失恋したので世界を滅ぼすことにしました

一 雅

第1話 「そんなハルマゲドン的なものにいちいち不安を持ったって仕方がないだろ」

 一日眠れば卒業式の余韻など既に消えていた。

 式中に涙なんて一滴も流れなかったクセに、朝のあくびひとつで目尻に濡れた感覚を覚える。

 べつに泣けなかったことに関して不満があるわけでもなければ、自分に人の心が無いと思うほどの体験だったわけでもない。

ただ中学の頃にそれくらいの思い出作りしかしなかっただけの話さ。

 スマホを開けば昨日まで一緒にいた腐れ縁のデブからLINEも来る。これが美少女の幼馴染ならば、よわい十五の人生の充実度も様変わりしていただろうに。おっと、もうこんな時間か。

 十一時五分の時刻だけ確認し、堂々と既読スルーをかましてベッドから起き上がる。

 リビングのソファには家事をひと段落終わらせた母親がひと休みしていた。

 退屈そうなニュース番組を垂れ流しながら、自分のスマホを眺めているようだ。と、すぐに俺に気づいて振り向く。


「おはよ」

「ん、はよ」

「今日はどこも出掛けないの?」

「べつに、今んとこ予定なし」


 母の弾んだ声は朝から脳に響く。耐えながらリビングを超えて洗面所へ向かう。


「じゃあ一緒にお出掛けしようよ〜」

「え、どこに」


 足を止めて、思わず振り返った。きっと顔には「嫌です」の文字が浮上していることだろう。


「もうすぐお昼だし」

「だしって何だ、だし、って」

「あら、何も予定無いのよね?」

「無いけど、だからって母親と出掛けるのはさぁ」


 思春期男子からすればハードルの高いイベントだぞ。

 とみなまで言わずとも伝わるだろうと言葉を濁す。


「えー、いいじゃん。志良しろうこれから高校生になるんだし、そしたらお母さんもっと相手にされなくなるでしょ? だから今のうちにお出掛けくらいしようよぉ」


 そんな未来を勝手に想像するんじゃない。まあ否定はしないんだが。


「ちょっとなぁ、んー」

「志良、お母さんのこと嫌い?」

「好き嫌いじゃない。高校生男子の健全な休日の過ごし方を冷静に考えてるだけだ」

「まだ高校生じゃないでしょ〜」

「来月には高校生だ。中学も卒業したし」

「三月いっぱいまでは中学生扱いでしょ」

「とにかく、一緒には行かないよ」

「うう……シングルで一生懸命あんたを育てたっていうのに」

「いつもその手でなびくと思うな」

「ちっ」


 ポケットの中でスマホが振動した。母親の不機嫌な顔を横目に確認する。

 先ほど既読無視した奴からのランチの誘いだった。ナイスタイミングだ、デブ。


「昼は爽真そうまと食いに行くよ」

「えー、さっき予定ないって言ってたじゃない」

「いま入ったんだ。健全な男子高校生は忙しいのさ〜」

「親不孝もの〜」


 ブーブー文句を垂れるかん高い声を聞き流し、洗面所で顔を洗って朝を迎える。


   ***


「志良は高校で部活とかやらないのかい?」


 自分の腕と同じくらい巨大なバゲットのサンドイッチを綺麗な手つきで食べながら、那珂川なかがわ爽真は眉目びもく秀麗しゅうれいな顔をこっちに向けてきた。


「何も考えてないなぁ。多分やらん」

「そうなんだね」


 俺も向かいの席でバゲットの先を突き合わせるように、ランチメニューで八一〇円のてり焼きサンドイッチを齧る。

 小遣い制の俺には少し贅沢なランチ代になったが、卒業祝いのつもりで思い切った。いつまでもワンコインランチに甘んじているわけにはいかない、これが高校生レベルってやつだ、多分。


