第11話

「あの……一年六組はここかな?」


 涙も陽も知らない男子生徒が教卓のところに立っていた。黄金色の気高きライオンのような色の髪、山々の隙間から見える澄んだ空色の瞳、少し高くなっている鼻と女子顔負けのプルンプルンな唇、七頭身の身体は制服の上からでも分かるほど締まっていてやせ型の筋肉質であることが見て取れた。


「そうだけど、君は昨日いなかったよね?」


 前に座る涙が先陣を切って話しかける。


「昨日が入学式なのを忘れていたんだ」


 謎の男子生徒が答える。潔さとドヤ顔、顔のパーツの動き方的にも日本人ではなさそうだ。


「『忘れてた』はまずいだろうよ……。名前は?」


「ボクはマーティン。マーティン・リベリア。皆からは『マーティー』って呼ばれてる。半年前にイギリスから来たんだ。君たちは?」


「俺は日比谷陽、前にいるのが三日月涙」


「Sun and Moon……ってことだね!」


 キラキラと輝かせた瞳を一杯に二人に浴びせるマーティー。話だけ聞けばただの日本好きの純粋無垢に見えるのだが両手には薄手で黒色の手袋を着用しており、右腕にはイングランドカラーのアームリングがついていた。学校の規約ではそういったアクセサリーは禁止のハズ。涙と陽は二人そろってそこに不信感を覚えた。同じ階の別の教室では生徒たちが和気あいあいと交流している声が聞こえてくるのにこの教室だけは未だ三人しか居ず、挙句にはシンっ……と静かであった。それから二分ずっとそのまま。その緊張感を解かしたのはクラス担任の男性教員の挨拶の声だった。職員室で涙にカギを渡した先生だ。


「おはよう。日比谷、三日月、そして昨日来なかったリベリアくん」


「えへへっ、あいたっ」


 月と太陽を前に人間に叩かれる星とでも言おう。マーティーはさっそく担任に出席名簿でお叱りを受けた。


「あのなぁ、昨日の一件で君の所属する組織が国家公務員と一緒になって駆けまわっていたのは知っている。だけどな、学校にいなければいけないときはそっちじゃなくて学校を優先してくれ。わかったかい? 忘れていたとしてもそのことは意識しておいてくれ」


「分かりました先生。……ところで他のスチューデンツはどこですか?」


 爽やか極まりない声。そしてその瞳は先生ではなく涙を見ている。それを確認した陽は無性にヤキモチを妬いた。別に独占心があるわけでもないが、ただでさえ調子がおかしい涙に更に追い討ちをかけてきそうで警戒している。


「そうですよ。ほかはどこに?」


「校門のところで勧誘に掴まったり、荷物検査に引っかかっている。あと風紀面だな。日比谷がちゃんと守っているのは失礼かもしれないが意外だと生徒指導部が言っていたぞ」


「センセーひでぇ……」


「ですが、昨日の今日ですよ?」


「あぁそうとも三日月、真面目なのはお前たちだけだ。例外だがマーティーは地毛の証明書と母国と世界組織からの伝言で全部許すように言われている。このタッパでもちゃんと出すべきものを入学手続きの時に出してもらってる」


「えへへっ」


何だこの愛嬌お化け。涙と陽は少し引き気味にマーティーを見る。


「さ、もうそろそろヤンチャ組が現れるだろう。座って待っておきなさいね。リベリアくんは廊下側の一番前だ。三人ともそれなりに近いな。仲良くしろよ〜」


 「仲良くしろ」=「そいつの教育はお前たちに任せた」という解釈でいいと月と太陽は思った。だから二人は口をそろえてマーティーに「よろしく」と挨拶したし、二人の様子を窺っているマーティーも笑顔で「よろしく」と返した。


 もう少し時間が経ち、ホームルーム開始のチャイムが鳴る一分前には席が七つ程空いた状態で人が揃ってきた。チャイムが鳴ると担任が何となく涙に視線を合わせてきたのだが、涙は気が向かなかった。窓際にいる女子生徒が自分を睨みつける視線を感じているからだ。真面目でしっかりしてそうな姉貴肌のその子こそ、昨日陽とのチャットで話していた委員長を狙っている女子生徒だ。だが担任はその子を見ようとはしない。そもそもそういうことが出来る子だと未だ理解していないのだ、仕方がない。


「……はぁ、起立、気を付け、礼」


 あからさまに嫌がる溜息を零したが、きっちり決める時は決める涙。水のように透き通った爽やかな声で一気に周りを統治した。古き良き日本の家に育った御曹司。しかし昨日家族の大半を失った悲劇の主人公。それが三日月涙である。


「おはようみんな。改めて担任の弥生透真です。昨日はものすごい出来事が起きてしまいましたね。自己紹介したばかりなのに遺憾です。このクラスでも五人が消滅し、今日二人の生徒が休んでます。今日の帰りにこの件に関する被害状況を書いてもらう用紙を渡すので、金曜日までに提出してもらえると助かります。悲しんでいる場合ではありません。今いる我々で未来に向かいましょう」


 担任が真っすぐな目で生徒たちに語り掛ける。それを真面目に聞くか、だらだらと聞くかですでにその人の性格と猫かぶりが見えてくる。陽は真面目に聞く、涙もそれなりに聞いてはいるがめんどくさがっている。


「わかったか? 三日月君」


「はい。元気にやって行きましょう」


「おう、そうだな。あ、そうだ昨日来てなかったリベリア君、みんなに自己紹介してくれる?」


 めちゃくちゃ急カーブでマーティーは言葉のボールを受け取った。クラス何十人の視線が彼に集まる。すると彼は先生と涙と陽と四人で話していた時よりも緊張していた。マーティーは「えぇっとぉ……ふむン」といいつつ周りを窺う。目が泳ぐ。何をしゃべろうか、自分をどう伝えようか迷っていると、涙と陽がハンドサインで大丈夫と伝えてきた。


「ボクはマーティン・リベリア。半年前にイギリスから来ました。イギリス人です。ペアレンツとは早くに別れました。今はビッグブラザーと共に住んでいます。ボクは二ホンの秋がとてもダイスキです。……よろしくおねがいします」


 挨拶が一通り終わると暖かな拍手が生まれた。マーティーはそれが嬉しかったのかにんまりと笑って照れていた。一部の女子生徒たちからは「可愛い~!」と声が上がるほどだった。


「じゃぁ三日月君、日比谷君、朝楽しそうに話してたからリベリア君をよろしく」


「おいっす! よろしくマーティー!」


 声に出して挨拶する陽と、会釈して意思を伝える涙。マーティーはオーバー気味に二人にまたお礼と挨拶をいう。


「それじゃ、また九時頃に。クラス組織決めるからな~」


 担任が出席簿やらメモ帳やらを抱えて教室を後にした。出ていかれたと同時に訪れた、女子生徒たちからのただならぬ圧を感じた涙は音がならないように立ち上がり、忍のように素早く教室から抜けていった。それを追いかけようとする陽は他の男子生徒に捕まり、マーティーは女子生徒が集まって来ないようにワイヤレスイヤホンを付けて誰かと話し始める素振りをみせた。そして誰も近づいてこないと分かると涙を追いかけるように教室を出ていった。

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