第7話

 小学三年生までだったと思う。


 その頃まで僕はほとんど毎日、清子ちゃんと遊んでいた。

 幼稚園ではもちろん、小学生になっても放課後は清子ちゃんのうちに行ったり、清子ちゃんがうちに来たりの毎日だった。これには僕の家の家庭環境も理由になっている。お母さんは夜遅くまで働いていることが多くてよく清子ちゃんの家に預けられていたからだ。幼稚園の迎えのほとんどは清子ちゃんのお母さんだった気がする。

 うちのお母さんと清子ちゃんのお母さんはずっと前から仲良しだったそうだから、今のマンションに引っ越してきたときから僕の面倒を見るのをお願いしていたのかもしれない。


 去年、四年生になったばかりのことだった。

 何がきっかけだったかは正直覚えていない。もしかしたらきっかけなんてなくて、ただ急に僕は清子ちゃんと、いや女の子と遊ぶことに抵抗を覚えたのだった。

 一緒にいて楽しいし、遊んでいるときは気にならないのに、学校にいるとそう思うときがたまにあった。そのたまにが、頻繁になって、恥ずかしくなることが当たり前になっていった。

 僕たちは放課後に遊ぶことがなくなった。一緒に帰ることもなくなって、清子ちゃんは高木さんと帰るようになった。同時に僕は、一人で帰る毎日になった。

 

 きっと、清子ちゃんの方に気持ちの変化はなかったと思う。

 清子ちゃんは僕の気持ちに気付いてちょっとだけ距離を置いてくれたんだ。このとき、毎朝いっしょに登校する習慣がなくなってもおかしかったのに、それだけはいまでも続いていた。もう来なくていいと言っても清子ちゃんは毎日来てくれた。

 

 どうしてだろうなと一人で勝手にとぼけてみたけれど、理由はわかっていた。

 

 清子ちゃんは、僕をひとりぼっちにしないために毎朝来てくれていたんだ。

 

 マンションに着いたときには、強くなった雨に打たれて服がびしょびしょだった。鍵を開けて部屋へと駆け込む。

 玄関は薄暗くて家の中はカラッポだった。夜まで一人でいることは一年以上経って当たり前になっていたはずなのに、胸が苦しい。今日ほど、一人が嫌だと思ったことはなかった。

 

 僕が清子ちゃんに、隠し事なんてできるわけがなかったんだ。

 きっと清子ちゃんは全部わかっている。


 遠足は自然公園に着いたら自由行動で何をしてもいいことになっていた。休み時間、みんなが友達と何をするかと盛り上がっているとき、賢太くんと眼が合って誘ってくれたんだ。それはきっと、ただの彼の気まぐれだったのだと思う。

 

 僕は冷たい玄関のドアに寄りかかってため息をついた。

 初めて誘われた。清子ちゃんと離れてから初めて男の子の友達が出来るかもって思った。きっとこれは最初で最後のチャンスだ。

 それでも、いつまでも迷いがつきまとう。


「……清子ちゃん、怒ってるかな」


 清子ちゃんの言うことは正しい。そしてそれは僕を心配してくれての言葉だった。

 

 それでも、僕は。

 

 選択肢なんてない。

 何度もそう言い聞かせているのに、僕はまだ自分の決意したことに胸を張れずにいた。

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