「お前は?」

「僕もやらないかな」

「運動部とかどうだ? その贅肉も少しは落ちるんじゃないか?」


 まるまると膨らんだ腹を指差し、言う。

 爽真は困った表情を浮かべる。


「落ちたら困るよ。わざとこの体型を維持してるんだから」

「もういい加減、痩せても大丈夫なんじゃないか?」

「ダメだよ」


 そう言って俺の言葉に抵抗するかのようにサンドイッチを頬張る爽真。

 手つきといい、咀嚼といい、器用にものを詰め込んで綺麗に食べるやつだ。

 

「僕は痩せたら困るんだよ」

「モテすぎて、か。ほんと、贅沢な悩みなこって」

「志良だってその気になればモテるでしょ?」

「否定しないところも、その言い方も気に食わんなぁ。お前に言われると嫌味にしか聞こえん」

「僕も好きでモテてたわけじゃないよ」


 悩みはひとそれぞれと言いたいのは分かるが、こいつのは天然記念物並みに結構特殊な例だと思う。

 肥えた巨体の点を抜かせば、見た目も性格もちょーがつくほどのイケメンである。

 だが爽真は自分で選んでデブになった。過去に苦い思い出があって、俺もその件については十二分に知っている。太りたくなる気持ちも、少しはわかっているつもりだ。

 が、もう四年以上も前の話だ。当時俺たちは小学五年生で、人の気持ちを考えることも、ましてや誰かと恋をすることもよく知らないくらい純粋無垢な歳だったのだ。

 仕方のないことだった。でも爽真はその頃の自分を許せてはいない。

 だから、痩せた高身長の、太ることを得意としない体を酷使してまで、ここまでの巨体を作り上げた。もう二度と失敗を繰り返さないために。

 俺は、もう許してやってもいいんじゃないかと思ってるんだがね。


「そういえば、このニュース見た?」


 バゲットを食べ尽くして丁寧に口や手を拭き取ってから、爽真はスマホを取り出す。太い指で数秒操作して俺の方へ画面を向ける。


「……隕石落下?」


 ニュース記事の冒頭に掲載された太文字にそう書いてあった。


「そう。正しくは火球の目撃情報らしいよ。隕石になっていたとしても海に落ちている可能性が高いとか」

「へぇー。昨晩に目撃情報が相次ぐ……」


 記事を読み進めようとしたが、小さな文字の羅列を前に五秒で視界がぼやけて諦めた。

 察した爽真はクリームパンみたいな手を引き、画面を自分の方へ戻す。


「全国的に目撃されたんだって。火球は一つじゃないみたいだね。隕石落下じゃなくてよかったよ」

「隕石ねぇ」


 のり塩味の太いフライドポテトを俺がひとつ食べると、合わせるように、爽真がコーラをストローで啜る。


「志良はこういうの、あまり興味ないよね」

「実感が湧かんだけだ」

「確かにね。地球滅亡とか、そういうテーマの映画はたくさんあるけど、フィクションで見てしまうからね」

「そんなハルマゲドン的なものにいちいち不安を持ったって仕方がないだろ。人生は短い、しかしやる事は山ほどだ。いつ落ちるかも分からん空の石のことを考えるより、建設的な人生を考えるべきさ」

「志良らしいね」


 呆れるでも邪険に扱うでもなく、爽真はそうやっていつも頷いてくれる。

 そういえばこいつの口から乱暴な言葉を聞いたことがないな、とふと思いながら、サンドイッチの最後を咀嚼する。完食、ごちそうさま。


「さて、この後どうするんだ?」

「そうだねぇ」


 何かを含んだ笑み。

 それに合わせて俺も不敵に微笑む。


「「カラオケ!」」

「だな」

「だね」


 一気にドリンクを飲み干し、俺たちは店を後にした。


   ***


 卒業式と終業式が同時に終わるこの時期、春休みに浮かれた学生たちで駅前のカラオケ店は賑わっていた。

 中学で見覚えのあるやつの顔も、来月からいく高校の制服を着た生徒も見かける。大学生は少し窮屈そうな表情を浮かべているように見える。ちなみに俺も同様の態度をとっている。

