第17話

 男は宝都で学問に励んだ。

 彼は神童とよばれた。あらゆる数式と事象から、この世の秘匿すべてを暴くのではないか……そう噂されるほどに精緻な論理展開と学識をみせ、未知を解き明かした。医学に関しての物覚えと技術進歩も人より格段に速かった。都の病院で実習に赴いた時にも、すぐにでも現場にほしいくらいだと太鼓判をもらった。

 村からは三ヵ月に一度のペースで神の娘から手紙がとどいた。

 村で最近起きたこと、狼犬が狩りを覚えたこと、そして、男の体調をねぎらう文面がならんでいた。

 男はそのたびに返信をかいた。

 在学している間に王都がよその国と戦争を始めた。男の年齢だと徴兵の義務があったが、優等生であった彼は免除となった。新聞でみた戦地には、火炎放射器によって森が燃えあがる様が写し出されていた。すぐそばで、体を焼かれたグリファランとカモシカが横たわっていた。幾多の学友の名が戦死者リストの欄にならんだ。

 男は新聞紙を破いて捨てた。

 大学最期の年。

 彼は大学を卒業するための単位すべての取得をおえていた。

 医学に関しても申し分ない。村で過去に見た病気は、すべて適切な処置ができるほどの技量と知識は有していた。医療技術が皆無の村に男がいれば、当面の安泰を得ることができるだろう。


「君が製作しているキマイラは不思議だな。なぜか、組み合わせられたパーツそれぞれが生きているようにおもう」

 男は卒業までの間、キマイラの研究機関に入りびたり、教授から指導をあおいでいた。教授は男を天才と評する。今まで停滞段階にあったキマイラの開発を、一気に実用的な段階にまで引き上げたからである。

「なぜ壊死しないんだ。君の手には、魔法でも宿っているのではないか」

 教授は男が作るキマイラのサンプルに触れながら、首をかしげた。

 ある日、男が置きっぱなしにしていたメモをみた教授が、男をよんだ。

「君の設計したキマイラは、殺傷能力と飛行能力を重視している傾向がうかがえる。これではまるで兵器ではないか」

 教授はメモを机の上に放った。彼の探求心から、邪心をよみとったのである。

「君はキマイラを人殺しの道具にするつもりじゃないのか」

「いいえ、そんなはずはありません」

 教授は煙草に火をつけた。

「私たちは所詮、神の真似事をしているにすぎん。神に与えられた構造を脱すること、摂理に反することはできないのだ。できるのは、維持と代替だ。このむき出しの生存本能のハリボテも、神への反逆とみるやいなや、私たちに牙をむく。王都の事件をしっているな」

 男の研究媒体をみた王都の軍部が、キマイラを軍事兵器に利用しようとしたが、半壊に至る痛手を負った事件であった。

「手懐けられるとおもうな」

 男は昼夜をわすれてキマイラを製作し続けた。サンプルとして研究所につれてこられる動物たちに、メスを入れ、部位と部位を結合した。

 大学生活最期の日の深夜。

 培養カプセルに眠るキマイラを、男は寝不足の目でみつめていた。

 第一号キマイラ試作型がいよいよ完成する。

「うごくな」

 暗闇につつまれていた培養室の扉がひらき、光がさしこんだ。

 扉にはピストルをむけた教授がたっていた。

「君を殺す。それが私の役目だ」

 男はキマイラの麻酔機能を切った。キマイラの目は開き、赤く輝いた。男は胸に垂らしていた笛をふく。カプセルはキマイラの爪によって破壊され、オレンジ色の麻酔が飛び散った。

 教授は発砲した。

 それは男の心臓にあたったが、男は眉一つうごかさなかった。

「外道が……自分の体までキマイラに」

 言いおわるまえに、キマイラは教授の首を嚙みちぎった。

 教授の白衣のポケットをあさり、男が今まで入れなかった、特亜サンプル室の鍵を入手する。サンプル室の棚をさがしまわり、ようやくカルマイルカの頭脳の断片をみつけた。これでキマイラに「優しさ」を移植することができる。

 男はそれをビンにつめ、荷袋にしまった。

 キマイラの背に乗り、男は宝都の空を飛んだ。

 村付近の森の木でキマイラを休ませ、男は村に帰ってきた。

 男は異変に気づく。村人ひとりひとりが禍々しいオーラを放ち、男に敵意をむけている。目が落ちくぼみ、体はやせ細っていた。人の数自体も、宝都へ発つ前よりもはるかに減っている。

 神の娘の住居へゆく。彼女をつれて、キマイラと過ごす予定だった。

 だが、神の娘はいなかった。家は荒らされており、腐った生ゴミと壊れた家具が散乱していた。床は血痕で汚れ、蠅がたかっていた。蠅はころがっていた犬と猫の死骸に群がっているようだ。腐敗してドロドロになっていたが、手術の痕跡があったことから、男が娘に与えた、狼犬のものだと想定できた。

 村をさがしまわると、竹で作られた牢に彼女の女中がいた。

 女中は涙を目にうかべて男の名前をよんだ。

「無事でよかった。よくぞお戻りになりましたね」

 女中は村でおきたことを語った。

 村では原因不明の伝染病が起きた。戦争によって住処を奪われた動物が近隣の森をうごめくようになり、その肉を食べたことが原因だと囁かれていたそうだ。

 神の娘は祈りをささげた。

 だが、病はおさまらなかった。

 村人のほとんどは死に絶え、絶望が村を覆った。

 神の娘は、悪魔の娘だ。こいつがいるから、我々は死ぬことになる。祈ったのにもかかわらず、次々に人が死んでいくのがその証拠。

 絶望は村人を狂わせた。

 神の娘は村人によって磔にされ、焼き殺された。

 男は村の中央で燃えている焚火にちかづく。磔に使用されたとおもわれる、柱の断片と鎖の残骸がころがっていた。

 火の中にちいさな頭蓋骨があった。

 男は笛をふき、キマイラをよんだ。

 キマイラは唸り声をあげながら、残った村人たちを殺した。喉を食い破り、胸を裂き、頭を踏み潰した。

 宝都からもってきていた油を村中にばらまき、火をつけた。

 火の中で、男は竹の牢へむかった。

「こ、殺さないで……」

 女中は村人が死にゆくさまをみて、失禁したようだった。牢の中にアンモニアの臭いがただよっている。

 男は牢を破壊して女中を逃がす。

「あなたはこれから自由に生きるといい」

「こ、この動物は」

 女中はキマイラをみあげて、ふるえていた。

「コイツの魅力にとらわれて、ユウナギから手紙がこないことにきづかなかった。私の力があれば、その程度の病であれば治すことができた」

 男はキマイラにまたがる。

「私がユウナギを殺したようなものです」

 その晩、神の娘――ユウナギのために、男はしずかに祈りをささげた。

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