狂人

 私は意識が戻るのとほぼ同時に、カッと目を見開いた。


 そこは砂だらけの地面だった。六年間何度も踏み締めた、見慣れた地面、そう、運動場だった。心地よかったはずのベッドは、硬く痛い地面と化し、それが今、目線と同じ高さにある。そして、近くには誰もいない。ただ、少し離れたところで元気に走り回る同級生や後輩たちが、疎らにいるだけだ。


 その時、私は気づいた。


 自分は、倒れたのだと。


 皆と共に立ち上がった瞬間、おおよそ脱水症状か何かで、私は倒れてしまったのだ。


 そう思ったのも束の間、私は頬の痛みに顔を歪めた。どうやら、怪我をしているらしい。恐らく倒れた時に顔面から地面に衝突し、その時にできた傷だろう。


 しかしそれを除けば、私は至って健康的だった。頭が痛いわけでも、吐き気がするわけでも、手足が痺れているわけでもない。それがせめてもの救いか、私は気絶するほどの窮地に立たされながら、ただ頬に小さな傷を負っただけで、事なきを得たのである。


 大して傷害を負っていなかった私は、運動場の真ん中で寝ているということに対する羞恥心から、むくりと立ち上がると、足早に教室へ帰ることにした。

 時刻はまだ、十時三十五分。三時間目にはまだ充分間に合うと、先程あったことがまるで嘘であったかのように、私は胸を撫で下ろすのだった。


 教室へ帰る途中、私は担任の先生に出会した。できれば今は、会いたくなかった。


 「その顔の傷どうしたの?」


倒れたことを担任に言えば、検査や入院など、面倒ごとが増えるだけだと思っていた私は、それを誰にも言わずに、隠すことを決めていた。


 「いや、ちょっと転んじゃって。」


 そうすると担任は、私を疑ってくるかのようにこう聞いてきた。


 「もしかして、誰かに押されたりとかした?だとしたら、その人にはちゃんと先生から注意しておくけど。」


 今思えば無理もない。何の受け身も取らず顔面から一人で転ぶ人間など、普通いるはずが無いのだから。


 「いえ、ほんとにそんなんじゃなくて。ちょっと転んじゃっただけなので。」


 しかし、その時の私は、普段強面の担任が自分に親身になってくれていることが嬉しくて、やはり先生にこれ以上余計な心配や迷惑はかけられないと判断した。


 「そう?まあじゃあ、もしまたなにかあったら、遠慮なく言ってね。」


 そう言い残し、担任は去っていった。

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