第2話 豆を挽く
お湯がぐつぐつ沸く音。がりがり何かをすりつぶすような音。パタパタとスリッパを鳴らして、コーヒーの芳香。
私は自分の寝床からまるで離れる気にならず、薄目を開けて音と匂いのもとを探る。見つからない。しかしとうに見当はついている。ただその事実を認めると、付随していくつかの事実が、都合の悪い事実が確定してしまう。だから私はこのまま自分のベッドから断固離れないことを誓った。なんなら役所に誓約書を提出してもいい、ベッドに入ったまま手続きができるのなら。
そんな益もないことを考えていたら、都合の悪い事実が部屋に飛び込んできた。つまりは体躯の小さい、ポニーテールに髪を結った、一見するとかわいらしい子が私の部屋に入ってきた。
「先生。起きてください。寝すぎですよ」
「事務所のカギ、閉めたはずだが」
そうは言っても私はこの子が簡単な錠であれば針金二本で開けられることを知っている。
「先生。事務所散らかっていました。片しておきましたから」
「…」
「それにしても先生はいつも寝坊助さんですね。困りものです」
「睡眠は高度な機能を保持している細胞群を持つ生体に必ず必要だ」
「あまり難しいことを言ってこの若輩者を困らせないでくださいな。私は先生をお慕い申し上げているだけですよ」
ため息。この子はきっと私がいくらプライバシーを主張したところで意に介さないだろう。
「先生。私の顔に何かついていますか。あまり妙齢の女性の顔をじろじろ見るのは関心いたしませんわ。私は先生が下衆の類でないことを存じていますが、心無い人があらぬ勘違いをしないとは限りませんもの」
再びため息。
「まず、君は妙齢というには幼すぎる。次にここには君と私しかいないから心無い人があらぬ勘違いをする心配はない。最後に、君は生物学的には男の子だ。余計な心配はいらない」
彼は、あるいは彼女と呼んだ方が本人の意に沿うのだろうか、彼女は特に私の言葉に気を悪くするふうでもなく、「世の中には愛らしい男の子を好む殿方もおりますもの」といった。
「その主張に別に異論はないが、私は違う。君は魅力的かもしれないが、暖簾に腕押しとは感心しないな」
「ふふふ。先生の嗜好が変わりましたらお教えくださいな」
全く。私をからかっているのだろう。
さて、こうやってこの少女が私の事務所兼自宅に来たということは、私にはやるべきことがあるということだ。とはいえ何事も急いではうまくいかない。
「とりあえずコーヒーを飲もうか」
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