第4話 キスしてくれますか?

 私達は喧騒から少し離れた木の下に移動した。

 街の風景がいつもと全く違って見える。

 私は、智さんに会いたいばかりに、夢を見ているんだろうか。


「会えて嬉しいです」

「ああ、本当に奇跡だね」


 サワサワと巨木の梢が揺れる音がする。

「大きな木ですね」

「ここの欅は源義家が欅の苗木を寄進したことに始まる、古い木だね」

 2人で月明かりに浮かぶ木を見上げた。


「どうして、会えないなんて言ったんですか?」

「会えないと思ったから。嘘はつきたくなかった。…… ねぇ今、僕たちは何時いつにいると思う?」

「えっ?」

「おかしいと思ったでしょう。先程の祭り会場、みんな着物で、髷をゆった男達が沢山いたのに気づかなかったかい? ここは貴女や僕のいた時代じゃない」

「そんな……」


「貴女は、西暦何年生まれ?」

「2000年です」

「…… やっぱりね。その位だと思った。僕は1928年生まれだ」

 え、智さん。幽霊だったの⁉︎

「足はあるよ。ただ、本来生きている時代が違う。だから会えないと思った」


 私がパソコンから送ったメッセージは、智さんへは何故か封書や葉書で届き、彼が手書きで送ったものは、私にデータとしてやってきた。


「最初は悪戯かと思ったんだ。でも、貴女と言葉を交わすのが楽しくなって。好ましく思うようになって。真剣に考えるうちに違和感を感じて、異なる時を生きていると気付いた。これは、神様の悪戯かな」


「そうだとしても、私は智さんに出会えて良かった。沢山の励ましをありがとう。そして、初恋をありがとう」


 月が少し雲に隠れた。

 智さんと繋いでいた手に少し力を入れた。

「離れる前にお願いがあります。あの……キスしてくれますか?」

 こんな大胆な発言、普段なら絶対にしない。

 でも、きっともう逢えないから。

 今夜は、祭りの夜がおこす、小さな奇跡のひとつ。

「初めてのキス…… さっきの訳のわからない男にされたから、あれが最初で最後のキスになったら嫌だし」

 

 瞳を閉じると、唇に温もりと熱を感じた。


「僕で最後にしたいけれど。それは叶わない方がいい。貴女は素敵だ。この先きっといい出会いがあるよ。さよなら。元気で」

「智さんも、元気で、絶対生きて」

 



 空気が揺れ出す。熱くなる。

 ゆらゆら、ゆらゆら。



 大太鼓の音、提灯の灯、出店の賑わい。

 「心春〜! ぼーっとしてると迷子になるよ」

 薫が袖を引いた。

「向こうの屋台のはしまき、凄く美味しそう〜」

「ちょっと、明! 勝手に行かないで〜」

 匂いにつられてふらふら吸い寄せられていく明を追いかけて、私達は歩き出した。

 

 

 


 

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