第2話
次の日、高校に登校した俺は二年一組の教室の扉を開けて自分の机に向かう。ホームルーム十分前という事もあり、まだ来ていない生徒もいたが教室内は既に登校したクラスメイトの声で騒がしかった。
そんなお馴染の光景になんの感慨も抱くことなく一番端の窓側の席へ足を運ぶと、俺は前に座る男子に声を掛けた。
「おっすー、おはよう内田」
「おっ、ハロハロ鵜響。勉強してきた? してきたよな。早速だけど数学の課題みせて」
そう言って軽薄に挨拶してきたのは、高校に入学してからの付き合いである
一年の頃からクラスが一緒で、昼食時も一緒、休日の際には遊ぶ機会も多いので悪友と言っても良いだろう。
何気に頭が良い内田が課題見せてなんて言う筈がない。顔面にケチャップを塗りたくってやりたい、なんて思いながら返事を返す。
「唐突に窓割って入ってきたキツツキがお前の頭に激突しないかな。端的に言うと死んで?」
「いや軽く冗談言っただけなのに代償重くねぇ!? そこはタンスに小指思いっきりぶつかって裂けるくらいで良くねぇ!?」
「さらっと言ってるけどそれも死んだほうがマシかなってレベルの痛さなんよ。頭バグっとんか」
「痛みと友達になれば、きっと……!」
「最後まで行き付く先は友達以上恋人未満。そこには決して相容れる事の出来ない壁が…………ところで今日頭が万力でじわじわ締め付けられてポップコーンになる夢を見たんだけどさ」
「飽きたんだろうけど急に話題転換すんの止めろや」
スッと真顔になった俺に対し、内田は冷静にそうツッコんだ。解せぬ、と思いつつもその夢の話の続きを言おうとした瞬間、隣から噴き出すような笑い声が聞こえた。
「―――ふふっ」
「ほら内田、お前のせいで
「しれっとなすり付けた上にパシらないで貰えますかねぇ!?」
「あ、あぅ……ご、ごめんなさい。二人の会話が面白かったから、つい……」
にこり、と困ったような笑みで表情を緩ませたのは、俺の隣の席に座る
あどけない顔立ちにさらさらとした光沢のある黒髪のミディアムヘア。日に焼けない体質なのか、制服から覗く肌は色白で、身体の線が細いやや小柄な体型はどこか華奢な印象が目立つ。
授業中、問題の解答で先生に指名されても淀みなく答えを言える辺り勉強は得意なのだろうが、体力が無いのか基本的に運動全般が苦手な彼女。あまり積極的な性格ではないらしく、周りの女子と比較しても同年代と思えないほど普段から落ち着いた雰囲気を出しているのが特徴だ。
影が薄いと言えばその通りなのだが、よくよく注視してみれば顔のパーツが整っている。失礼かもしれないが、地味目だがあまり学校では目立たない美少女と表現しても良いだろう。
つい最近席替えしたばかりで、藍原さんとこうしてしっかりと言葉を交わすのは何気に初めてかもしれない。一年の入学式の頃、彼女が制服のスカートから落とした可愛らしい猫のキーホルダーを俺が拾って渡したことがあるが、きっと彼女は覚えていないだろう。
今まで話す機会が無かったが、折角隣の席なのだから仲良くしたい。でもどうしてだろう、先程から背中がむずむずする。
「ふ、二人とも、仲が良いんだね」
「俺がぁ?」
「コイツとぉ?」
「「ないないない!」」
「あはは、息ピッタリだよ……」
俺と内田のやりとりを見た藍原さんは苦笑しながら言葉を漏らすが、仲が良いというのはあながち間違っていない。
女性の好きな部位やら目玉焼きには醤油派かケチャップ派か(俺は当然醤油)など、論争やくだらないことを言い合ったりすることはあれど、相手を傷付ける言葉を言い放ったり、殴り合いの喧嘩なんて一度もした事が無いのだ。
因みに先程『死んで?』と内田に言ったのは冗談なのでノーカンである。
俺のは冗談と分かった上での冗談なのできっと悪友である内田は分かってくれる筈だ。もし理解してくれなくても俺の心の中で手を振っているイマジナリーフレンド・ウチダは満面の笑みで「あぁ~、冗談の味がするぅ~」と言ってるので問題ない。
「ま、今まで全く接点は無かったけどこうして席が近いんだし、オレはともかく是非とも鵜響と仲良くしてやってくれ」
「ひゃわぁ…………っ!? な、なんで……っ!?」
「あれ、違ったか? これまで何度もこっちにちらちら視線を―――」
