第16話

 「英国魔法使い! それと噂の男! 遅かったじゃないか!」


 次の現場は街中のショッピングセンターがあった場所。先ほどの街の通りの被害と比べるが、酷いかを比べるよりも、瓦礫より血が飛んでいるところに気がいった。明らかに人を狙っている行為だったことが読める。


 しかしこの男は何故かめちゃくちゃ元気に笑っているし、警察や消防が一生懸命仕事する中、現場のど真ん中で胡坐かいてパソコンを弄っていた。


「だれかと思えば三日月の坊ちゃんじゃないか! 何時ぶりだ……? あれは十二年ぐらい前だ、か、らー。覚えてないか。黒川団だ。お前の親父さんと友達なんだ」


「すみません、イマイチ覚えてなくて。三日月涙です」


「おう、よろしく。すまんな、基地じゃなくて。これが終わったら戻るから」


「は、はい……」


 黒川がリベリア兄弟に指示を飛ばす。二人はそれぞれの方向に動き出す。フュリムが空間移動を用いて隅から隅まで気配を探る。マーティーが時間操作を使って建物の被害が酷いところに近づいて過去を読み取る。


「いい兄弟だよな。それぞれが特性を分かって動いている」


「今日初めて会ったのですが、僕もそう思います」


 組織の一員であることの証にもなっている組織の紋が入ったジャージ。フュリムは表情一つ変えずに仕事に取り掛かる。何かあれば自分で調べてから報告する。マーティーは学校にいたときの元気よさは残っているが、場所が変われば表情のスイッチが変わるのだろう、好奇心だけはそこにあっても一段と楽しそうな気配と感情表現がなかった。サクサクっと調べごとが終わるとその後はそっけなかった。


 そうこうしているうちにフュリムが団と涙の元へ帰ってきた。袋の中に詰めたたくさんの瓦礫には緑色の粉のようなものがついていた。


「ラファエルの能力の痕跡だ。さっきの現場にもあった」


「おうサンキュー。ご苦労だったな。……零が咳き込んでたのはそれだな。あいつ煙と粉だけは本当に苦手だからなぁ」


 立て続けにマーティーもやってきた。


「これは酷いよ……。人がラファエルの力を使って暴れていたんだ」


「なんだと?」


「それは人が意図して街を襲っているの? それとも僕みたいに憑依されて襲っているの?」


「そこまでは分からない……。でもラファエルって悪い奴じゃないでしょ? だからきっと――」


 マーティーは最後まで口には出さなかったが、その場にいた全員が彼の言いたいことを読み取った。


「ここで喋ってても仕方ないな。坊主に事を教えるついでだ。基地に戻ってそれを丈に調べさせよう。ったく、こういう時にめるなが居ればチョチョイなのによぉ……」


 黒川が煙草を一本取りだして火を点けた。彼が目を瞑り、ため息交じりに「どういうことなんだろうなぁ」と呟く。


「何言っても無駄だな。よしみんな帰ろう。山城、今から基地に帰る。零、調査終わり次第帰ってきてくれ」


『田白了解』


『山城りょーかーい。気をつけて帰ってきて~』


「俺は一足先に帰ってる。団さん、二人を頼みます」


「お、おいフュリム! ……行きやがった。仕方ねぇ運転荒めが嫌なら先に言えよ」


 現場から離れたところに停車してあったワンボックスに乗る。運転席に黒川、助手席にマーティー、マーティーの後ろに涙が座った。しばらく街の景色を眺めていると、高速道路に乗ったあたりで黒川が口を開いた。


「何て呼べばいい?」


「あ、えぇっと……呼びやすいようにしてください」


「じゃあ坊主って言いたいところだが、涙って呼ぶよ。――とんだ災難に遭ってしまったな。気の毒に」


 涙は他人事のように「別に」とだけ。そして彼は自分がどうして父親の友達に呼ばれていたのかを問うた。フュリムにお前のことを組織は知っている、探していた。ボスが呼んでいると言われたことを気にしていたのだ。


 黒川は聞かれて直ぐに答えを返さなかった。友達の息子、昨日の災難でまだ心の傷が癒えきっていない少年に突き付ける事実や想いとしてはあまりにも責任が重すぎるからだ。


「教えてください。僕に何ができるのか。僕がどうして月の石を持っているって知ってるのですか。この一件は僕たち一般市民の知らないところで何度も繰り返されているのですか」


「質問が多い――」


「教えてください! ……家族や消えた人たちを元に戻したいんです。一刻も早く」


「あぁぁ分かったから。話す」

 

――ずっと前からお前が月の石を手にすると分かっていたんだ。


 「だがそれが、月の神を宿しているものだとは俺もアイツも知らなかった。気付けるポイントはいろんなところに落ちていたのに。四大原子の神、天体の神がバラバラになった時に気付いていなければならなかったのに。神がいると知ったのは庭の池に埋めとけって言った後だった」


