第18話

 高槻市に近づいていくにつれ、高速道路に多くのゴミや砂、最悪大きな石が見受けられた。それをよけつつ急ぎで現場に向かう。高速道路を降りてから地獄が待っていた。災害の恐怖にクラクションが鳴り響き焦りを隠せない民衆。前に進まない車列。それは黒川たちも例外に漏れず、渋滞に巻き込まれる。


「えぇい、こうなれば最終手段だ!」


「いったい何を⁉」


「パワースーツを纏って外に出る。車を適当なところにもっていって置いておく」


「……よくわかんないけどまぁいいや! それで? すごい風ですね」


 風の音が大きすぎてイマイチ声が上手く届かない。車内に居るのにこの有り様。きっと外に出ればもっと深刻なのかもしれない。


「涙、お前はサリエルとこの力の根源を探してくれ!」


『それならもう見つけている。東三百メートルのショッピングモールの連絡橋だ』


「東の一番近いショッピングモール。そこの連絡橋に居るって!」


 黒川は呆気に取られても涙とサリエルを褒めた。ナノテクのパワースーツを着用し車をサンタの荷物のように持ち上げて移動した。ショッピングモールの下にある公園にそっと車を置くと先ほどとは打って変わって風の強さが増していた。


 任務:ラファエルの捕獲、犯人風澤昂の確保及び事情聴取。

 注意:殺さないように気を付ける


 黒川は殴り書きで手のひらに書いた。一息ついてから「行くぞ」と己の士気を上げる。そしてそのまま飛び出した。車に残された涙はただその背中を目で追った。


『涙! お前さんは敵の弱点を探ってくれ』


「分かりました!」


 涙は無線で黒川から送られた指示に応えるべく車から出て、首に提げたペンダントを開く。すると血が沸騰したように熱くなり、体が軽く、見える景色も少し変わった。まるでフクロウの目だ。ずっと遠くまで鮮明に見える。レタッチされた写真のように、見えている光の加減――特に影になっている部分が明るく見えていた。


「なんだか変な感じ」


『先ほどよりも私が力を出している状態だからだ。気分が悪くなったら変わろう』


「もう変わってほしいかも……」


『ふむ……仕方がない。主導権を貰うぞ』


 涙の身体が一瞬ふらぁッと揺れたが倒れる前に踏ん張ったので事なきを得た。


 『さて、仲間を返してもらおうか。ラギュエル……!』


涙はサリエルのその言葉を聞き逃さなかった。が、今意識を完全に乗っ取られている。意識の向こう側に行こうとしても無念なことに電気が走っている壁に阻まれて進めなかった。

ただ虚空の暗闇の中でたった一つ映し出されるサリエルの暴れ回る様を、呆然と見届けることしかできないのだ。


ラギュエル。それは四大天使と並ぶ大天使の一人だ。しかし今その話が出てくるのかとんと検討もつかない。涙は聞き間違えを疑ったが、サリエルの声が何度も繰り返して天使の名を放つ。

――天使たちは仲間ではなかったのか? ラギュエルは彼らに反逆したのか? どういうことなんだ。

 サリエルが風に引き付けられた瓦礫を諸ともせず敵の弱点を探り、黒川に追いつく。


『私を置いていくとはいい度胸だ』


「その態度は月の神か。目も赤い。弱点を見つけたのか?」


『弱点は足元だ。おそらく自分でも制御しきれないのか、靴のソールにおもりが仕込まれている。それを剥がせばあとは楽だ』


「助かった。だが、行動に移るまで少し待っててくれ。援軍が来るのを待っている」


『了解した。魔法使いたちを有効に使えば早く終わるだろう』


 空からショッピングモールに向かう。近づくにつれて強くなる風と、若干移動している根源。着地前に様子見で旋回。人を襲っているかと思っていたが、決してそういうわけではなく、竜巻の中に巻き込まれているのはどれも燃えるものばかりだった。


