第7話 独白と前進

 カインは魔王城内の比較的綺麗ひかくてききれいな、返り血の少ない寝室しんしつをエールに貸し与えた。外はすでに暗く、室内はいくつかの小ぶりな魔導照明であわく照らされていた。


「……本当に、生存者はいないんですね」


 ベッドにこしを下ろしていたエールが、部屋から立ち去ろうとするカインを引き留める。


 __魔王城の中は無惨むざんそのものだった。今は動かない魔者まもの達からは抵抗ていこうあとが見られ、死力をくして勇者キョウマを止めようとしていたことが分かる。いくらかは逃亡とうぼうこころみた者もいたらしいが、今となっては彼ら、彼女らを追及ついきゅうすることすらできない。誰一人として勇者の『魔の手』からのがれることはかなわなかった。


「ああ、そうらしい。手塩にかけて育て上げた配下だったんだがな……」


 魔王カインは、もう戻らないかつての同胞達を想った。

 エールはくやしそうにくちびるめる。


「あんな……あんなやり方って、無いですよね……。パステリトゥムの魔王軍は、思想的にはほとんどが人間と同じでした。殺す必要なんて無かったのに……」


 ……俺達のことをそんな風に思っていたのか。どうりで三百年もスローライフが続けられた訳だ。


 矛盾する想いがカインの中を交錯こうさくし、彼はそれを口にも出しはしなかった。しかし、魔王カインが女神エールにほのかな感謝を抱いているのは、まぎれもない事実だった。

 カインは再びベッドまで歩み、エールとは反対側の部分にこしを下ろす。


「エール。お前さんさえ良ければ、話して欲しい。……どうして勇者共は裏切ってしまったんだ?」

「カインさん……でも……」

「……話してみろ」


 __しばらくして女神エールは、か細い声で独白を始めた。


「……私達は今まで、数多くの異世界勇者を召喚しょうかんしてきました。そしてその全員が、一貫して私達に協力的だったんです。……そりゃあ、中には反抗的はんこうてきな人もいましたけど……それでも思い想いのやり方で、異世界勇者は私達の力になってくれていたんです。……けれど……」


 エールは深い瑠璃色のひとみをゆっくりと閉ざす。


「あの千里眼の能力者__『勇者レイジ』だけは、そうではありませんでした。彼は自分のスキルを駆使して他の勇者と接触し、徐々に自分の賛同者を増やしていったんです」


 ……予感はしていたが、やはりそいつが主犯らしい。勇者レイジ。なるほど、勇者レイジか。


「……こんな事、言い訳にすらならないとは思いますけど……私、あの人に千里眼のスキルをさずけるのを反対していたんです。もちろん、あの人も他の勇者にたがわず、当初は怖いほど私達に協力的でした。……でも、見ていると何故だか胸がざわざわして……とても『いやな予感』がしたんです」


 魔王はそこでふと湧き上がった疑問を、口をいて女神に問いかける。


「お前さんは、それを防げなかったのか?」


 当然とも言える疑問だった。


「……異世界勇者に、要求通りの能力を与えるかどうかは、私の決めることではありませんでした。面談役の私がどれだけ反対を主張しても、最終的に成否せいひを判定するのは能力管理部門です」


 ああ、なるほど。こういう話は現実の人間社会にも通じるものがある。……異世界の神というのも、難儀なんぎなものだな。


「ねえ、カインさん。もしも……もしも私がもっと強く反対していたら……この結果は変わっていたのでしょうか……」


 エールは力無く拳をにぎめた。やはり彼女なりに責任は感じているらしい。


「……無意味だな。そんな事を考えるひまがあるなら、この先どう報復するのか陰険いんけんに考えた方がよぉっぽど建設的だ」

「あ、あはは、辛辣しんらつぅ……」


 皮肉めいたカインの口調に、エールは苦々しく笑った。


「これでも穏便おんびんな方だ。そうは思わないか?……それに、女神エールに方便は必要無いだろう。お前さんは『真実をつかざどる女神』なんだからな」


 それを聞いて、エールは少し顔をもたげた。そこで一度、会話は途切れたが__不意に、先程までより一段と優しい声音で彼女が口を開く。


「ありがとう、カインさん」

「……?何に対してだ」

「それは……話を聞いてくれたことにです」

「話をさせたのは俺だぞ?……良く分からんが、気が済んだのなら今の内に休んでおけ。明日は早いからな」

「はいっ」


 カインは部屋を後にした。


 __次の日。

 朝の日差しと荒々あらあらしいノック、そしてクソやかましいさけび声の三重攻撃で、カインの睡眠すいみんいちじるしく阻害そがいされる。


「カインさーんっ!おーきて下さーいっ!あーさでーすよーっ!」

「……おい、うるさいぞ。もう起きてるから静かにしろ」


 すると、壊れんばかりの勢いでとびらが開かれ、何だか物凄ものすごく良い笑顔をしたエールが中に入って来た。


「やっぱり起きてない!うそばっかりなんですからもー!」

「おぉい、勝手に入るなよ……」

「カインさん、早く起きましょ!今日はきっと良い事ありますよ!」

「適当なことを……」

「ふふっ、適当なんかじゃありません!」


 エールが胸を張り、断言する。


「__かんですっ!!」


 そして彼女はほほを赤らめ、困ったような、はにかんだ笑顔をカインに向けた。

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