 ほとんど歳が変わらなそうな連中ばかりが溢れかえっているが、そんな中、大人ひとりで来店しているとある男の姿が非常に目立っていた。

 黒いスーツに身を包んだ成人男性。肩には大きな黒いケースを抱えている。ギターを持ち込んで練習するつもりなのかもしれないが、全身黒づくめだからか怪しさは拭えない。黒いスーツが喪服にしか見えないから担いでいるものが棺で、中には誰かの遺体でも入っているのではないかと嫌な想像が膨らんでしまう。

 周りの客からも怪訝な目を向けられているが、男は気にも留めない様子でエレベーターの中へ入っていった。


「志良、やっと次だよ」

「あ、おう」


 爽真の声に呼ばれて、混雑するカウンターで受付を済ませた。


「先にトイレ行ってくる。何号室だ?」

「八〇三だよ」

「おっけい。ついでに俺の分のドリンク頼む、オレンジジュースで」

「りょーかい」


 爽真に注文を投げつけながら、尿意に鞭を打たれて男子トイレへ足を急がせる。ふう、何とか間に合ったぜ。

 用を済ませて個室へ向かう。えーっと、たしか八〇三号室と言っていたな。あの角を曲がれば目的の部屋があるはずだ。

 ドアの番号を確かめながら足を進め、言われた通りの部屋へたどり着く。


「すまん、待たせ--」


 ドアを開けて爽真の方へ顔を向ける。

 いや、正しくは「爽真が座っているはずの場所」へ顔を向けたのだ。

 だがが視界に映り込んだ瞬間、俺は思わず言葉を飲み込んでその場に凍りついた。


「……え、誰?」


 そう最初に発言したのは、ずいぶん傷んだソファに腰掛けた髪の長い男だった。ピアスにブレスレット、ネックレス。ルーズな格好のいかにもな、RPGゲームだったら村人Bくらいの何の捻りも無いチャラそうな男だ。

 見た目はさておき、至極真っ当な反応をされているのは間違いないことである。どうやら俺は、部屋を間違えてしまったらしい。

 チャラい男の隣には美少女が一人、そのまた隣に大柄な男がもう一人。女子を間に挟むようにして、二人の男が横一列に座っている。

 何だか釣り合いの取れていない組み合わせにも見える。レッドがいない三人組戦隊モノのような、苺のショートケーキが売っていないケーキ屋のようなアンバランスな感じだ。

 不穏な空気が立ち込めている気もするが、赤の他人の男女関係に口を出すほど愚行なことは無いだろう。

 俺は瞬間的に愛想笑いを浮かべた。一オクターブほど高くしたか細い声を、恥ずかしさと気まずさに狭まった喉から絞り出した。


「あ、すいませ」

「ちょっと、遅かったじゃない!」


 ドアをクローズしかけた手が、唐突なその声によって止められる。


「え?」

 

 聞こえるか聞こえないかの声量で聞き返す。

 声を発したのは、真ん中に座る美少女のようだ。腕と足を組み、鋭く尖らせた大きな瞳をこっちに向けてきていた。

 春らしい菜の花色のカーディガンを羽織り、クリーム色のミニスカートからは細い足が露出している。


「遅かったわね、カスガくん。私待ちくたびれちゃったわよ」


 全くもってくたびれた様には見えない態度である。

 ていうか……カスガくんって俺のことなのか?