「アイツ……?」


「お前の親父さんだ。家を継ぐ前は天体の研究員をしていた。その石は俺が親父さんに渡したものだ」


「コレ、昨日の夜に池の中に落ちたときに掴んでいたんです」


「それも俺が指示したんだ。研究せずに池の中に沈めておいてくれって。お前の家や家族、特に涙を護ってくれるだろうってな。ばかばかしい台詞だったが、現実になってしまった。指示したのが十二年前のことだ」


「だからあんまり覚えていなかったんだ。貴方のこと」


「済まないな」


 二人の真剣な話を解すようにマーティーは欠伸をした。


「もっと早くても良かったんじゃないですか?」


「それがダメだったんだ。アメリカにあるSWORD本部の規則が厳しくてな。あいつらこういう時だけ堅物で、高校生以上じゃないと入らせないんだってよ。それに、もしもっと早くに月の石を手に入れていたとしても入れることは容易ではなかった。神の力の第一の覚醒が起きていなかったからだ」


「覚醒……?」


『私が再び封印から覚めたのが昨日の夜だからだ。あれが第一の覚醒。お前と出逢うことで力を増幅する』


「(僕以外とじゃダメだったの)」


『あぁ。お前と出逢うことは何千年も前から決まっていた。元をたどれば私がそう仕向けたのだ。月と太陽の神はやがて人に憑依する』


「(太陽の神も……?)」

『だがヤツは悲しいことに憑依した人間を焼き尽くしてしまう。昔それで大勢を殺めてしまい、人間と干渉するのをやめてしまったみたいだ』


 人を焼き尽くしてしまう。涙は恐ろしいことを聞いてしまって震え上がった。


 第一の覚醒ということはこれからさき、何度も【覚醒】を起こすことがあるのだろう。そのたびに誰かを守れるようになる――。


「話が長くなったな。もうじき到着だ」


 黒川がそういいつつ高速道路を降りるとマーティーが伸びをした。一時間と走っていた。街からはうんと離れてしまった。見えてくる黒い壁は要塞という言葉が似合う。「あのでっかい建物がSWORD二ホン支部」と黒川がいう。知らない場所、知らない建造物。地上の駐車場に車を停車させると、マーティーが真っ先に降りて基地の中に入っていった。


「せっかちだなリベリア兄弟は」


「あはは……そうですね」


「俺たちも行こう。みんな待ってる」


 涙は緊張半ばに前を歩く黒川についていく。どんどんと暗い地下道を進む。後ろを向いたら何かが起きそうなほど静かで不気味な道。そこを歩いている間涙は一度も口を開けずにいた。


「建物はバカでかいが、基地の設備は全部地下に揃っている。暗くてすまんな。気を付けて歩けよ」


 黒川はそういって涙の手を取った。優しくて暖かな手のひら。黒川もまたがっしりとしていて手の肉もズッシリしていた。それは涙がずっと手にしたかった圧力と温もりだった。


「ん? どうした?」


「いいえ、なんでもありません」


 涙の父親はいつだって涙に厳しく接していた。だからこそ涙がここまで出来た子供になったのだが肝心な部分が何だか浮いているのだ。


「おめぇ、親父と心でぶつかったことないだろ?」


「え?」


「喧嘩、親と。したことないだろ?」


「したことないです。姉だけです」


「だろうな。手を握られたら普通は抵抗する。だがお前にはそれがない。何故だ?」


 歩いていたらやがてオートスロープに差し掛かった。歩かずとも勝手に前に進む。黒川はそこで涙の手を離すと、今度は彼を見つめた。何となく答えが分かっている。だが、本人の口からそれを聞いてみたかった。


 しかし、涙は何も話しはしなかった。悩んでいるようにも見えなかった。純粋に口を閉じて黒川を見つめ返す。まるで「どうせ分かっているくせに」というかのように。にらめっこをしばし続けていたが、先に折れたのは涙の方だった。


「たしかに。僕は、両親おろか祖父母との会話も少なかったです。父親が僕の手を引くときはいつも僕の好奇心を止める時。そんなあの人を僕はずっと好かなかった。……世間一般の愛情と三日月家の愛情は全く違う。いや、そもそも無かったんだ。あの場所に」


「論点がずれている」


「すみません。でも僕にとって、手を握られたり腕を引っ張られるのは一種、決められた未来を進めという命令に近いです。抵抗しなかったのは、アナタが僕に何を求めているのかを考えていたからです。本当に、それだけ」


「そうか。なんか悪かったな。……もうすぐ仲間たちの居る場所に着く。人々を元に戻す手伝いをしてほしい」


 涙はただ一言、「はい」と返事をする。


だが同時に頭の中では「避けられない宿命だ」とまた思考の腫瘍を大きくするのだった。

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