第6話 かわいいお店
「先生、ここが件のお店ですか。ずいぶんと静かな所にあるのですね」
確かにその通りだった。我々が立っている店は住宅街のど真ん中にあった。
そして店自体は洋風の少し小洒落た中庭がある建物だった。ベージュの外壁に木製の扉。えんじ色の屋根。ほとんどカフェのように見える。
「まあ、トレースがされやすい世の中だ。カムフラージュというのもわからないではないが、こうしてウェブを探せばすぐ見つかるのだから気休め程度ということだな」
「こんな住宅街街で疑似恋愛施設の需要があるのでしょうか」
やはり、この娘は妙な名称を改めない。改める必要もないが。
「自動運転技術が発達しているおかげで、場所がわかれば乗り換えなしで目的地に着くからな。ウェブでキャバクラを物色して、お気に入りを見つけてそれをモバイルに入力すれば、街中を勝手に走っているシェアカーに乗るだけだ。現地の雰囲気も店の外装もあまり関係ないのかもしれないな」
「それにしても、この疑似恋愛施設の外装が思いのほか愛らしい理由はわかりましたが、例の教師さんはもうここにいるのですか」
「いや、今日は下見だ」
「下見ですか」
「ああ、生体情報取得は面倒だからな。依頼主が“あれ”だからといって、店の監視カメラや記録に残っては、かなりもみ消しが面倒になる」
だから周到な用意が必要になる。進入経路、実行場所、逃走経路、その間の認証機器、監視カメラ。そのどれも先に仔細に記録を取っておく必要がある。
たとえ多少手段が荒くても私の依頼された仕事は法に問われない。しかし、馬鹿げたミスをするわけにはいかない。ミスをすれば、それだけ依頼主に付け入るスキを与えてしまう。
「ともあれ、この場所は君にとっても興味深いのではないか。キャバ嬢になりたかったことがあるんだろう」
「そうですね。実際に見たのは実は初めてです」
思慮深そうな顔をした後、少女が思いついた、と言わんばかりの顔になった。
「いっそ疑似恋愛施設としてのお店を持たないこともアリですね。そうすれば、公園や神社でまるでデートのようになります。どうですか」
商売のことを考えていたのか。どうですかと言われても非常に困る。
私は苦虫を嚙み潰したような顔をしたのだろう。その反応を楽しむように少女は私の顔を覗き込む。
しばらくそうしたあと、少女は神妙な顔になり、こう付け加えた
「ねつ造には違いありませんが」
異議を唱えるつもりはなかったのだが、つい口をひらいてしまう。
「偽物として作られたって、価値がつくことだってある。偽物それ自体に価値がついたらそれは本物と言えるのではないか」
少女は口をつぐむ。
少し信条に反したことをしてしまった。我々の時代は終わったのだ。終わった時代の価値感ほど役に立たないどころか有害なものはない。
「悪かった」
いえ、といって少女は下を向く。うつむいた顔は美しいが、うつむかせた私は醜い表情をしているかもしれない。すこし気まずい雰囲気になったが、このまま仕事を放っておくわけにはいかない。
できるだけ気にしない風を装い、声をかける。
「さて、この店周辺、そうだな、周囲100mくらいを見て回ろう。ウェブで出てる周辺の地図と画像データに、実際歩いてみた情報を追加しよう。具体的にはウェブと異なる箇所。あと逃走の障害になりそうな箇所の情報だな」
「その後はどうするのですか。そのまま事務所へ戻って計画を立てましょうか」
「…キャバクラに入店する」
少女はえっ、という顔をした。
私をからかうときも、楽しそうではあるが、年齢の割に落ち着き払った言動なので、忘れてしまいそうになる。彼女はまだ13歳の子供である。珍しく年相応なあどけない表情だ。
「だから、この店に入店し、セキュリティーを確かめる」
少女はぼうっとした自分に気が付いたようだ。一転して私に白けた目を向けた。
「…先生、見知らぬ女性とお酒を飲むのは好まないのではないのですか」
「仕事だ」
本当に仕事である。
店内で事を起こすのであれば、中の情報は必須になる。それこそ、ウェブには店内の詳細な見取り図は載っていない。
「仕方ありませんね、では行きましょう」
そう言って少女は店内に入ろうとする。
すぐに私は少女の腕をつかむ。
「だめだ」
「いやです」
「きみは周囲の調査だ」
「いやです」
「業務命令だ」
「拒否します。そもそも私は雇用されているわけではありません」
その通りなので、すこしたじろき、そのうち新しい従業員を雇用しなければいけないな、と思ったが、そんな場合ではなかったので、別の理由を述べる。
「この店、絶対未成年は入れないぞ」
「成人ということにすればよいだけではないですか」
「無理だ。どうみても小学生にしか見えない」
「中学生です。意地でも入りますよ」
小学生でも中学生でも、どのみち無理だ。
「だから、だめだ。周囲の調査をしたまえ」
そう私が言うと、普段の態度はどこへやら、ものすごく駄々をこねだした。
「いー、やー、でー、すー」
まったく困った。私はキャバクラにどうしても、客としていきたいわけではない。仕事上必要なだけだ。可能であれば、少女に代わりに店に入ってもらって、私が周囲の調査をしてもよいのだが、何をどう考えても彼女が代わりに入れるとは思えない。
「譲歩しよう」
それを聞いて少女は目を輝かせた。
「よいのですか。やったぁ。前から大人のお姉さまに人生や女の生きざまについて教えて欲しかったのです」
「周囲の調査は一緒にやろう。キャバクラは私だけで入る。君は帰りたまえ」
少女は思いっきり恨めしそうな眼をして、私をにらんだ。
やはり新しく従業員を雇ったほうがよいかもしれない。
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