俺の隣に座るクラスメイトが推しASMR配信者だった件。~目立たないけど実は可愛くて努力家で声も綺麗な美少女から告白されたんだけど!!~
惚丸テサラ【旧ぽてさらくん。】
第1話
『―――ふふっ、後輩くんはやっぱり照屋さんだね』
舞台は放課後、文芸部の部室。椅子に座って読書をしていた後輩の隣には揶揄い上手で美人な先輩がいて、こちらの表情をずっと覗き込んでいるようだ。
雰囲気はとても甘酸っぱく、まさに青春を味わっている気分である。
『本当はキミからして貰うのが一番理想なんだけど……うーん、こればかりはしょうがないかぁ』
きっと先輩は、部員としてこれまで可愛がっていた後輩に何か伝えたい事があるに違いない。
最初は
深く息を吸った、次の瞬間。
『だって、好きになっちゃったんだから』
これまで一途に後輩を想ってきた先輩の耳元での告白。戸惑いながらも、そして無事後輩からも告白の返事を貰えてこの物語は最終的にハッピーエンドを迎えた。
―――俺は
「エンダァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
仰向けになった身体を左右へごろごろと動かし、両脚をばたばたとさせる。すっかりと身体中を浸透した興奮や熱はそう簡単に収まる気配は無かった。
「あぁもう何コレ最高なんですけど!! やっぱ純愛が最高に決まってるよなぁっ!!」
夕食を食べ、風呂に入り、本日分の勉強も終わって残すは就寝するだけという、それまで一時間ほどの隙間時間。
自らのスマホにワイヤレスイヤホンを接続し、目を閉じながら先程の音声を聴いていた俺、
余韻、といえば少々大げさだが、先程のASMR動画を聴いて心が安らいだのは間違いない。俺の顔には自然に笑みがにんまりと浮かぶ。
「さて、次はどんなシチュエーションのバイノーラルサウンドを聞こうか」
内心うきうきと心を躍らせながら身体を天井へ向けた。そして選別するようにして動画投稿サイト内の数ある動画を指でフリックしていく。
今でこそ三度の飯よりASMRを地で行く俺だが、前まではこれといった趣味は無かった。
俺が沼に嵌ったきっかけは去年の夏に何気なく見ていた動画投稿サイト。何か面白い動画は無いかと画面を下へスクロールしていると、偶然オススメに出ていた『耳かき&囁きASMR』の動画があったので試しに視聴してみたのだ。
ただの気紛れ。日常ではありふれているであろう、逆に物珍しい内容の動画がどんなものかというありふれた好奇心だった。
劇的な運命と呼ぶには、
未だ初めて聴いたあのときの衝撃は忘れていない。
「まさか音で"本当にそうしている"かのように表現するなんて思わないよなぁ」
耳かき音声であればかりかり、がりがりといった掻き出す音や、梵天のさわさわという優しげな音。囁き音声では落ち着く言葉などをそっと耳元で囁かれ、ときおり耳にふぅーっと息を吹き掛けるのが特徴である。
当時は普段耳にする音楽とはジャンルが違う上、まるでそこに本当に人が存在するかのような違和感もあったので耳慣れするのに時間は掛かってしまったが、今では就寝する前に聴かないと落ち着かない程必要不可欠なものになってしまった。
以来、俺にとってASMR、バイノーラルサウンドはかけがえのない存在なのだ。
因みにASMR―――正式名称は"Autonomous Sensory Meridian Response"。聴覚や刺激によって感じる心地良さ、脳への直接的な刺激にも似た昂りの反応と感覚のことである。
恐らくだがバイノーラルサウンドと組み合わせることにより、きっと多くの種類へと細分化出来るだろう。
勿論だが、ASMR、バイノーラルサウンドといってもすべて一緒な訳ではなく、それを聴く聞き手―――つまり俺にも好みが存在する。
「スライム、砂、炭酸水、シャンプー、散髪……ASMRに嵌ってからこれまで結構な種類の動画を視聴してきた。睡眠用や作業集中用リラックス音声も良いが、やっぱり全俺の中で最強なのは男性向けASMRバイノーラルサウンド一択よ」
