第6話
僕は急に怖くなって、清子ちゃんから不自然に眼を逸らす。清子ちゃんは自分を見ていない僕に対してもわかるように深くため息をついてみせた。
「やめときなよ」
その声に心臓が止まった気がした。
けれどそれは落ち着いた声で、いつも聞き方によっては怖くもとれる清子ちゃんの声が、少しだけ柔らかかった気がした。
「高橋と羽田と、何かする気でしょ。大方、明日は学校サボって自然公園に行くつもりなんじゃない?」
「違うよ!」
ほとんど食い気味に否定してしまった。主人公に追い詰められた犯人みたいだ。テレビで見てていつも、どうしてそんなわかりやすく否定するんだと笑っていたのに、自分が馬鹿みたいだった。
「明日は天気が荒れるから普通に危ない。川でキャンプの真似事でもするならなおさら。あそこは雨が強いと流れが速くなる」
淡々と続ける清子ちゃんに僕は思わず眼を向けてしまった。
なんでそこまで知ってるんだと、無言でも伝わったのだと思う。清子ちゃんは呆れたように言った。
「前に高橋がよく父親とキャンプ行くって自慢してるの聞こえてたから、なんとなくだよ。あの公園でキャンプする動画たまにみかけるしね」
動画とか見るんだ、清子ちゃん。僕と同じでスマホ持ってないのに。
なんてことを考えつつ、清子ちゃんに知られてしまったことに焦りを覚える。大変なことになってしまった。
「……先生に、いうの?」
「純平がどうしても行くっていうなら、それもアリかもね」
傘の柄を握る力が強くなった。
「昔から外で遊ぶより家で遊ぶ方が好きだったでしょ。私とトランプしたり、オセロしたり。キャンプなんて本当にしたいって思ってるの?」
「思ってるよ」
「学校サボってまで? 私には、純平が無理して人に合わせてるように見えるよ」
「……清子ちゃんにはわからない」
「そうかな」
「そうだよ」
「私は純平のこと、一番わかってる自信があるよ」
その通りだ。清子ちゃんは僕のことをなんでも知っている。
本当は行きたくなかった。晴れでも雨でも関係無い。元々遠足っていう行事は億劫だった。僕は運動が苦手で、清子ちゃんのいう通り家で遊ぶ方が好きだったんだ。
でも同じくらい、そんな自分が嫌でもあった。
僕は男なのに、友達と言えるのは女の子の清子ちゃんしかいなかったから。
「私は純平の気持ちを大事にしたいって思ってるけど、明日はやめておきな。本当に危ないから。それに子どもだけでそんな朝に行ってもどこかで」
「行くっ、絶対行くから!」
清子ちゃんの話を最後まで聞かず、僕は傘を放り出して走り出した。
清子ちゃんの脇を抜けて全力疾走する。清子ちゃんは見た目も中身も文化系女子なのに運動神経は男の子並みにあるから、僕なんか簡単に追いつけたはずだけど背中に気配は感じなかった。それでも、僕は身体に鞭を打ってひたすら走り続けた。
小雨だった雨は次第に強くなっていって、顔に当たる雨粒が痛かった。
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