第二章 暗殺者

第8話 希望の炎とネクロ少女

 __魔者まもの達の埋葬まいそうが終わるころには、昼下がりを過ぎていた。


 カインと共に、粗末そまつな墓の前で一段落を付けたエールは「ふうっ」と満足気な溜息ためいきき、ぱん、ぱんと手を払う。それを横目に見ていたカインは、エールを気遣きづかうように、それでいてぶっきらぼうに様子をうかがう。


「平気だったか?」


 エールはカインを見上げた。そして一拍いっぱく置いて、いつものあの笑顔を返す。


「それはこっちの台詞セリフです。カインさんを差し置いて、へこたれてなんかいられませんよ」


 それを聞いたカインは、小さく顔をほころばせた。


 カインは墓石に見立てた大きな岩に向かって手を合わせ、頭を下げる。

 エールもそれにならい、ひざまずいて両手を組み、目を閉じることで死者への祈りを捧げた__


「……さて、そろそろ戻るか」

「そうですね」


 二人はどちらからともなく、魔王城へときびすを返す。


「……ねぇ、カインさん。次の勇者はどうして現れないのでしょうか?いつおそって来てもおかしくないはずなのに」

おそらく、そこまで急ぐ必要が無いからだろう。俺達はすで大幅おおはばな足止めをっている。それに……」


 カインは、少し不愉快ふゆかいそうに顔をゆがませて話を続ける。


「……『見られている』。これだけでも充分な精神攻撃になり得る。例え次の勇者が現れなかったとしても、俺達はこの先、一切の気をけないんだからな」


 エールは「なるほど」とつぶやいて、一筋の冷や汗を流した。


 カインは物憂ものうげに、魔王城の正面とびらを開ける。

 エールもそれに続こうとした。


 __その時、目の前を青緑がかった炎が横切る。


「へ?」


 エールが何事かときょろきょろ見回すと、その炎はすぐに見つけられた。__ただし一つどころではない。だだ広い正面玄関、その吹きけまでをもき詰めんばかりの、大量の火球が縦横無尽じゅうおうむじんに飛びっていた。


「ぴゃあああぁぁっ!!」


 エールは頓狂とんきょうさけんでカインの後ろに抱きつき、目元をうるうるさせてぷるぷるとふるえた。

 カインは若干じゃっかん手慣れ気味にポンコツ女神をなだめる。


「おい、落ち着け。何も問題はない」

「問題ありありじゃないですかぁ!きっと次の勇者が私たちを殺しに来たんです!私のかんもそう言ってます!」

「だったら今回のかんは外れだ。見てみろ」

「……え?」


 エールがカインの背中しにのぞくと、正面玄関の奥側、取り分け火球の密集した箇所かしょに、一人の少女らしき人物がしゃがみ込んでいる様子が見えた。ここからだと後ろ姿しか見えないが、ぼさぼさにばしきった銀髪と大きな猫耳ねこみみだけははっきりと映る。


 カインはビビり散らかしているエールを抱き付かせたまま引きずり、その少女に声をけた。


「ステラ!」


 そう呼ばれた少女はぴょこんと猫耳ねこみみを立ててり返り、それがカインだと分かると「おろ」と間の延びた声をらして立ち上がった。__そこで少女の全身像があらわになる。


 その無数の枝毛をねさせた銀色の頭髪は、ワンサイドアップにまとめられており、見るからに手入れはされてなさそうだ。


 あわく光る薄紅色うすべにいろひとみは半分ほど開かれ、『へ』の字の小さな口とあいまって少し気怠けだるげな雰囲気ふんいきを感じさせる。


 服は、かろうじて股下またしたまでたけの届く、ボロボロの上着を一枚着崩きくずしているだけであり、華奢きゃしゃな体つきとは言え中々きわどい。

ただしそでだけはやたらと長く、末広がりにびる先端せんたんは持ち上げなければ地面にこすれてしまうほどだった。身長はエールよりもさらに頭一つ低く、百四十を下回っているかもしれない。


 全体としてその風貌ふうぼうからは明らかな幼さが見られ、顔立ちこそ非常に整ってはいるがその印象は『美人』というより『かわいい』と形容した方がしっくり来る。


 そんなステラは眠そうな目でぽてぽてとけ寄って、カインを高く見上げた。


「おかえりあるじー」

「生きていたのか。お前さんの死体が無かったからよもやとは思ったが……」

「生きてないよ、死んでるよ。棺桶かんおけの中で眠ってた」

「……ああ、そう言えばそうだったな」


 ステラは非凡ひぼんな才覚を持つ死霊術師ネクロマンサーだった。普段ふだんの彼女はたましいだけで存在しており、必要に応じて自分の身体とたましいを、死霊術しりょうじゅつにより強引ごういんつなぎ止めて活動している。……つまり、彼女は最初から死んでいた。


「お前さんは『死んでいる時間』の方が長いから、しくも勇者の目をのがれていたんだな」

「いつも死んでるよ」

「ん?ああ、まあそうだな」


 カインは生き残っていた唯一の配下をいとおしく思い、何とは無しにステラの頭をわしゃわしゃした。ステラは何も言わないが、でられた猫のように、ただ目を閉じて頭を差し出していた。


 エールはいまだにカインの後ろから顔をのぞかせて、二人を不思議ふしぎそうに見比べている。


「お知り合いなんですか?」

「ああ。こいつはステラ、死霊術師ネクロマンサーだ。こう見えて四天王の一角でもある」

「おねーさんこんにちはー」

「あ、こ、こんにちは……」


 目の前の少女が害のない者だと知ると、エールはようやくカインの背中から離れた。そのままステラに近付いたエールは、目線を同じ高さに落とす。


「ねぇステラちゃん、この綺麗な炎はステラちゃんがやってるの?」


 ステラは「んー……」と、どっち付かずな返事をして、辿々たどたどしくも簡潔に説明した。


「起きたら魔王城のみんながふわふわしててね、迷子になってたからここに連れてきたんだー」


 ……あれ?今、何気にとんでもないこと言ってなかった?


「じゃあ今浮かんでるこの火の玉って……」

「うん、魔王城のみんなだよ」


 エールは思わずカインと目を合わせる。カインは一足早く察しているようだった。


 __魔王城の犠牲者ぎせいしゃ達は、まだ『存在』している。これは僥倖ぎょうこうと言って良い事実だった。

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