第15話

 「おせぇぞ。待ちくたびれて置いていこうかと考えていた」


「すみません、役員の仕事をしていたので」


 フュリムは少し退屈そうに寝転がって空を眺めていた。涙はその姿とマーティーを交互に見て『この二人、兄弟だけどあまり似ていないな……』なんて考えていた。寝転がっていたフュリムは身体を起こして、小さく渦巻いている竜巻がある方角を向いた。


「そうか。ならいい。予定がずれ込んでいる。基地に向かう予定だったが被害地域が出てしまった。話をしながら向かうとしよう。――丈、現場には誰が居る?」


『ようやくかなと思っていたよ。被害現場には団、前の被害現場で田白さんが居る。坊ちゃん用の機材持ってるのが田白さんだからとりあえず連れて行ってあげて』


「了解。丈、何かあれば連絡を」


『わーってるよ。メルナさんじゃないんだから俺は連絡怠らないよ』


 彼は通信を切ると、改めて弟とその友達を見る。世の中の危機を、自分含めてこんなちっぽけな人たちで守ろうなんて世間もなかなかに無責任だと思っていた。


「よし、お前ら。現場に向かう前に田白さんのところに向かう。涙専用の装備の一部をあの人から受け取ってから団のところに行く」


 フュリムは左手の中指と人差し指をクロスさせて空中に円を描いた。するとそこに不思議という言葉では片付かない穴が出来た。涙はそれを見てマーティーに不安げな瞳を向けたが、一方のマーティーは久しぶりに見た兄の空間移動魔法にワクワクしているようだった。マーティーは涙の手を取って兄の方へ走り出す。涙は引っ張られるようにそれについていく。控えめながらに好奇心はいつでも旺盛な涙はこの時ばかりは手が震えていた。


「リョウカイ!」


「なんだか怖いな……」


「田白さんは別に悪い人じゃない。むしろめちゃくちゃいい人だから安心しろ」


 涙は何もかもがチンプンカンプンな状態でフュリムの空間移動魔法の穴に入っていった。


 

穴の中はただひたすらに紫色の幻想的な光が灯っていた。所々外の景色が円の形を取って写される。


「こっちだ。早くしろ」


 ずっと先にフュリムが歩いている。マーティーも楽しそうに走り回っている。やはりこの二人の性格は相対的で何も似ていないと涙は思った。だが今はそれよりももっと大事なことを考えなければいけない。


『これは立派な魔法士だな』


「魔法のことも知っているの?」


『知っている。はるか昔、魔法士と対立していたくらいだ。今はもうそんなことはないがな。対立するよりも協力し、分かち合う方向に変わった。だが、こんなことになってしまった。その原因も魔法士の冒涜行為だ』


「その魔法士が誰なのかとかは明らかに出来なかったの?」


『あぁ……。顔や身なりを上手く隠していた他、全員瀕死にさせられていたからな』


「神様たちを助けてそいつを倒す。それが目的だね」


 サリエルはその返事をせずに意識の奥にもぐっていった。それと同時にフュリムがもうすぐ到着だと教えてくれた。指定された穴から空間を抜けると再び青い空が見えた。しかし空とは反対に地上は非常に瓦礫でまみれ、時々人の泣く声が聞こえてくる。その瓦礫の山の一番高いところで一人、手を合わせるスーツ姿の男性が立っていた。丁寧にポニーテールで結われている長く黒い髪。そこから見える少しがっしりとした、だが筋肉隆々には見えない体系。身長は一九〇センチほどあるだろうか。スポーツマンっぽい体格をしている。


「田白さんお待たせしてしまってすみません。ここの被害状況は?」


「あぁリベリア兄弟か。それにその子が噂の月少年、三日月家のお坊ちゃんだね? 聞くところによると僕と団と中高が一緒みたいだ」


「は、初めまして。三日月涙です。よろしくお願いいたします」


「礼儀正しいね。嫌いじゃないよ。俺は田白零。漢数字の零って書いてレイ。よろしく――被害状況は最悪さ。死人が過去最悪に出てしまっている。この辺の住人で生き残っている人たちは少ないよ……」