「何が狙い何だろうな」


『分からない。明らかな理由があるようには見えない』


 こうして二人で話し続けているのは、いつ着陸して、いかに事を瞬殺できるかを探っているからだ。サリエルの能力で涙の身体は平気で浮くようになっている。ナノテクを使ったパワースーツを着用している団もジェット機のように飛んでいるが、傍から見れば異様なのは言うまでもない。


『なんだか嫌な予感がする。魔法使いにはなんと言っているんだ?』


「とりあえず来いって」


『だからかもな。ラファエルを見てろ』


 団はサリエルを不思議がって見た後に視線を落とすとその五秒後に空間から強めの蹴りと共に、二人の青年が現れた。蹴りを食らったことによって風は止み、巻き込んでいた瓦礫たちも重力を思い出したように周辺に落下した。これによるけが人が居なければいいが。


「あのばか……」


『面白いな。あの兄弟は』


「言ってる場合か! 降りるぞ!」


 急いで現場に降り立つ団にやれやれと面白がるサリエル。直ぐに追うように降り立つが、サリエルもまたラファエルこと風澤昂の顎に見事な正面突きをお見舞いした。蹴りで怯んだところにさらに食らった風澤は白目をむいて仰向けに倒れ込んだ。


『済まない。つい』


「お前らさらっと怖すぎるんだよ! 容疑者殺すなよ⁉ やったら許さんからな⁉」


『いいではないか。ご挨拶だ。私と涙は初陣だ。日本人は挨拶を重んじるんだろ?』


 ――ごめんサリエル、そろそろもどって……。僕の身体で遊ばないで。


『おっと、そろそろ月の子がお怒りのようだ。戯れに付き合ってくれて感謝するよ』


 涙(サリエル)はスッと目を閉じて、数秒後また閉じる。瞳の色は普段の黒色だ。


「戻ったか」


「ごめんなさい。状況を読むのに必死で。あの人が犯人でラファエルなんですよね?」


「そうだ。俺たちにはラファエルが必要、風澤昂はブタ箱にでも送ってやれば問題ない」


「気を失っているのはどうなんですか……?」


 団は真顔で「それはそこのウィザードと神様に聞け」と少し怒っていた。

 団は服の内ポケットから縄を取り出して風澤に巻いた。その間も彼はピクリともしなかった。事があまりにも呆気なくてあっさり進んでいくので涙は逆に身構えた。


 まだだ……。まだ……終わらない――


 涙は一瞬、地面の深くから声を聞いた。その後すぐに地面が激しく揺れ、一行はしゃがみ込んで揺れに耐えることしかできなかった。勢いが突然だったために黒川は縄を離してしまった。


 風澤が立ち上がる。まるで糸でつられたマリオネット。どこか邪悪なオーラを放って、涙たちを睨みつけていた。


「ニンゲンヲ……ニンゲンデ……コロス。ラギュアルサマノ、メイレイ……!」


「ラギュアル……? ラギュエルではないのか!」


「テンシモ、ニンゲンモミナゴロシ。チカラヲクイツブス‼」


 四人と一神は目前の標的の目が一瞬光ったのを見逃さず、すかさず戦闘モードに入った。


『攻撃パターンを読んでやろうか』


「こういう時は自分で見る方が戦いやすい。死にかけたら助けて」


『心得た』


 異常なまでに冷静で落ち着いている涙を横目で見ていた黒川は若き力の冷たく燃えている感覚に圧巻された。そして自分のギアもバッチリ入れたところで相手の動きを見る体制に入った。


 一方のフュリムとマーティーは空間と時間をそれぞれ器用に操り手の内を探っていた。隙が視えたら二人で一気に押すというのが彼らの戦い方のようだ。


 涙が先陣を切って正面からラファエルに迎え撃つ。銃や剣は持っていないため全て拳と蹴り技で相手を怯ませる。サリエルの能力を開放している状態の涙は自分の攻撃の速さに身体がついてきておらず、自分の状態と、サリエルのフルスロットルがまだ嚙み合っていないと感じていた。出したい場所に足が出ない、拳の力の最高点が相手に当たるより先に到達する等、とにかく自分の持っているものをまだ使いこなせない。


