第8話

 外壁には工事のためのかがり火が焚いてあった。まだ壁は増設の途中で変化はなかった。外壁に寄りかかって酒を飲む土工の姿が散見された。

 ぼくはでた時とおなじように、抜け穴から身をかがめて町へ入った。用意していたロープは、そのまま荷袋に入れておいた。

 腹にできた傷を治療するため、薬局で包帯を買った。

 空き地で傷の治療をしていると、町のどこかで銃声がきこえた。カゼユキがいってたように、軍が散弾銃の練習をしているのかもしれない。

「……」

 町がさわがしい。中央の広場で、オレンジのランプをかがやかせた屋台がならんでいる。陽気な音楽とともに人々は酒を飲み、顔を赤くしている。

 ぼくはガーリックトーストを数枚買った。すこしだけかんがえて、チーズパンも購入した。

 隊をなした兵士ともすれちがう。彼らはあわただしい様子でかけていった。

 家の前で、はためく赤いマントがみえた。カゼユキだ。

「よぉ、トオル」

「そのマント、どうしたの? わかった、ファッションショーにでるんだ」

 それは保政官がつけるマントであった。

「イヤ、保政官をしているおじ様にもらったんだ。今年で定年だからやろうってさ」

 夜風がふたりの間をながれる。

「俺、保政官になれるかもしれん」

「よかったじゃないか」

 カゼユキの腰にはピストルの入ったホルスターがあった。

「そのピストル、よく似合っているよ」

 外からキタトリの町へきた保政官はみな、ピストルをもっていた。カゼユキがだれの伝手で保政官になるのか、すこしわかった気がした。

「……」

 保政官になるのはカゼユキの希望だったはずだが、彼は浮かない顔をしていた。

「どうしたんだい? なんだかえらく静かじゃないか。鳩みたいだ。そのピストルの代金代わりに豆鉄砲でもくらったか? 鉛玉じゃないだけましだろうよ」

「森で銃声があったの、しってるか?」

 カゼユキの問いに、ぼくはキマイラの背に乗っていた男をおもいうかべた。

「しらない」

「……そうか」

 またどこかでパンと鳴った。

「さっきから町でも銃声が鳴っているよね? これ、花火じゃないよね……町長の誕生日の祝砲にしては、すこし品がない」

「アァ。キマイラを駆除するための散弾銃の練習だよ。仮設の射撃場を作ったんだよ、昨日。ガナードのオッサンはそれで事故ったわけ。そこでさっきまで俺も試射してた」

 カゼユキは腰のピストルに手をあてた。

「道理で」

 固まってたカゼユキの表情が、すこしだけやわらかくなる。

「屋台があったろ? キマイラ討伐の成功を祈って、祭りをやっているんだよ。ハハッ、倒してから祭りをすればいいのにな」

「ピストル、ぼくでもつかえるかな?」

「トオルは自慢の弓があるだろ? オマエの細腕だと遠くまで吹っ飛んじゃうよ」

 そんなことを話していると、家の中から芳ばしい香りがただよってきた。

 母さんがご飯の支度をしているようだった。

 ぼくはカゼユキを晩ご飯にさそったが、帰るようだ。

「今から保政官の仕事を手伝うことになってるんだ」

 家に入り、母さんの晩ご飯の支度を手伝った。

「トオル。今日はどこにいってたの? うれしそうな顔をしているね」

 食事の途中、母さんがたずねた。パンが喉につまりそうになった。

「カゼユキが保政官になれるかもしれないんだって」

 咄嗟にごまかす。森へ女の子に会いに行ったとはいえない。

「そう……あの子、とてもやさしい子だからね。町の皆のこと、とっても大事にしてて。トオル、ちゃんとカゼユキ君と仲良くして、なにかこまっていることがあったら助けてあげるのよ」

 ぼくは曖昧な返事でお茶を濁し、薬缶のお湯を沸かしなおすことにした。テーブルに戻る時、母さんにお酒がいるかきいたが、母さんはしずかに首をふった。

「パパもいないから、お酒が余っちゃうわね。カゼユキ君にお祝いとしてあげたらどうかしら?」

 母さんはふいに、胸をおさえた。

 ぼくは鎮静剤とお湯を母さんにわたした。母さんは薬を飲み終えると、布団へ戻っていった。母さんが夜に灰化の痛みに襲われるのは珍しいことだ。

 その後、皿洗いをしながら、町にひびきわたる銃声をきいた。

 キマイラを倒す――カゼユキはそういっていた。そんなこと、できるのだろうか?

 キタトリの町は、幾度となくキマイラを討伐しようとして失敗してきた。慣れない武器を手にして、返り討ちにあうのではないか。

 あの男のことも心配だ。銃の扱いにも、キマイラの扱いにもなれていた。アイツがキマイラの『飼い主』だろうか? キタトリの町がキマイラを討伐するということは、アイツとも敵対するということだ。生命に対して人並ならぬ憎悪をもつあの男の非情は、大きな脅威になるだろう。

 また、アイツはピースケを知っているようだ。ピースケとアサナギは接点がある。

 蛇口からでる水をとめた。

 もしかしたら、アイツがアサナギの『マスター』だろうか?

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