「そうですか……」

 涙は訳も分からず田白とフュリムの話を聞いていた。その一方でマーティーは瓦礫に触ってそれを見つめて考えているようだった。一体何をしているのだろう。涙がマーティーのもとに行こうとするのを田白が止めた。


「マーティーもまた魔法士さ。彼は時間を操れる。今彼がしているのは物の過去を見ているのだろう。嫌なものを見て吐く前に止めないとな」


「フュリムさんが空間、マーティーが時間。……なんだかすごいですね」


「イギリスには多くの魔法士が存在し、世界各国に散らばっている。ほかの国の支部に行くとメカニックやオペレータ専属が少なくて魔法士だらけだ。バランスが悪くてよくヘルプを出されるし、向こうに行けば街中魔法の残骸が飛んでいて時々気分が悪くなるよ……。その代わり日本の支部はちゃんと専属の役割で分かれている。……ハズ」

「分かれているだろ。イギリスと違って」


 フュリムが田白の言葉に言及するが、彼はそれに「まぁまぁ」と返した後でこう続ける。


「現に俺がマネジメントと戦闘要員と調査要員を兼任しているから。団がメカニックと局長、をしているからかな。だけどあとのみんなは、きれいに役職一つでやって行っている。――君もそうなるといいね。欲しいのはコレだろ?」


 田白はスーツの内ポケットから四辺約五センチほどの小さな黒い紙を取り出した。それを涙の手に乗せて握らせる。涙は不思議そうに手と田白を交互に見た。それをよそに田白が指を一つパチッと鳴らして手を開いても、そこはまだ紙のままだった。彼はそれを取りふっと息を吹きかけると涙の手のひらにポトン二つの小さな物体が落ちてきた。


「イヤホン……? とー、これは?」


「通信用のイヤホン。いわゆるインカム。それともう一つは団に聞いて。俺は『渡せ』って言われただけで本質は知らないから」


「そうですか……」


 もう一つの物体はなんだかペンダントの様だった。円形になっていて所々へこんでいた。表と裏の境目に爪を入れて開くとそこにもまた凹みがあった。涙は開いたところにあった凹みが月の石と同じサイズだということに気付きポケットから取り出して近づけてみた。

 すると月の石が凹みに吸い寄せられるようにピタッとくっついた。同時にずっと張っていた気がスーッと遠くなっていった。力を閉じ込めたみたいだった。


「いったいどういう仕組みなんだ……」


『なんだか窮屈さが増した』


「ごめんよ」


『いや、ポケットに入れられるよりはずっと見晴らしがいいからこのままでよい』


 サリエルが幼児のように嫌がらなくてよかったと安堵しつつ、ペンダントを首に提げて田白の方を向いた。


「田白さん、ありがとうございます」


「これを作ったのは俺じゃないから作ったやつに言ってくれ。どうしようもない機械好きが昨日暇つぶしに作ったらしい。あんなドタバタの中でアイツはホントに――」


 田白が全部言い切るのを遮ったのはマーティーだった。何と言ったのか上手く聞こえなかったがやけに驚いた声を発していたのできっと何かを見つけたのだろう。


「風だけで全部崩れたみたい。不思議だね」


『ラファエルの気配がする。だが、彼の意識が視えない』


「どういうこと……?」


『能力だけを利用されているかもしれない。早く救出しなくては』


「でもどうやって……?」


『そのための私であり、そのための彼らだ。力と権力を使い倒せ』


「そういわれても……」


 涙は心の中でとても大きな溜息を吐く。だって、だって本当に何をしたらいいか分からない。考えても考えてもなんだか弱気になるようなものばかりが後でついてくる。風の神ラファエルを救おうったって、そもそもカレがどこに居るのかも分からないハズ。


(田白さんよりもハイスペックな人……。その人が大体全部知ってるのかな。きっとその人は人生をこういうところに捧げてたんだろうな。僕の知らないところで――)


「田白さん、邪魔して悪かった。そろそろ団のところに行って来る」


「オッケェー。いってらっしゃい。くれぐれも気を付けて」


「田白さんマタネ~」


「あ、ありがとうございました!」


 フュリムを筆頭にマーティー、涙の順番でまた空間の穴の中に入っていった。

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