 思考が追いつかず、何も答えられないままフリーズ。この美少女は俺と誰かを間違えているのだろうか。

 が、そうこうしている内にまたもチャラ男が口を開いた。


「え、何? 彼氏?」


 チャラ男も困惑している様子だ。

 無理もない。俺とあなたたちには何の接点も無いのだから、戸惑って当然だ。

 しかし何やら様子がおかしい気もするが。


「そう、彼氏よ」


 美少女が言う。

 そんなバカな。俺とあんたはいま出会ったばかりの赤の他人だ。何の確信があってそんなことを堂々と発言できるのか。そして俺はカスガなんて名前じゃねえ。


「チッ。んだよ、彼氏持ちかよ。あぁ〜、シラけるわ」


 チャラ男はそう吐き捨てながら席を立つ。大柄な男も黙ってその後に続く。

 人より骨が十本ほど少ないのではと思うくらい脱力したダルそうな歩き方で、チャラ男がこちらに向かってくる。


「怒んないでねぇ彼氏さん、ただのナンパなんで」


 鼻につくニヤケ笑いでそう言って、チャラ男は俺の脇を通りすぎていく。大柄な男もこちらを一瞥して部屋を出ていく。

 俺がドアを大きく開けて見送る形となっていた。冷静に考えると嫌な気持ちが込み上げてくる。

 一瞬の出来事で何が起こったのか全てを把握はできていないが、要するに俺はナンパの現場に出くわしたようで、奴らは俺のことを彼氏だと勘違いし、美少女のことを諦めたらしい。

 カスガくん、と言うのは彼女が機転を利かせてついた嘘だったようだ。


「あの、大丈夫ですか?」


 ナンパの現場に遭遇するなんて人生初の経験だった。

 まだ困惑しているが、こんな個室で一人の女の子が二人の男から言い迫られていたら、けっこう怖いものなんじゃないかというくらいの予想は立てられた。見た目にも彼女の歳は俺とそんなに変わりなさそうだし。

 だから気遣いのつもりで声をかけた。

 すると彼女は、部屋の隅に向けていた不貞腐れたような視線をこちらに移して、

 

「あんた、まだいたの? 早く出て行きなさいよ」

「え……?」


 そんな言葉を返してきやがった。

 俺はさらに困惑した。偶然とは言え助けてやった恩人のはずだろうに、なぜそんなに冷たくあしらえる。

 俺の考えがおこがましいのか? いや、俺はそうは思わない。少なくとも邪険に扱われる謂れはないはずだろう。

 これは何か言い返した方がいいやつだと、喉から声を絞り出そうとした瞬間、


「何ボーッと突っ立ってるのよ。さっさと出て行って。それとも、あんたもナンパしにきたの? 私が可愛いからって気安く言い寄ってこないでよね。ブサイクのくせに甚だしいにも程があるわよ。自分の顔を鏡で見たことないの?」


 手が、プルプルと震えた。全身の血がサーッと引いて、吸う空気が冷たく感じた。ほんの数秒間だけ、体の全機能が停止したような感覚を覚えた。

 ジワジワと込み上がる、何か。

 怒りか、悲しみか、笑いたい衝動にも駆られる。眉がピクピクと痙攣している。今自分はどんな表情を浮かべているのだろうか。

 ただ分かることは、俺が既に戦意を喪失してしまっていることだ。

 静かにドアを閉める。選択した行動は立ち向かうことではなく、逃げることだった。

 八〇三号室と書かれたドアの前、通路の真ん中で、俺は静かに天井を仰ぐことしかできなかったのだった。



 それから三時間後、俺たちがカラオケの個室を出る頃には八〇三号室は既に空室となっていた。

 あの恩知らずがいつ帰ったかなんて知る由もないし知りたいわけでもない。というか思い出したくもないので、どうでもいいことだ。横目に確かめたのは、「通りかかったから」という理由でしかない。


「志良、今日はやけに歌い叫んでたね。喉は大丈夫かい?」

「ああ、喉くらい潰さんとカラオケ代の元は取れんだろうからな、んんっ」


 彼女のせいで今日は絶好調に歌ってやった。おかげで喉は見事に枯れている。あーくそ、まだ歌い足りねえなこんちくしょう!

