第13話

 キマイラのことが伝達しているのか、外壁の外からでも町の喧騒がつたわってきた。

 外壁の周りにいるはずの門兵たちも出払っている。激昂したキマイラが町に攻め入るのを恐れて、中央の富裕層の護衛へ駆り出されているのだろう。

 おかげで誰にも咎められることなく、町に入れた。

 カゼユキの手によって、ぼくはキタトリの町のお尋ね者……になっているのだろうか? 慎重に行動する必要があった。

 キタトリの町民たちは、雨の中、傘もささず路上で騒いでいる者と、家に身を潜めている者で二分されていた。

 外で話す人の会話は「キマイラと戦う」か「この町から逃げる」という内容で、ぼくの名前はでてこなかった。だが、時間の問題だろう。

 こうして壁に囲まれた町を走っていると、本当に鶏のようだ。

 壁に囲まれた人々。上に支配され、飼いならされて、なにもできやしない。外の害獣に対して無残にやられるだけ。

 これが鶏でないなら、なんだという?

 家にいそいでむかいながら、作戦をかんがえる。

 キタトリの町の軍隊と真っ向からぶつかりあっても勝てるわけがない。数の差が圧倒的だった。だから、ぼくは母さんをつれてこの町から逃げるつもりだった。アサナギならぼくたちを匿ってくれるかもしれない。

 家まであとすこしでつく。大通りから狭い路地に入ろうとした、その時だった。

「待て」

 雨音の中で、鉄のぶつかりあう音がした。

 雨煙のむこうから、大勢の人影がちかづいてくるのがみえた。彼らはアーマーを装着している……、兵隊だった。雨にかくれて奥までみえないが、十人は超えている。

「トオルは貴様だな」

 先頭にいた兵士がたずねた。鉄の剣をもっている。

「そうですけど。道案内ならすぐちかくに町番兵の住処がありますよ。ぼくはいそいでいるので」

「貴様とその家族には反逆罪のうたがいがある。我が町の主力部隊を半壊にしたキマイラ、そのキマイラと裏とつながり、町の情報を漏洩、ならびに陥落させようとしたうたがいがな」

 先頭の兵士が片手をあげたのを皮切りに、後ろにいた兵士が、竹弓をかまえてぼくに狙いをつけた。ほかの兵士も各々の武器をかまえて、今にも駆けだそうとしている。ぼくは陽の木の弓へ腕をのばしたが、あきらめておろした。話し合いができる雰囲気ではなかったし、勝ち目もなさそうだった。

「貴様の暗殺を任せたカゼユキと連絡がとれなくなっている。キマイラにやられたか、あるいは」

 兵士は殺意をこめた目でぼくをにらんだ。

 家の外にいた町民たちは、その光景を好奇の目でみていた。

 憐れみ目をそむけるものもいたが、ぼくに救済の声をかけるものはいない。

 『灰色の金縛り』はぼくと町の人々の距離を隔離した。

「ぼくを、殺しますか?」

「死刑だ。なにか、言い残すことはあるか?」

 わかっていた。

 上層部はキマイラに手も足もでなかったことを、認めたくないのだ。だから、裏切り者がいたことにした。

 その裏切り者は、町の嫌われ者だった。上層部にとって、これほど都合のよい話はないだろう。

「せめて、……母さんは殺さないで」

 先頭の兵士は鼻で笑った。笑いはほかの兵士にも伝染し、一時、下卑た笑い声で空間は満たされた。

「バカなことを」

 やがて、吐き捨てるようにいった。

「罪人に食わせてやるほど、この町は豊かではないことくらい知っているだろう」

 そして、兵隊は雨のなかを駆けた。

 矢がぼくの胸を貫く。

 槍がぼくの目を刺した。

 剣がぼくの首を搔き切った。

 水につかりつつあるレンガの地面に、ぼくの体は崩れ落ちた。

 ――アサナギ、ごめんよ。約束、守れそうにないや。

 最後の力をふりしぼり、ぼくはあおむけになった。

 灰色の雲が空をおおっている。

 ……アァ。ぼくにも、トリノメがあれば、なぁ。世界を、みにいけた?

 いや、それは贅沢な望みか。

 せめて、青空が、みれたら。

 鳥に、なりたかった。

 

 ――死体は晒しておけ。天国にいかさぬよう、重石を体に乗せるのだ。

 ――首を切れ。頭は燃やしてしまえ。

 ――コイツって、例の病原菌だよな? ふふん、生きてるだけで迷惑なのに、キマイラなんかに魂を売って裏切りやがって。

 ――さっさとコイツの親も殺すぞ。アイツらの仇、俺たちがとる。

 ――町長の避難がまだ終わってない。さっさと母親を殺して、脱出するぞ。

 ――声がでかいですよ、隊長。まだ……ここにいる町民は見捨てられたことをしらないのですから。

 ――こいつらもわかっているさ。町民どもよ、きいたか? 命が惜しいものは今すぐここから逃げろ。運がよければ、命日が数日伸びるかもしれんぞ。

 ――ったくよ、あの丸タヌキ。なにもできないけど、逃げ足だけは早いよな。

 ――あんなタヌキに俺たちの税金が使われているとおもうと……、俺、次の町では鶏飼いになろうかな……、命を張ってがんばるのが馬鹿らしくなってくる。

 ――森の木に住まうバケモノの討伐はうまくいってるかな。

 ――見た目は子供なんだろ? 大丈夫だろ。

 ――でも、バケモノだぜ。カゼユキの報告によると。

 ――伝令! 伝令! 四時の方向より、キマイラが町に潜入! 

 ――やはり壁は乗り越えられたか。この町の大工は無能しかいないのか。

 ――急げ! 早くコイツの母親を殺せ。早急に脱出するぞ。

 ――もう母親殺しはよくないっすかァ?! 逃げましょう!

 ――バカモン! 私はこの任務を達成すれば負債をチャラにできるのだ!

 ――いや逃げるんだから借金とかどうでもいいですってぇ!

 ――ウーム、たしかに。

 ――第一二小隊は全滅、キマイラは以前飛行をつづけております。竹弓部隊が迎撃にあたっておりますが、効果はなく。キマイラは町民へも牙をかけている模様! 繰り返します、キマイラが町に潜入!

 ――ヤツは今、どこにいるのだ?

 ――それが……。

 ――う、うわぁあああああああ!

 ――空より巨大な飛行物体が、た、隊長! コイツ。

 ――た、……たすけ……、うわぁ。

 ――貴様ッ! キマイラの背に乗っているお前だ! 人である貴様が、そんな贋作の肩をもつのか。

 ――覚悟しろ、殺してやるッ!

 ――にげ……いや、だ。死にたくない!

 ――や、ヤメ、殺さな……ウワ!

 ――剣も矢もきいてない? コイツの体、どうなってるんだ。

 ――隊長、指示を! 指示をくだ……グガァ!

 ――キマイラ……、これが。

 ――神が生み出した、イヤ、ちがう。

 ――偽りの神が生んだ、失敗作。


「少年、ひさしぶりだな。死んでいるのか」

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