第4話
朝の教室は、遠足の話で持ちきりだった。
ただそれぞれの話しに耳を澄ませてみると、遠足が無くなることよりも遠足が中止になることで、明日が平常授業になることの不平不満がほとんどだった。元は平日なわけだから一日自習になるわけないし、休みにだってなるわけがない。
五年生にもなれば、ほとんどの人は遠足なんてたいした行事じゃないのかもしれない。スマホを買ってもらっている子はたくさんいて、電車を使って友達同士で遊園地に行くのが当たり前だった。常盤自然公園なんてバスで十分くらい乗れば着く場所だから特別でもなんでもない場所なんだ。
別に僕も行く場所や遠足そのものに思い入れがあるわけじゃなかった。ただ友達と遠くに出かけるきっかけになるならなんでもよかったんだ。
「今日も嫁と登校だったな、藤矢」
自分の席で悶々としていた僕に話しかけてくれたのは賢太くんだった。その隣りに
は亮人くんもいた。嫁じゃないよ、と言いながら眼の端で清子ちゃんを意識した。友達の高木さんと話している。
「お前ら結婚するんだろ? 結婚式は呼べよな」
「しないよ。幼なじみなだけだから」
否定しながら、呼べば来てくれるんだと嬉しい気持ちになった。笑顔になりそうになったのをなんとか堪える。賢太くんはまだ僕をからかいたかったみたいだけど、亮人くんがそれを止めた。
「そんなことより、佐久間にはバレてないだろうな」
佐久間とは清子ちゃんのことだ。ずっと名前で呼んでるからたまに彼女の名字を忘れるときがある。
「バレてない」
はず、とは語尾にはつけなかった。
「ああいう真面目な奴はすぐ先生にチクるからな。仲間に入れてやったんだ、足引っ張るなよな」
「うん……わかってる」
亮人くんはいつも不機嫌そうに話す人で、どこか大人な雰囲気を持っていたけれど少し怖いイメージがあった。
「まあまあ。大丈夫だろ、バレやしないって」
そういう賢太くんは冗談を言ってクラスを笑わせるムードメーカーみたいな人だ。亮人くんとは正反対だけど、昔から仲が良いらしい。幼なじみなのか気になったけど聞いたことはない。幼なじみの単語を出すと決まって僕と清子ちゃんの話題に寄ってしまうからだ。
亮人くんが念を押すように言った。
「もう遠足が中止なのは決まりだろ。なら昨日話した通り予定は変更だ。いいか、俺はテント。賢太は調理器具。藤矢はお菓子と食材だ。時間は駅に八時ジャスト。時間厳守だぞ」
「オッケー、むしろこっちの方が楽しくなるそうじゃね」
「確かにな、雨万歳だぜ。藤矢もわかったか?」
「うん……わかった」
僕は緊張で生唾を飲み込もうとするもなかなか飲み込めずにいた。拳に力を込めても手のどこかに穴が開いてしまっているみたいに全然力が入らなくて、手汗でべっとりとなっている。そんな僕をよそに、賢太くんと亮人くんは楽しそうに明日の計画を二人で練っていた。
もちろん、僕だって楽しみだ。
でも本当は、最初の予定だった晴れた日にいろんな所を探険する方が良かった。今回の計画はどうしても後ろめたさがつきまとってしまう。けれど、僕だけ行かないなんて言えるわけがなかった。
せっかく初めて誘ってもらえたんだ。ここで仲良くなって、二人ともっと仲良くなりたい。遊ぶときに当たり前のように誘われる友達になりたかった。
僕に選択肢はない。出来ることを頑張らないと。
心の中でそう意気込んでいた様子を清子ちゃんに見られていたことに、僕はまったく気付いていなかった。
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