第2話

 少女はアサナギと名乗った。

「アサナギさん」

「アサナギでいいよ。私の方が年下だろうし」

「アサナギ。アサナギは、このツリーハウスに一人で住んでいるの?」

 うーんと人差し指をあごにあて、アサナギはかんがえる。

「マスターと……そのお友達といっしょに住んでいるの。けどふたりはよくお出かけをしていてね、基本は一人」

「さみしくない? ここはなにもない。それに……ぼくは昨晩、キマイラに出会ったんだ。食べられるとおもったけど、見逃してくれた。ここは危険じゃないのかな」

 ぼくの問いにアサナギは一瞬目をおおきくひらいた後、クスリと笑った。

「アラ? あなた、あの子に好かれたんだ? 自然に近い存在なのね」

 幸の薄い顔つきにうかぶその笑みは、風が吹けば消えてしまいそうなほどに、儚いものだった。

 彼女は後ろをむき、背後にあった棚へ、もっていたクマのぬいぐるみをおいた。

「ピンクマ君。お客さんがきたからまたあとで遊びましょうね」

 そのまま空になった手をツゥと宙にかかげると、小鳥が一羽、彼女の指に舞いおりた。花の周りを蝶が飛ぶような光景だ。

「私、小鳥たちと会話ができるのよ。だから、こんな一人ぼっちでさみしい場所でも全然平気なの。この子たちはとっても自由。翼があるからこの世界のどこにでもいけちゃう。キレイな滝も、真っ白な雪原も、カラカラの砂漠も、そして、どこまでも青が続く海にもいけちゃう。この子たちはそこで見た景色を私にとどけてくれるの」

 実際に見に行きたいとはおもわない? そう聞こうとしたけど、やめた。少女の絵空事にまじめになりすぎるのはよくないだろう。

 ぼくは森で迷子になったことを告げた。

「町はどこ?」

「キタトリの町だよ。立派な竹がいっぱい生えるから、竹槍と竹弓が名産なんだ」

「ここから歩いて四十分くらいだね。でも、あなたの弓、木の弓だよね」

 キョトンとした目で、アサナギはぼくの弓を見つめる。

「これは父さんの形見なんだ。陽の木、っていう不死鳥が巣を作る木を材料に作ったんだって。本当かどうかしらないけど」

「そう。私、まだ不死鳥にはあったことないわね。本当に実在するのかしら? 不死鳥……、ふーん」

「どうしたの? そんなにこの弓が気になる?」

「私、この世のすべての鳥とお友達になれる自信があるの。鳥の情念を感知するアンテナみたいなのが私にはあるからね。その弓、大事にしなさい。電波がでているわ。不思議な電波。保護……いえ、これは」

 それ以上はなにもいわずアサナギは目をつむった。

「マァ、それはいいとしましょう。それより迷子のあなたをなんとかしないと」

 彼女が両手を高く空にかかげると、数羽のスズメが彼女の宙に集まった。まるで……密に集まる蜂のようだった。

「この子に道案内をさせましょう」

 彼女がそのうちの一羽の頭をなでると、ピピとさえずりをあげて、ぼくの足元におりたった。

「ねぇ、あなた、名前はなんていうの?」

「ぼくは、トオル」

「トオル。また遊びにきてくれない? キメコ……、キマイラのことね。あの子に好かれる人って少ないのよ」

 帰る前に湖を泳いでいくといい、とアサナギはいった。

「私、泳げないの」

「こんなキレイな湖があるのに、もったいない」

「空が二つあるのよ、私には。下と上。上の湖ではいくらでも泳げるもの」

「……?」

 いみがよくわからなかった。

「まぁ君はカナヅチってことだね」

「ねぇあなた、けっこうよごれているわ。湖の水はとてもキレイだから洗濯していきなさい。それに、私は白鳥やアヒルともお友達になりたいけど、代わりにトオルが挨拶してくれない?」

 彼女が望むままに、ぼくは下着以外をぬいで湖に入った。

 湖の水はここちよく、疲れた体を癒してくれた。

 水中には元気な魚と昆虫が泳いでいる。水中から空をみると、太陽の光がゆらゆらとゆれていた。

 水面へ顔をあげる。ここの空気は、キタトリの町よりも澄んでいるようで、おいしかった。ぼくは深呼吸して、空気を味わった。

 途中、一羽のアヒルをみつけたので接近をこころみたが逃げられた。どうやら、この湖近辺に棲息している鳥が人に懐きやすいということではなく、アサナギが格別、鳥に愛されているようだ。

 ツリーハウスの窓からアサナギがぼくに手をふっていた。

 ふりかえそうとしたら、バランスをくずして水面にたおれてしまった。

「なにやってるの」

 アサナギはケラケラと笑った。


「それじゃあ、ぼくは帰るね」

「これ、もっていって」

 アサナギは窓から灰色の小袋を投げてきた。

「中には甘い木の実がたくさん入ってる。この子たちがいっぱい集めてくるから、余っているのよ。おやつの代わりに食べても、持ち帰って食べるのもいいけど……そうね、またここに来る時のために目印代わりに地面においていくのもいいかも」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

 スズメがぼくの前をとんでいる。

 ぼくは彼(彼女?)にピースケと名付けた。

「ピースケ、ぼくを町までみちびいてくれ」

 そして、彼女がいったとおり、キタトリの町へは四十分程度でたどりついた。

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