第12話

「ルイ……。どこに行ったんだろう。話したいことがあるのに」


「まったく、お前はターゲットを逃したのか?」


「……そんなこと言わないでよ、兄さん」


 マーティーは屋上に昇って学校全体を見渡していた。四階建ての校舎のそこから辺りを見渡すと、南側、手前には公園の緑、少し奥には電車が走っていて、その更に奥には日本で最も高いビルが見える。反対の北側、手前には住宅が広がる、少し奥には小学校があり、さらに奥では新幹線が走っていた。山は見えるがすごく遠い。しかし色々揃っている街だとマーティーは思った。


 そしてそんなマーティーに話しかける、彼が「兄さん」と慕う男。顔のパーツは瓜二つ。ただ目の色がイチゴのような赤色をしていて、髪の色は雪のように白く、長さは胸板ほどまであり、後ろで結われている。まるで兎のような見た目をしている。


「で? 団さんはこの少年から天界の気配がするって言ってたけど、ホントなのか?」


「うん。ものすごくオーラがあった。入り込んでお話ようとしたら弾かれて通じなかったよ。でも彼は未だ力を使いこなせていない。恐ろしいよ」


「そういうもんだろ。だが、団が気にしているのはそこだけではなさそうだ。この学校、団と零さん、メルナさんが卒業したところだ。何かあるんだろう」


「そうだったんだ……。なんか見方変わるなぁ」


「日本の高校でトップクラスだ。それなりにいいとこであるとは思っている。むしろ俺が通いたかったよ」


 マーティーの兄は風向きが変わったのを察知して東の方角を向いた。うっすらだが竜巻が発生している。それを素早くタブレットを使って分析する兄の背を見つめるマーティー。


「何してるの……?」


 マーティーが振り返るとそこには紺色に輝く袋を持った涙がぜえぜえと息をしながら立っていた。知らない銀髪の男が居ることに驚いている涙はマーティーたちが口を開くのを待っていた。


「……ターゲットが向かってきたか。ラッキーだったなマーティー」


「ルイ! キミを探してたんだ!」


「え、あぁそう。……そっちは?」


「フュリム・リベリア。アホみたいに名前が長い機密組織のメンバーでそこの金髪楽観主義者の兄。俺もお前を探していた。俺たち組織はお前のことを知っている。俺たちのボスがお前を呼んでいる。学校が終わったらマーティーと一緒に組織に来い」


「わかりました」


 その返答は非常に早かった。沈黙一つない。一回くらい拒むのがちょうどいいのに……とリベリア兄弟は脳内疎通で涙の顔を見つつ少し面白がっていた。


「なぜそんなに返答が早いんだ」


「僕はもう訪れる運命に抗えなくなってしまったから。家族を失ってコレを手に入れてしまった。意味は未だ分かってない。だからコレの意味が分かる人に出会いたい。一刻も早く」


 フュリムの質問に初対面とは思えない程険しい顔で返す涙。その緊迫した空気感を裂くように紺色に輝いていた袋からサリエルが出てきた。……かと思えばカレは涙に憑依して二人が一つになってしまう。涙の髪の一部に白色のメッシュが入り、左目が碧眼に染まる。


『お前たちから魔力を感じる。魔法士なのか?』


「その姿と特徴はサリエル様ですか?」


『いかにも』


「どうか我々SWORDに力を貸してはくれませんか」


 それからフュリムは突然必死になってサリエルに問いかける。しかしサリエルからは何も返ってこない。聞いてはいるが何よりも竜巻の方に視線を向けている。そして一つゆっくり瞬きをしてフュリムとマーティーに向き合うと微笑んだ。


『いい瞳をしておる。自分の力を理解し、この事象に対して無力だということを理解した懇願の瞳だ。だが私に決定権は無い。すべての決定はこの男にのみ与えられる。私にできるのは君たちやこの男、それから君たちの組織に伝令と定めを与えることだ。……竜巻の中からラファエルの気配がした。これ以上はまた後で話すとしよう』


 そうしてサリエルは涙から乖離し石の中に戻っていった。涙は一瞬後ろに倒れかけたが何とか持ちこたえ、いつも通りの様子に戻った。


「サリエルが出てきたんだね」


「ルイ……。大丈夫?」


「あぁ大丈夫だよマーティー。……あの、今日の学校終わりですよね」


「本当にそれでいいのか?」


 涙は愛想笑いで「えぇ、大変に」という。艶やかな、まるで乙女のような振る舞いで。未亡人を思わせる、見透かされているような声で。


「さっきサリエルが『ラファエルの気配がする』と言っていましたね。ましてや貴方たちが魔法を使えると一瞬で判断し自分の姿をあっさりと明かしたのにも意味があるのでしょう? 昨日の夜、祖父には頑なに言わせようとしなかったカレが貴方たちのような人になると態度を変えたということは、サリエルと機密組織の追っているものは同じ。そして探しているものも同じ……でしょう?」


 フュリムはあまりにも芯を突いた涙の考察に思わず拍手を送り、「流石だな」とほほ笑んだ。そして次に何かを話そうとしたと同時に一限目の予鈴を示すチャイムが校内に鳴り響く。


「この続きはまた後でということですね」


「そうだな。またここで待っている」


「じゃあ兄さん行って来るね。くれぐれも気を付けて。何かあったら知らせてね」


「俺はお前のように報告なしで突っ走るタイプじゃないから安心しろ。お前ら……」


 フュリムが寂しそうな声で二人を呼ぶ。背を向けて戻ろうとしていた二人はまた彼の方へ向き直し同時に「どうしたの」、「どうしたのですか」と聞く。するとフュリムは何か言いたげだったが首を振って二人の表情を窺い、「頑張れよ」と声をかけた。


 マーティーは自分の兄の悲惨な学生時代を知っていた。だからこそ自分たちに対して憧れがあるのだと察していた。


「せめて、兄弟のマーティーは守って生きたい。あいつが事実を知るまでは」


 フュリムは空間移動魔法を使用して別の場所に移動した。

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