をかねて時折単独で散策にゆくが、リスやヘビを生きたまま捕獲した。もどってくると、男に調理しろといわんばかりに放ってみせた。

「私のためにとってきてくれたの?」

 アサナギはキマイラの頭部をなでてほめた。

 男は串焼きにしてアサナギに食べさせた。

 冷えの強い夜は凍えぬよう、キマイラはアサナギを毛皮でつつんだ。

「キメコ。マスターの自慢の長髪が寝ぐせで爆発しているわ。まるでタワシね。あなた、ペロペロ舐めてなおしてさしあげなさいな」

 アサナギに懐き、頬をすりよせるまでになった。

 カルマイルカの脳の断片がなせる術かもしれないと、男は日記にメモしていた。


 アサナギの成長にあわせて、切り株も成長した。すこしずつ樹高が高くなり、男の身長をぬかした。アサナギは毎朝男に髪を梳かしてもらっていたが、樹高が高くなりすぎたため、男は町から梯子を調達する羽目になった。

 さらに成長し、アサナギの体から小枝が生えはじめた。彼女はそれを毎朝折っていた。服を着替える時、背中に生えていたものは男が折った。

 やがて、切り株からも太くて立派な枝が生え、葉が覆い茂った。

「ねぇマスター、あなたいつも物調面で人生のたのしみがないみたいね。どう? この枝にブランコを作ってみるのはいかがかしら? ひさしぶりに童心に帰ることができるわよ」

 男はその提言を無視したが、アサナギが雨と雪に濡れぬよう、彼女の体の周りを板で囲うことにした。

「いいじゃない。私、寒いの苦手だったの。キメコといっしょに寝れないのが残念だけどね」

 すこしずつアサナギの住居ができあがるにつれ、彼女は甲高い声をあげながらよろこんだ。

 大工仕事をしたことがない男にとって骨の折れる作業だった。

「窓がほしい」

「わがままをいうな。もう板を貼りつけてしまった」

「お願い。マスター」

 アサナギが上目遣いでお願いすると、男はいつも応じた。

「ありがとうございます。今度、肩を揉んであげるね」

 窓の高さはキマイラの頭部とあわせた。アサナギが窓から手をさしだしてキマイラの頭をなでると、嬉しそうに喉笛を鳴らした。男が出入りするための玄関も用意した。梯子をかけて、上り下りするである。

 男が留守の日中、アサナギは窓を開けて、湖をながめていた。

 雨がふると窓をとじ、男の用意した書物を読む。

 夜は頬杖をついて窓の外に顔を押し出し、星をかぞえている。

 窓からはアサナギの友達の鳥も入ってきた。

 しばらくそんな生活をつづけていると、アサナギは鳥と会話をし、視覚を共有する力を身に着けた。

「目をつむって、あの子と会話したいなー、っておもうと、ことばが入りこんでくるの。もっと強く願えば、私たちはひとつの肉体になってる」

 もともとアサナギに備わっている力なのか、あるいは、樹木と一体化することで、鳥の情報伝達信号の感受性が高まったのか、男に判断できなかった。

 アサナギは目をつむってうれしそうに語った。

「私、いつでも空を泳げるの。この子たちが空の海をガイドしてくれるのよ。それってとても素敵なことだわ」

 アサナギは鳥と非常に友好的だった。

 多数の鳥があつまる連合の『人間代表』としてアサナギの名があがっていると、彼女はほこらしげにいった。


 ある日、男は古城を攻めにいくことにした。

 出発前、アサナギに声をかけた。

 アサナギは日光がここちよいのか目をつむっていたが、男の声に目をひらいた。

「アサナギ。もしも私が死んで、ここに帰ってくることがなかったら」

 アサナギのために用意した机のうえに、透明の液体が入った小瓶をおく。

「毒が入っている。苦しみなく死ねる」

「ふーん」

 アサナギはふたたび小鳥たちと会話を始めた。

 男が古城に向かう途中、アサナギの鳥が文を足に巻きつけて追いかけてきた。

『死なないでね、マスター。キメコもいるんだからだいじょうぶ! おみやげはぬいぐるみがいいなー。クマのぬいぐるみ』

 男は古城を制圧した後、市街地の大型商業施設で、ピンクのクマのぬいぐるみを調達した。

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