第7話

「私は人が嫌いなんだ。早く答えろ」

 その人は手にクワ程の長さの猟銃をもっていた。発砲の煙がふきでている銃口は、ぼくの心臓へむけられていた。

「迷子の、子供です。助けていただきありがとうございます。撃たないで」

 ぼくは両手をあげた。

 髪がとても長い。腰の近くまである髪はきめ細やかで、清潔な印象をもった。前髪で片目は完全にかくれ、もう片目もほとんどみえない。肌は色白で、中性的な顔つきをしていたため、男女の区別がつかなかったが、声音的には男性であった。キタトリの町ではみかけない、異国のオーラを放っている。

 男はぼくを虚無の目でみつめ、なにか思案しているようだった。片時もその銃口をぼくから離そうとしない。

「殺すか」

 シャコンと空薬莢が地を打つ音と、ため息交じりのつぶやきがきこえた。

 ぼくは目をつむり、神への祈りをささげた。宙から木の葉のゆれる音と、翼を切る音がきこえた。ぼくは今にもおとずれる死の瞬間を待っていたが、銃声は鳴らなかった。恐る恐る目をあけると、猟銃の先端にピースケが舞いおりていた。ピースケは男をみあげて、抗議するようにさえずりをあげている。

「ピースケ」

「なぜ、コイツが」

 男は無感情な目でピースケをにらんだ。

 ピースケはさえずりをやめて、しずかに男をみつめかえした。

 やがて銃をおろし、男は仕留めたグリファランのもとへゆく。ピースケはぼくの肩に飛び乗った。

「アサナギ、君か?」

 ピースケはなにもいわずに、小首をかしげた。

「なるほどな」

 男は一瞬足をとめてぼくを一瞥すると、懐から大ぶりのナイフをとりだし、グリファランの巨大な翼を切り始める。肉が千切れる嫌な音とともに、その根元から赤い血がこぼれおちていく。

 ぼくはそこできづく。

 グリファランは死んではいなかった。胸元がゆっくり上下している。麻酔銃。つまり、眠っているだけだ。

「あ、あなたはなにがしたいんですか? グリファランを食用に捕獲するのは禁止されています。あなたのやったことは罰を受ける行為ですよ」

「所詮は人が人の為に作ったルールだろう」

 男の冷たい声がぼくの胸に重くのしかかった。

「君は、なぜ彼らが人に攻撃をしかけるとおもう?」

「彼ら? グリファラン?」

「コイツだけじゃないさ。ほかにも、いろんな動物。爪と牙をもった動物」

「それは……もちろん、捕食するためでしょう」

「いや、ちがうね」

 男は一瞬作業の手をとめて、ぼくのほうをちらりとみた。

「彼らは怒っているんだ。住処をうばわれ、人に虐げられた過去が彼らの闘争本能を刺激する」

 男がふりむく。森のおくから風がふき、霧がどこかへ散ってゆく。

 風は一瞬、男の頬にかかった髪をゆらした。

 かくれていた男の肌は雪のように白かった。

「本当の神様。それを彼らは求めているんだよ。私はただ、手を差し伸べているにすぎない」

 その目に宿る感情に、ぼくは名前をつけることができない。

 憎悪、諦観、憐れみ……。

 そのどれもであり、どれでもないような気がした。

「手を、差し伸べている?」

 ぼくは汗だくの手を握りしめ、翼を切り取られたグリファランの体をみた。

「ふざけないで。あなたは動物を傷つけているだけでしょう?」

 男はグリファランの翼を一度地におき、胸にかかっていた笛をふいた。

 歪な音が空気を満たし、胸をひっかくような嫌悪感がぼくを襲った。

 たまらずぼくは耳をふさいだ。

「人間、少し黙れ」

 男は感情のない目でぼくをみる。やがて、空から唸り声がきこえた。背筋がすくみあがった。

 歪な羽音を響かせながら、そいつは彼の横におりたつ。

 この前森であった、巨大で凶悪な獣。

「なぜ、ここに」

 それは、キマイラだった。

 キマイラは男のほうを一度見たあと、しずかに唸りをあげて、ぼくをみつめた。

「どういうことだ? なぜコイツを襲わない?」

 男は訝しげにキマイラの方をみて、ちいさく笑った。

「……おもしろいじゃないか」

 ぼくは先日、森でキマイラにあったことをおもいだす。

 今日の彼の瞳も、あの日とおなじく、怒っているようにもさみしそうにもみえた。

「帰るぞ」

 男はキマイラの体にグリファランの翼をくくりつけ、自身も背にまたがった。

 ぼくは彼の背中にピンクのクマのぬいぐるみがあるのにきづく。

 彼らは森の夜空へときえていった。

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