第18話

 男は大学時代、暇をみつけては文献を読んでいた。

 前世界の兵器が残っていれば、キマイラを討伐することができたが、現世界の軍事力ではキマイラを殺すことはできない。

 男はあらゆる都市をまわり、キマイラによる殺戮を極めた。そのうちの一つの研究機関を壊滅、そして潜伏し、新たなキマイラの製作を開始した。キマイラは今よりも頑強に改造することができる見込みだった。銃の使い方をおぼえ、自らキマイラのパーツを採取した。

 永久に持続できる神に――。

 男の願いであった。そのために役に立ちそうな獣の部位を集めた。

 男は延長ではなく、永遠がほしかった。

 キマイラを自給自足のできる、永遠の神に。そんな存在にするため、男は生きたまま動物をキマイラに組み込むことにした。麻酔銃を用いて昏睡させ、眠っている間に必要な部位を切り取る。

 頭を羽を爪を四肢を――男はキマイラを神に近づけるべく、切り取りつくした。


 男が廃墟街で休んでいた時のことだ。

 瘦せこけた少女をみつけた。

 服を着ていない。痩せすぎて皮膚が骨に張り付き、骨格が浮き出ている。むき出しにされた性器から、たえず血と白い液体が流れ出ている。このあたりには、親に捨てられた子供が頻繁にころがっている。それを狙った賊がレイプするのだ。

 男は下半身の様子から、菌が回っていると推測した。皮膚は紫色に変色し、ただれ、膨らんでいる。もう長くないだろう。

 少女は酸素をもとめる金魚のように、パクパクと口をうごかした。衰弱し、男がみえていないようだ。

 男はピストルをとりだし、少女の額にあわせた。

 その時、一羽の小鳥が彼女の口の横へおりた。その嘴には、ちいさな木の実がくわえられている。

「お……、い、し」

 男は瞠目した。

 小鳥が少女に餌付けをしていたのである。

 小鳥はそのまま、少女にむけて囀りつづけた。少女も唇をうごかして、空気のかすれた音をだした。

 やがて、小鳥は励ますように一鳴きすると、廃墟街の空のむこうへと飛びたった。

「……だ、れ?」

 ふと、少女が男をみた。

 その目には先ほどとちがって、生きる気力がもどっていた。

 男は息を飲んだ。

「ユウナギ」

 その面影にユウナギの面影をみたからだ。

「君は、生きたいか?」

 男はピストルを少女の額に押しつけたまま、問うた。

「わたし……」

 少女の唇がうごく。


 少女の下半身はすでに使い物にならなかった。

 すぐにでも別のものに移植する必要がある。

 彼女の体を半分に切断する時、少女は頬を赤らめ、嬌声をあげた。ビクンビクンと胸をのけ反らせながら、性器から激しく潮がふきでる。幾度と絶頂をむかえながら、少女の体は上半身と下半身に別れ、口から泡をふいて気絶した。毒と細菌にまみれた少女の下半身を、男は池の底へ沈めた。

 男の力によって、切断は死因にならない。残った上半身に菌がまわることもないから、しばらくは生きられるだろう。だが、栄養源がないとやがては死に至る。止血も必要だ。

 少女が気絶している間に、男は彼女にふさわしい下半身をさがした。

 だが、どんな動物の下半身を接合しても、拒絶反応があらわれた。

 男にとって、自分以外の人の接合は初めてであった。更には、肉体の大部分にかかる接合である。作業は難航が予想された。

 男は町で適当な女をつかまえ、少女の下半身としてあてがおうともくろみ、キマイラに乗り飛びたった。

 その切り株をみつけたのは、航路の途中であった。

 美しい湖に目をうばわれた。そのすぐ横に大樹の切り株があった。

 永遠に栄養を採取でき、排泄をそのまま土壌に流しこむことができる。男の中で新たな生体のビジョンがうかんだ。


「ア」

 瞼にあたる木漏れ日をまぶしそうにしながら、少女は薄く目を開けた。

「起きたかい」

 少女は何日も眠っていた。

 男はその間、少女に点滴によって栄養をあたえた。

 また、機構に問題がなければ、根からも栄養を吸い取ったはずだ。

 その肌には潤いが戻り、頬もふっくらとして年相応の少女の見た目になっていた。

「似ている」

「え」

「こちらの話だ。どうかな、君の体は痛んでいたから、あたらしい体を用意した」

「私……」

 少女は自身の下半身に違和感をもち、目線をさげた。

「あ……」

「今日から私と君は契約をしようか」

「契約?」

 男はポケットから、ユウナギからもらった花の髪飾りをとりだす。

「私といっしょに、新たな神ができた世界をみとどけること」

 それを少女の髪に装着した。

 少女は髪飾りを手でさわって、硬質の感触をためしていた。

「君、名前は?」

「名前?」

 少女は目を伏せた。

「おもいだしたくありません」

「そうか。それなら私が君に名前をつけよう」

 男は少女の頬にやさしく触れる。

「今日から君は、アサナギだ」

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