第5話

 ユメを見た。昔の僕の将来の夢のユメ。


 最初になりたいと思ったものは消防士だった。


 通っていた幼稚園の近くに消防署があった。火事があるとサイレンを鳴らして出動する、冬は火事に気を付けてほしいと呼びかける消防士とその人たちが乗る消防車が憧れだった。誰かの命を守るってとても素敵なことだって思った。


 幼稚園の時、母さんに「ぼくはしょうぼうしさんになりたい」って言ったら、なんて返ってきたっけな。……あ、そうそう。


「涙は身体が小さいから消防士にはなれないわ」


 これだ。僕はとてもショックを受けて半日一人で近所を家出した。すでに貯めていたお小遣い数千円を持って電車に乗っていつも行っているショッピングモールに行って、書店で大人に隠れて本を読んだり、母さんがいつも「ダメ」って言ってる美味しそうな洋菓子を買って食べたりもした。


 家出の最終地点は消防署だった。車の整備をしていた消防士に近づいて消防車たちを見せてもらって心を躍らせた。僕は恐る恐る、消防士に「身体が小さい人は居ますか」と聞くと彼は気を利かせてくれて仲間を一人呼んできてくれた。その人は設備を教えてくれた同僚よりも十センチ近く背が低くて物腰の柔らかそうな表情が印象的な男性だった。その人が僕の目線に合わせて腰を下ろしてくれたところで嫌な声が響いた。


 父さんに見つかった。そして父さんは僕にこういった。


「お前には家を継ぐって大事な責務があるんだ。なりたくてもなれないんだよ」


 父さんに手を引っ張られ、消防署を後にした。二人の消防士はあの時の僕を見てどう思っただろうか。憐れんだだろうか、蔑んだだろうか、それとも悲しんでくれたのだろうか。


 そう。僕は夢を見てはいけない。そういう生まれなんだ。


 何をやってもダメだと制御される。僕の意見は家族には必要の無いもの。そう思うことで僕はどんどんと家族を嫌うことができた。否、家族どころか僕をこんな風に仕向けた神や友だちも嫌いになった。

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