「上手く揃わない……」


「涙! 焦るな! 最初はそんなものでいい。後ろには俺たちが居るからな!」


 今度は黒川が出る。パワースーツのナノテクが彼の思うように動き、銃になり、剣になり、大砲になり……。自分から攻めるだけでなく相手の攻撃に華麗に迎え撃ち、押し勝っていた。涙はその背中に憧れた。持つものをうまく使いこなせる力。自分にも欲しいと強く感じていた。


「ニンゲンコロス。テンシモコロス。スベテハラギュアルサマノイシノママニ……!」


 ものすごい数の攻撃を受けたのに一切の怯みを見せない。不意打ちに対応できなかっただけで実は頑丈だったらしい。


「俺たちが攻撃を回避させてやろう。お前と団は弱点を狙って引き剝がせ!」


「はい!」


 フュリムはやってくる攻撃をサクサクと空間を開けて回避させた。その隙に超高速で涙と黒川はラファエルの前と後ろに移動し、涙は前から右足を、黒川は後ろから左足を、その一点だけめがけて至近距離に接近し同時に蹴った。


 力の波動が辺りに輝く。と同時に苦しみだすラファエル。涙があと一歩だと思ってさらに腰を入れて蹴りを打つと、風澤の身体から大きな光が一つ宙を舞った。あれだ! と口に出す前に涙はその方に跳躍していた。緑色のパッと明るい光を両手に抱きしめて着地する。耳を良く済ませると、その言霊のような光からピュルル~ピュルルル~と風のメロディーが聞こえてきた。


「もう大丈夫だよ、ラファエル。とても苦しかったね」


『ソナタは一体……』


「僕は三日月涙。サリエルに頼まれて君を助けたんだ。また後で話そう。とにかく今はペンダントの中にでも居てくれる?」


『ありがとう、ルイ。サリエル』


 ラファエルの魂がゆるゆると揺れながらペンダントのくぼみの左下に入っていった。そこは何もなかった状態からエメラルドのような深い緑色の石がはまり、涙の首に下がるソレはまた少し重くなった。


 一方のもぬけの殻と化した風澤昂は今度こそ黒川の縄に結ばれて動かなくなった。


「どうしてこんなことをした?」


「記憶がないんだ……。どうして街で暴れたのかも分からない。……それよりも俺はばあちゃんに会いたい。ばあちゃんに会いに行ってる途中でパッと意識が浮いたんだ。信じてくれおっさん。俺はよくわかってないんだ」


「そうなるとお前も被害者だ。警察に何とか言っといてやるから医者にかかれ。あと言いにくいんだが婆さんに連絡してから後で昨日の夜のニュースを見ろ。今の日本と世界の状況が分かるはずだ。くれぐれも希望が絶たれたと思い込んで命を捨てるのは止めてくれ。必ず救い出してやるから。な?」


 黒川はただただ男に優しい目で優しい声でそう告げた。涙はそれを見てまた黒川に魅せられた。この男の優しさをもっと知りたい。そしてこの男の悲しみを理解したい。涙は目まぐるしく動く事態の中で一つひとつ丁寧に対処しようと決意し、ペンダントを閉じた。サリエルの気配がスッと消えてゆく。体の重力も、動体視力も段々と元通りになっていく。


『そういえばお前の爺さんはどこだ?』


「お爺様……? あ、そういえば買い物に、高槻に……まずいかも」


 サリエルの横やりで思い出したように汗がだらだらと出始めた。今いる場所は高槻のショッピングモール。よく利用する場所。涙の爺さんはいつもここまで歩いてくる。時刻は十八時四一分。さっきの通知はホンの一時間前。その時はちょうど隣の街を高速で通過して、田白の一報を聞いた辺りだった。


 すぐさま連絡を取ろうと電話を掛けるが、六回のコールの後に機械の女性が「ただいま電話に出ることが出来ません」と告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る