第9話
日が昇り、かろうじて残っていた雀たちが涙の居る部屋の窓のところに集まって朝の大合唱を繰り広げていた。
涙の目を覚ませたのは鈍い頭痛だった。昨晩部屋に戻って実体化したサリエルと話をしていた後の記憶が途切れていることも関係しているかもしれないと睨んでいた。昨日どうやってベッドにやってきたのかも覚えていない上に、月の石を握って眠ったのかと自分に対して疑問を持った。
「今は何時なの……? もしかして遅刻⁉ あいっ――」
ハッと飛び起きると、鈍かった頭痛が強くなった。耳鳴りがするというよりはいつもよりもたくさんの音が聞こえてくる。涙は自分の身体がどんなふうに変わっていっているのか少しずつ確かめるしかなかった。サリエルの能力や魔法が自分の身体をどんどんと侵食している。
『おはよう少年。昨日は驚いたぞ。私と手を交わした後バタッと倒れてしまったのだ。きっと私のせいだ。池から出たときに衣服を乾かしたが、体は温めていなかった。すまな――』
「いいよ。気を遣わせてしまったらよくない。でも、アナタは優しいのですね」
『世話焼きなだけだ。天界でも色々役割があるからな。昔はミカエルとよく天使たちを叱ったものだ』
「その話はまた今度詳しく聞かせてよ。学校に行かなきゃ」
『そこにいる間はどうしていればいい』
「僕の身体を乗っ取って遊ばないこと。それ以外はなんでもいいよ」
『分かった。気を付けなさい』
「……ありがとう」
涙は重たい身体を叩き起こしてベッドから這い出る。広間に上がる前に着替えと荷物を整えてから、スマホの通知を見る。そこには陽からのメッセージだった。朝の六時に一通目が来ていた。
【おはよう! 今日八時に家の前に居るから一緒に行こう】
【あれ、既読ついてない…。起きてない? 大丈夫か?】
【おーい! 電話かけても出ないってどうした? 寝てるのか⁉ 遅刻するぞ!】
【七時半に着いたらお前のとこの爺さんが家に入れてくれた。早く起きて飯食えよ!】
最後の文面は二分前だった。いつもなら一通目が出る時間に起きるのだが、昨日の出来事があまりにも大きすぎたのと、意識を飛ばしたせいで時間も忘れて寝てしまったのだ。涙は陽の文面を読んで彼の心の寛大さと優しさに胸が熱くなった。
『優しい友人だな』
「僕もそう思う。さぁ出るよ」
涙は気だるい身体に鞭打って、荷物を持ち自室を出た。
「おはようございます」
「涙、おはよう。ずいぶん遅かったじゃないか。ほらご飯と弁当。もう出来ているぞ」
「お爺様おはようございます。ご飯ありがとうございます。……陽、ごめん。おはよう」
涙は祖父の横に座っていた陽を見て控えめに挨拶を交わした。彼の顔を見ると少し安堵する心と不安になる心が混在する。今まで通り話したいはずなのに、心がそれを阻むのだ。
「おう、おはよう。話は聞かせてもらった。災難だったな」
「あぁ。……うん」
涙はテーブルについてご飯を食べ始める。小食な割によく食べるのに、今朝は全く咀嚼が進まなかった。腹二分目くらいで箸が完全に止まり、小さな声で「ご馳走様」とつぶやいた。こういう時こそたくさん食べて英気を養うのがいいというのは分かっているが、どうも食事が喉を通らない。涙のことを良く知っている二人は元気のない彼を見てなんて言葉を書けようか迷っていた。
「お爺様、すみませんご飯を残してしまって。ラップをかけておいてくれれば夜食べますから。……陽、もう行かなきゃ。待たせてごめんね」
まったく力の籠っていない涙の声は冷静で可愛らしい、スイレンが似合いそうな少女が発する声と同じくらいの声色だった。
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