第7話 渡り鳥の宿命と人間の浅ましさ
白鳥やマガモ、ユリカモメ、マナヅル、オオワシなど渡り鳥の仲間は、1年の半分を北のふるさと・シベリアで暮らし、残り半分を南のふるさと・日本で暮らします。
秋になって、子どもを産み育てたツンドラ地帯の草が枯れ始めると、食べるものがなくなりますし、反対に、暑い夏のあいだ南の地方にいるのは堪えがたいからです。
もっとも病気になった鳥や、崖や電線に当たってけがをした鳥は長距離飛行ができませんから、それぞれ精いっぱいの工夫をして北や南の地で過ごしていますが……。
*
さわやかに羽毛をそよがせていた風が、にわかに冷たい北風に変わり始めるころ、渡り鳥たちはいっせいに広い北の大陸を飛び立って、遠い南の島国へと旅に出ます。
なかでも家族愛が強い白鳥は、「さあ、飛び立つよ。とうさん、かあさんについておいで」と子どもを励まし、白いかたまりになって南の空へ吸いこまれて行きます。
――さようなら、北のふるさと。
来年の春まで、さようなら。
子どもたちはまだ幼くて、赤ちゃん赤ちゃんしています。
飛び方もぎこちないのですが、けんめいに胸の筋肉を遣い両親について行きます。
「ほらほら、そんなほうへ行くんじゃないよ。家族のそばを離れてはいけないよ」
両親は細かく目を配り、いつも子どもたちを見守っています。
そして、天災にせよ人災にせよ、少しでも困難が降りかかろうとすると、日ごろの穏やかなすがたからは想像もつかない激しさで、猛然と立ち向かってゆくのです。
*
イチかバチかで秋色のツンドラを飛び立った白鳥の親子は、高い山脈に突き当たる前に、上手に気流に乗ることができました。こうなればしめたもの、むやみやたらに羽を動かさなくても、長い飛翔で熱くなった身体を冷やしたり、休めたりしながら、時速100キロのスピードで飛びつづけることができる構造になっているのです。
渡りで一生を暮らす鳥の身体の仕組みは、緻密に計算されたコンピュータみたい。
身体中のパーツが長時間、速い速度で飛びつづけやすい構造につくられています。
たとえば、風を
そんな特徴を活かしながら、一生のあいだ地球の端から端まで勤勉に飛びつづけ、26年間の生涯に160万キロも飛んだキョクアジサシという鳥もいるそうです。
古代ギリシャの哲学者・アリストテレスはツバメは木の洞で冬眠すると考えていたそうですが、足環による調査が行われた結果、渡りの生態が明らかになったのです。
おばあさんはそんなことを釣りのお客さんたちから教わって知っていましたので、毎秋、遠い北のふるさとから飛来した白鳥たちを迎えると「おお、おお、よく来た、よく来た。長い旅路、よくも無事に」と声をかけてやらずにいられなかったのです。
*
はるかな大むかし、マンモスのものでも恐竜のものでもなかった地球を、いつしか人間という生物が支配するようになってから、浅ましい陣取り合戦が始まりました。
欲深い人間は、だれのものでもない地球に勝手な線を引いて国境・県境・市町村境とし、さらに、それぞれの家のまわりに、塀や垣根を張り巡らせて縄張りとした……それがそもそもの間違いのもとで、以来、戦争や紛争が各地に絶えなくなりました。
人間が勝手に引いた線など、いとも簡単に飛び越えて、自由に大空を行き来する鳥たちは、命をつなぐに足る食べ物と、羽を休める安全な場所さえあればいいのです。
小学校しか出ていないおばあさんは、鳥と人間のちがいをそう理解していました。
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