 ちなみに八〇三号室での出来事は爽真には話していない。話題にするだけでも癇癪を起こしそうになるからだ。タンスの角に足の小指をぶつけたくらいの不意の痛い事故だったに過ぎないから、わざわざ伝えることもしない。

 何より早く忘れたかった。

 カラオケ店を出ると、駅ビルの上に広がる空の半分くらいが朱色に染まっていた。柔らかな西日に照らされた景色は、まるで水彩画のようだ。腕時計を確かめると、時刻は午後五時を回ろうとしている。

 景色を見上げながら少し冷えた空気を鼻から吸って、静かに吐いた。ほんの少しだけ気分が晴れた気がした。


「ん?」


 その時、朱色の空に紛れるような一筋の光が目に留まる。尾を引いた光の粒が西の方角へ流れていく。途端に爽真が声を上げた。


「火球だ!」


 彼の声に反応したのか、その前から既に気づいていたのか、歩いていたはずの通行人も足を止め、みんな一様に空を見上げていた。周囲一帯が妙な高揚感に包まれる。スマホを掲げる人もいる。


「昨日のニュースのやつじゃない?」


 誰かがそう言うと、俺も昼の爽真の話を思い出した。

 数カ所で目撃情報があったという火球。それが今日も含めて二日連続で見れているという状況は、さすがに異常さを覚えてしまう。地球滅亡がテーマの映画の記憶が脳内に思い出されると、不安の二文字が浮上した。

 火球はそんな俺の気持ちなど気にも留めない様子で真っすぐ流れていく。まるで西の太陽へ宣戦布告するかのような堂々たる存在感をまといながら。

 俺たちは火球が空の彼方へ消えるまでの数分間、ただその場に立ち尽くし続けていた。

 その日の夜、国内での隕石落下のニュースがスマホの情報アプリを通じて飛び込んできた。隣県の山間部に落下した直径一メートルの隕石が確認され、直径十メートル以上のクレーターを作ったらしい。幸いにも民家や人への被害は無かった。

 SNSは一時隕石の話題で盛り上がり、ここ最近で一番のトレンドに入った。爽真も興奮した様子で連絡してきたが、俺は始終冷静にそれらを対処した。隕石落下に興奮するよりも、最小限の被害に治ったことで安心感の方を強く覚えたからだ。

 まだ高校生にもなっていないのだから、人生に終止符を打ちたくない。

 それからは火球の目撃情報はぱったりと無くなった。隕石落下の情報もあの一件以来見ていない。日が経つにつれ火球や隕石の話題も薄れ、月が変われば脳内リセットされたかのように皆の口から隕石の単語が出ることも無くなっていった。


 

 四月、自然現象に脅かされることもなく高校の入学式はつつがなく執り行われた。

 入学説明会以来、久しぶりに入る体育館。新鮮な感覚が始終自分を取り囲む感じがしていたが、たまに爽真と目が合うことでこれもいつも通りの日常なのだと気を落ち着けることができた。

 教室へ入り、窓側の席から五十音順に指定された席へ座る。窓際最後尾。素晴らしい席であることに腰の下で拳を握る。

 ちなみに爽真もめでたく同じクラスになり、席は教室のど真ん中。哀れなり、イケメンデブ。さて、俺は優雅にクラスにはどんなメンツが揃っているのか観察させていただこうではないか。

 最後尾の特権を乱用するかの如く勢いで、教室の隅から隅を見渡していく。右から左へ視線を移し、俺が座る席の列へ。前席には女子生徒が座っている。

 首まで伸びた髪の毛と、紺色ブレザーの華奢な背中。椅子の背もたれに寄りかかり、微動だにせず前方へ顔を向けている様子だ。俺と同じように教室を見渡しているのだろうか。

 これからクラスメイトとしてやっていくのだから暇なら声でもかけるべきかと考えていると、ふと彼女が晴れ渡った窓外を眺める。

 窓に、彼女の顔半分が映り込む。

 少しつり目の大きな瞳。不機嫌そうに逆八の字に傾く眉。不満を溜め込んだようなへの字の口元。

 蘇る、カラオケでの記憶。

 めでたい入学式。ワクワクとドキドキの新しい高校生活。澄み渡っていた心の中に、黒いインクが一滴落とされ、汚されていく。地球滅亡を引き起こす隕石落下のワンシーンのように。

 あの暴言美少女が、俺の目の前の席に座っていた。

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