第4話 この機密を知っている民間人は多くない
少女は私に、事務所に届いた封筒を差し出した。
これを渡すためにピッキングを行なったことを思うと、ものすごい行動力だと感心せざるを得ない。
私は机に置きっぱなしにしていたペーパーナイフで開封しながら、コーヒーを飲む。
少女もコーヒーに口をつけつつ、言った。
「その封筒、先生が今されている仕事に関わるものなのですか」
「まあな」
私は封筒を開けて中身を見つつ言った。おそらくは眉をしかめていたとおもう。
「どのような内容なのですか」
私は隠そうかと迷ったが、今まで身内に事実を秘匿してよかったことなど一度たりともなかったので、そのままの内容を言う。
「依頼主から。”インフラ”の使用許可が下りた」
できることなら、私は”インフラ”など使用したくない。しかし使用しなければ依頼を達成できないし、依頼を達成できなければ、自分を守ることはできなくなる。
少女は私の考えていることが分かったのだろうか、こう言った。
「先生、使いたくないものは使わなくてもよいのでは」
「前も議論したな」
その時の話し合いでは、結局互いの意見は変わらなかった。正直に言えば、私が正しいとは思わない。少女が正しい。私は”インフラ”を使わざるを得ないと主張し、少女は使わない方法があるはずだと主張した。
確かに少女の意見は正しい。問題は現実的な方法が二人とも全く思いつかないことだった。
依頼の達成には”インフラ”が不可欠で、自分を守るには依頼を達成しなければならない。
しかし話し合いの結果、意見は変わらずとも、妥協点を見つけることはできた。私は”インフラ”を使用するが、少女は”インフラ”を使う作業に関与しない。これが今見つけ得る限りの落としどころであった。
私はパソコンに向かい、キーを叩き、”インフラ”を起動させる。
「すまないが、しばらくこの作業に掛かりきりになる」
少女は少し暗い表情になった。
「わかりました。今日は…お部屋で勉強をいたします。どのくらい時間がかかりそうですか」
「明日まで」
そう言った後に少女の顔を見て、つけ加える。
「ただ、そんなに切羽詰まっているわけではない。夕食は一緒に食べよう」
少女は私を見て、うれしそうな表情になった。
「そうしましょう。では私は勉強の予定を取り消して、お夕飯の食材を買いにいってきます」
勉強の予定を取り消して大丈夫なのか、と私は思った。だが少女は13歳の中学生でありながら、すでに高校のカリキュラムをほとんど消化している。まあ、問題ないだろう。夕食のときにでもそのことについて話すか。
「まあ、気をつけてな。何かあったら、私の仕事は気にしなくていいからすぐに連絡しなさい」
「あら、先生。私そこまで子供じゃありませんわ」
確かに勉強という意味以外でも、この少女の知能は高い。だが、まあ、それでも心配になるというものだ。
「いってきます」
元気のよい声が聞こえた後で、私は考えた。
心配にもなる、か。
確かに”インフラ”がかかわる仕事は彼女はタッチしていないが、それ以外の仕事には巻き込んでいる。買い物に行く程度のことに心配をするのであれば、まずそちらを改善するべきだろう。
いや。
彼女には生きる術を授ける必要がある。
私が彼女に払わせているリスクは、必ず彼女を守るはずだ。
私は仕事に取り掛かる。
起動した”インフラ”。
そこにはある特定の個人の通信履歴、監視カメラの画像、身体的特徴、遺伝学的特徴が載っている。
そして、今、画面に映っているのは、それらを基にした行動予測のタイムテーブル。
これは、この国の最大の機密事項。
そして、この機密を知っている民間人は多くない。
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