第14話

 男が初めてふたつの生物をくっつけたのは、五歳の時だった。

 バッタとクワガタを真っ二つに切り、バッタの下半身とクワガタの上半身を糸で縫い合わせた。

 男が子供のころに備えた常識は『生物は切っても死なない』ということだった。彼がハサミで切断した昆虫は、死ななかった。足や羽を切り取られてうごけなくなったものは、栄養失調でやがて息絶えたが、痛みのショックで死ぬことはなかった。子供たちがままごとで遊んでいる時、男は昆虫同士を縫い合わせて遊んでいたのである。

 くっつけられた生物は、最初は個別にちがう活動をする。

 バッタは足を利用して宙を飛ぼうとしたが、クワガタの胴体がおもく、飛べなかった。クワガタはバッタの体を引きずるようにして這った。

 やがて、二つは共同体になる。元から一つの生物であったかのように、同じ動作を共有するようになった。そこには、二つの生命の意志は存在しなかった。

 ある日、組み合わせた昆虫を村の子供にみられた。気味悪がられ、いじめられるようになった。男は口数が減り、人との交流を避けるようになる。彼の親ですら、昆虫を切って遊ぶ男を遠ざけた。

 包丁で野良猫を切ってみたこともあったが、死ななかった。男の力は虫だけではなく、四肢をもった動物にも発揮するようである。

 男が生き物を殺せないのは『刃物』で切り裂いた場合だけだ。

 鈍器、銃、毒物を用いた殺生なら、他人とたがわず行うことができる。

 それに気づいたのは、彼が十二歳になった年、初めて人を殺した時のことだった。


 彼は十二歳の時、神の娘に水を届ける仕事をしていた。

 男が生まれた村は貧しく、人口もすくなかった。

 村は頻繁に飢饉に苦しんだ。また、伝染病が蔓延していた。村の医学は乏しく、さらには、食料を自給する術もほとんどもちあわせてなかった。

 ゆえに、神を崇拝する文化があった。

 村で生まれたキレイな娘を神として讃え、お供え物と祈りをささげる。すると病気は治り、森の食物も潤沢になり、平和は存続すると先祖から伝えられていた。

 神の娘は病や村の毒気に冒されぬよう、村でもっとも住み心地のよい家屋で大切に育てられた。

 ある日、神の娘の家に男が水を届けにいった時のことだ。

「あなた、すこしお待ちなさい」

 娘はそそくさとでていこうとする男を呼び止めた。

「なにか、お悩みでもあるのですか? あなたはいつも、とてもさみしい目をしています。もしかしたら、水運びの係がイヤ? それなら無理しないで。私からお父様にいっておきますよ。まだちいさいのに水運びの係なんて押しつけられてかわいそうです。子供は子供たちといっしょに、お外で元気にたのしく遊ぶものですよ」

 そのキレイな目に射すくめられた男は、反応ができなかった。他人からやさしいことばをかけてもらったのは、ひさしぶりであった。

 男はふるふると首をふって、否定の意をしめした。

「そう? だったらいいのですけど」

 逃げるように家をでて、井戸にかけこみ、水を飲んだ。

 神の娘は男を気に入ったようだった。男が村人から忌み嫌われているとつたえられていないのだ。

「おたべ。おいしいですよ」

 家にきた男に笹餅をふるまった。

「今、村の子供たちはどんな遊びをしているのですか?」

 男のことを子ども扱いしているが、娘も男とあまり歳が変わらなかった。だが、村人から頼られている役柄、幼さをみせず、常に大人のようにふるまっていた。

「顔をあげて? 私は怖くないですよ」

 男は目を合わせるのが不得手で、いつもうつむいていた。だが、そのやさしい声に緊張が崩れていき、きづけば目をあわせていた。

「私はいつも家のなかですごしているので、普段村の子供たちがなにをしているのかしらないのです。祭事の時、村の外れで子供たちが紙切れのようなものを地に叩いているのをみました。すごく楽しそうでしたわ。あれはなんなのですか? もしよかったら教えてください」

「私で……よければ」

 男は詰まりながらも、村の子供たちの遊びをつたえた。

 神の娘は室内で遊べるトランプに興味をもったようだ。男はその晩、家にあったチリ紙をつかってトランプを作った。

 硬度のなかったトランプは、手で持つとくたびれてしまうため、神経衰弱しかできなかった。

「四はどこだったでしょう? ……あーぁ、まちがえてしまいました。あなたはすごいですね。とても記憶力がいい。きっと、将来は立派な大人になれますね」

 男は謙遜のことばを口にする。神の娘はけっして神経衰弱が弱いわけではなかった。男の頭脳がそれほど優秀だったのである。

 ある日、男が水をとどけると、神の娘は髪結いの手で調髪をされていた。

「まぁ」

 神の娘は男の顔をマジマジとみた。そして、髪結いと二言三言、男にきこえないよう小声で会話をする。

 髪の支度をおえた娘は男をそばまで呼びよせ、自身の化粧台にすわらせた。

 男の前には鏡があり、男の顔と娘の顔が映っていた。

「あなたは男の子にしてはとてもキレイな目と肌をもっていますね。ほら、髪がボサボサですよ。こうして櫛で梳かせば」

 神の娘はやさしい手つきで男の髪を梳かしていく。男は眠りにつくような心地よさのなかにいた。

 男はふだん、髪をほとんど切らない。

 伸ばし放題になっていた彼の髪は、娘の手によって、清流のようにしなやかなものになった。

「キレイ。こうすると女の子にもみえます。そうだ」

 神の子は化粧棚のなかから花の髪留めをとりだし、男の髪にとりつけた。

「これは昔、私が使っていたものです。とっても素敵です。かわいい……。女の私が嫉妬しちゃうくらい。あぁ、でも男の子はこういうの好きではないですよね」

「そんな」

 男は顔を赤くしながら首をふった。

 神の娘はそんな男をみて、微笑んだ。

「なんだか本当に女の子みたいですね。その髪飾りはさしあげます。もしもまた髪を手入れしてほしかったら、いつでもおいでなさい」

 男はその髪留めを常にポケットに入れて大切に扱った。

 その日から男は髪を伸ばすようになった。そうすると、神の娘がよろこんだ。

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