第3話 ルーク兄さんは騒々しい

「ひゃあぁぁ、やめてくれ…たのむ…」


 その部屋は夥しい死体と飛び散る血液と肉塊で惨状と化していた。


 はじめに外からの射撃で腕の立つ男たちの脳髄が飛び散ったと思ったのも束の間、乗り込んできた一人の男によって残りの者も殺されてしまった。

 ブタの面をした筋肉質の男。背にはスナイパーライフル。手に持つ拳銃の銃口は腰を抜かした腹のでかい爺さんに向けられている。


「ブタの面…!チャールストン兄弟か!金で雇えるんだろ?いくら欲しい!!」


 ブタの面をした筋肉質の男は大きいため息をひとつ。


「ケンカはよくないねぇ。すぐに仲直りしたらこうはならなかったのに。」

「な、なんの話だ!」

「借金のマッチポンプ。そのカタに誘拐した子どもを人身売買。依頼がなくても殺したいよ。」

「だまれ!!」


 太った男はジタバタと近くの死体に這い寄り、その死体が携帯していた銃を目の前の殺戮者に向けようと試みたが、その前に銃撃音と共に鼻から上を失った。


「さよなら〜。やっと久々に帰れる♪」




 街中、というにはやや郊外の住宅地。アパートメントではなく、一軒家が立ち並ぶやや高級な部類の住宅地の一軒。その中の一室で彼女は伏せっていた。


「チーちゃん!俺が出張してる間に何があったんだ!?」


 ドタバタ、という形容が相応しい様相で一人の筋肉質な男が飛び込んできた。手に持っていた荷物を部屋のすみへ投げ飛ばし、ベッド上で伏せっている彼女に縋った。


「…うるさい。」

「思ったより元気そうだな!」


 ガハハ、とまでは言わないものの破顔した男は彼女の額を優しく撫でる。撫でられた彼女はムッとしているが。


「もう、チーちゃんはやめて…。」

「かわいいからついな!すまん!」

「ほらほら〜熱が出てる人のそばで大きい声ださないの。兄さん、こっちへどうぞ。」


 印象に乏しい笑顔の青年が隣室で紅茶をテーブルへ出しながら男の着席を促す。男は伏せっている彼女からは見えない角度から笑顔の青年を睨みつける。


「お前がついていながら、どういうことだ。」

「おおげさだよ兄さん。ただの知恵熱みたいだよ。」

「知恵熱?どういうことだ。」

「初恋の相手とはじめて会話らしい会話をしたからだろうね。」

「初恋?!どういうことだ!」


 破壊的な音が室内に響く。筋肉質の男が怒りを混ぜてテーブルを殴れば大きい音が出るものだ。笑顔を崩さない青年は『静かに』と男にサインを送る。

 そのサインを見て男はスゥと感情をおとす。


「すまない。どういうことなんだ。」


 すっかり『どういうことか』としか質問できない男である。


「兄さんたちが出張に行ってる間に、好きな男ができたんだって。」

「許せん。殺さねば。」

「ルーク兄さんに似た好青年だよ。」

「それは、仕方ないか……。」


 ルークと呼ばれた筋肉質の男は眉を歪ませる。対照的に、紅茶のおかわりを差し出す青年の笑顔はより爽やかになる。

 兄弟の中で最も肉体的に優れた、末妹が大好きすぎるこの男をからかうことはトム青年の楽しみのひとつだ。


「でも、いやぁ、でもなぁ…。」

「反対すれば嫌われるよ?」

「それは絶対ダメだぁ。」

「もうチーちゃんもお年頃だし、恋愛のひとつぐらいしてもおかしくはないだろ?」

「それはそうだが、勝算はあるのか?」


 最後の一文は本人に聞こえないぐらいの小声だった。


「どうだろね…。僕らが邪魔しなければ、半々かな。」

「可愛いチーちゃんを泣かしたら殺す。」


 この『殺す』は全く比喩ではないので、この街で平穏に活動するためにそれは避けたいと思うトム青年である。


「僕と兄さんが邪魔しなければ半々。でも、スーさんに協力してもらえれば……。」

「まぁ、スーさんなら確実にしてくれそうだな。」


 トム青年は考える。

 妹を愛しすぎるルー兄さんは味方になりそう。そしてルー兄さんのバディであるスーさんも味方してくれたら、平穏にことは進みそうだと。

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