男性向けASMRバイノーラルサウンド動画とは、ASMR(気持ち良いと感じる音)にバイノーラル(録音技術)が組み合わさった、そのほとんどが女性とのシチュエーション動画である。中には十八歳以上でないと視聴出来ないえちえちなASMRもあるみたいなのだが、俺は至って健全な十七歳の男子高校生。
決して興味が無いと言えば嘘になってしまうが、深い睡眠が出来るようになった俺は現状にとても満足していた。
きっと毎日就寝する前に音声を聴き続けていたのが功を奏したのだろう。所謂『リラックス効果』というやつである。
「ま、流石に咀嚼音は苦手……というか気持ち悪いから聴かないけど」
様々な動画を視聴する中で、唯一途中で断念したのは咀嚼音である。どうやら俺は他人の咀嚼、つまりくちゃくちゃ、ザクッ、サクッといった腔内で食べるときに発生する音が苦手で生理的に受け付けないらしい。
何故だろうと不思議に思ったが、その動画のコメント欄を見てみると好意的なコメントが多く記載されているのは意外であった。
そこで判明したのは聞き手には様々なタイプがあること。
例えば俺のように音声のみを重視するタイプ、そして料理とそれを食べる人間が映った動画を視聴しながら咀嚼音を楽しむタイプなどである。
なるほど、と納得したものの、苦手な音であることは変わりないのでそっと咀嚼音ASMR動画を閉じたのは良い思い出だ。
そんなことより、と表情をにへらっと和らげた俺は、先程まで聴いていた男性向けASMRバイノーラルサウンド動画―――正確にはたった一時間前にそれをアップしてくれた推しの声主に思いを馳せる。
「はぁぁ、今日も『
思わず熱を帯びた吐息混じりの声が出る。
動画サイト内には様々なASMRシチュエーションを投稿する配信者がいるが、その中でも俺が最も推しているのは『
彼女の声に初めて出会ったのは一年生の冬休み。偶然動画投稿サイトにアップされている彼女のバイノーラルサウンドを聴き、「お、この声良いな」と思ったのがきっかけだった。
この頃はASMRにド嵌りして約四カ月だった為、ある程度声の良し悪しが判別出来るようになっていた。『
惹き付けられる声、と表現すれば良いのだろうか。彼女のSNSでは年齢とアップする動画の告知、たまに日常を呟く以外情報が無いので容姿などの個人情報は不明だが、声一つでここまで魅力があるのはとても凄いことだろうと感じる。
しかもなんと彼女は二日に一度、異なるシチュエーションのASMR動画をアップしてくれるのだ。中には毎日投稿という猛者もいるのだが、俺のようなただ施しを享受する立場で比べるのは余りにも烏滸がましい話である。
作品内の数あるコメントの中には残念ながら悪意ある感想も見受けられるが、『素晴らしい作品には敬意を』が俺の理念だ。なので俺は、彼女の作品は勿論、それに限らず視聴して素敵だと思ったASMR動画には応援と感謝のコメントを残すようにしていた。
「きっと頑張り屋さんなんだろうな。ありがとうございます、今日も良い声でした」
明日を生きる糧を手に入れた俺は、手を組んでそっと目を閉じながら静かに感謝を捧げる。
作品の質を落とさず継続力もある。行動でそれを着実に示す辺り『
きっと俺の知り得ない、彼女なりに沢山の苦労がある筈だ。これからも是非無理しない程度に配信者として動画のアップを続けて欲しい。
「さて、明日も学校だしそろそろ寝なきゃな」
ふとスマホの時間を確認すると『1:13』と表示されていた。
夜更かしをして既に日付が変わってしまったが、俺が就寝するのは毎日だいたいこんな時間である。そっと動画投稿サイトを閉じると、俺はベッドの中に入り、就寝したのだった。
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