「あ、あぁー! あぁー!」
突如、何かを言い掛けた内田の声を遮る藍原さん。どこか焦った様子で、本人なりに必死なのか両手をぶんぶんと前に振りながら声を張るが、その声はか細くて小さい。
憎たらしいことに内田はイケメンの部類に属しているので、藍原さんがコイツを見たくなる気持ちは正直分からないでもない。俺だってきっと滅茶苦茶可愛い美少女が教室に居たら休み時間とかガン見してしまうだろう。
何故か俺の方を向いて顔を真っ赤に染めた彼女を見て、可愛いな、という感想を抱くも一つだけ気になるところがあった。
俺は首を傾げながら目の前の内田に訊ねる。
「え、俺だけ? お前は?」
「いやオレはほら……、他の女子とあんまり仲良くしようとすると彼女が、な……」
「あぁ、無理矢理女装させてくるんだっけ?」
「当たり前かのようにそんな平然と納得するなよ。せめて笑ってくれ……っ」
「プギャーくすくすww ちょーウケるんですケドww」
「やっぱムカつくからやめろ」
内田の瞳孔が開かれていたので素直に引き下がることにするが、自分から申し出た癖にやめろとは一体どういう了見だろうか。
オレが求めていた笑みと違う……、と小さく声を漏らしていたけれども、残念ながら俺は内田が考えるアクションを起こしてくれる都合の良い友達ではないので、そんなの押し付けられても困る。
因みに違う高校に通う内田の彼女とは何度か面識があり、連絡先も交換していたのでスマホのトークアプリに最近送られてきた内田の女装姿の画像を見て大爆笑したのは記憶に新しい。ごつごつした筋肉質な身体つきにメイド服は反則なんよ。
それはさておき、壁に掛けてある時計を見るとそろそろ朝のホームルームが始まる時間である。俺と内田の会話にいきなり巻き込んでしまったのは申し訳ないが、久しぶりに藍原さんの声が聴けて嬉しかった。
(んーでも、どっかで聞いたことがあるような声なんだよなぁ……?)
先程から気になっていた違和感。今まで喉元に引っかかっていたような小さな感覚だったが、ふと浮き出た疑問に対し、俺は小さく首を傾げる。
趣味や嗜好の範疇だが、俺はこれまで様々な男性向けASMRバイノーラルサウンド動画を聴いてきた。
男性向けASMR動画に嵌って以来、俺は女性の声に魅力を感じてしまうようになったので、声フェチに目覚めたといっても過言では無いだろう。
前にふと気になったので調べたのだが、楽器は勿論、人の声にも声域がある。様々なシチュエーションで声の高低を演技で表現出来ても、その声の特徴―――"核"とも呼ぶべき声の根幹はどうしても切り外せないのだ。
改めて、俺は隣に座る藍原さんを見る。
「な、なにかな、梅野くん……?」
「んー…………」
ジロジロと見つめられて恥ずかしいのか、身体を
声質はどちらかというと可愛い系で、声量は小さいが聞き取りやすく滑舌はハッキリとしている。一見目立たないが実は隠れ美少女な藍原さん。声がもう少しだけ大きく、人付き合いにも積極的な性格であればきっとモテるに違いないだろう。
脳内で彼女の声を何度も反復させるが、残念ながらこの短時間ではすぐに探り当てるのは無理だった。ただ、俺が思う一つだけ確かなことがある。
それは、
「藍原さんって、凄く綺麗な声してるよな」
「…………ふぇ?」
「あぁいや、ただそれだけ。何様かと思うかもしれないけど……うん、自信持って良いと思う」
「ぁ…………。う、うんっ、その、ありがとうっ!」
藍原さんはそう言って、八重歯を見せながら可愛らしくはにかむ。
流石に容姿を直接褒めるのは恥ずかしいのだが、声であれば別である。気味悪がられただろうか、と一瞬だけ不安になるも、頬を赤く染めながら嬉しそうに口角を上げている辺り、どうやら心から喜んでくれているらしい。
自然に本心が口から洩れてしまったが、俺はホッと胸を撫で下ろす。
その後すぐに担任が教室に入って来たのでそのまま朝のホームルームに突入。気だるげに出欠をとるその女性担任の声にぼんやりと耳を傾けながら、本日の高校生活が始まったのだった。
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