第3話 新たな刺客

 始業前。


「オレにお客さん?誰だ?」

「1年生だとよ。追い返そうとしたんだがな…なかなかしつこいやつでオレには手に負えん」

 なるは肩をすくめてみせる。


 オレは教室入り口に向かい、件の女性と思しき人物を発見する。

「あっ!恋仲先輩ですか?」

「そうだが」

「先輩って〜恋に悩む男女の仲を取り持つ恋愛天使って聞いたんですけど、ここ一週間ほどお見えにならなかったのでお伺いしました」

 オレが失踪する前の依頼者か…丁重にお断りしよう。


「どこの誰かは存じないが、今は恋愛そういう依頼は断ってるんだ。すまないな」

 オレが踵を返そうとしたところだった。

 彼女の口元が若干緩んだように見えた。

「え〜どうしてもですかぁ?」

「どうしても、だな」


 ふっ、甘いな。

 少し屈んで胸元をチラつかせているようだが、その程度でオレを籠絡できようと思っているなら筋違いも甚だしい。やる相手を間違っているしな。

 色仕掛けで落ちるなら恋愛天使なんかやってられるかっての。

 

「理由をお伺いしても?」

 かなり食い下がってくるな。ダメと言われたら普通引き下がるだろ。

「他人の恋路に興味なくなった」

 オレは億劫になってあしらった。

「元々は興味があったんですね〜」

「いや、元からなかったかもしれない。最近興味がないことに気がついた。それだけ」


「ところで、依頼の件なんですが」

「受けないと言ったはずだ」

「もうっ、強情な男はモテませんよ先輩?」

 可愛く言ってもダメ。可愛さが通用するのは小学生まで。

「モテる気はない。それにコロコロと意見を変える男性の方がモテる気はしないな」

「先輩みたいな方、嫌いじゃありませんよ?」

「冗談はいいから帰った帰った。授業が始まるぞ、ほら」

 予鈴が決着の合図となったのか、彼女は引き返すかに見えた。

 現実は彼女がオレの耳元に近づいてきた。


「罪悪感があるんじゃないですか?いくつもの依頼を蹴って反故にしたこと」


「ッ!」

 痛いところを突かれた。

「またね、せ〜んぱいっ!依頼の件考えといてくださいね〜」

 彼女はそう言って去っていった。


  ***


 放課後、オレは件の彼女、それから成と教室にいた。

 クラスの人は全員部活に行くなり、帰るなりしてオレたち以外には誰もいない。

 結局依頼は受けることにした。もし受けていなかったらなんかいっぱい食わされて負けたみたいだし、罪悪感がさらに押し寄せてきっと夜も眠くなってしまうことだろう。

 言い訳、と捉えられるかもしれない。都合のいいやつ、と蔑まれるかもしれない。

 ただ最後だけ、オレとのためだけにこの一件に決着をつける。


「そういえば名前を聞いていなかったな」

 オレは肘をついて問う。

「はいっ如月木葉きさらぎこのはです!」

 まず光沢のある黒のショートボブと対照的な桃色のヘアピンが目に入ってくる。身長は僕の頭一つ分くらい下、大体150センチ超えくらいだと朝に確認している。

 会話内容からかなり頭が回る生徒で、明るいムードメーカーなポジションにいると予想。

 欠点があるとすれば、ねちっこいしつこさと手段を選ばない悪役っぷり。まあ如月ならそれすらも利点に転換できそうではあるが。

 僕の印象はひとまず好印象。好印象出なかったら、そもそもこの場は存在しなかったしな。


「それはそうと恋仲先輩」

「なんだ、如月」

「どうしてこの人がいるんですか?」

 如月は成を指差す。

「まずこの人ではなく、君の先輩だな。それと人を指で指すのはいただけないな」

「成、落ち着け。如月もだ」

 オレは間に入る。

 初っ端から雰囲気が悪くなっては依頼の内容が入って来なくなる。

「オレが成、合川成を呼んだんだ。たまに斬新な意見をくれるから如月はあまり気にしなくていいぞ」

「そういうことだ。わかったか小娘」

 ふん。と眼鏡を定位置に戻す成。

「小娘って…歳ひとつしか変わらないじゃないですか!」


 ふむ。

 オレはまだ如月木葉がどういう人間かをわかっていない。

 だから試しに黙ってやりとりを見ることにしてみる。如月と成のお互いがお互いをどういう風に見ているのかを推察してみようか。


「合川先輩って、無愛想でデリカシーなさそうですよね」

「自分で理解している。それらの特性は社会でほんの少しだけ不利に働くだけだ。些事にすぎない」

「息苦しいのは嫌じゃありません?」

「全然。あらゆる事象のために自分を抑える方が重々しいな。例えば、如月のしつこさとか」

「どこがしつこいんですか!」

「今みたいに矢継ぎ早に質問してくるところだな。友人たちは教えてくれないのか?」

「よく周りの人から『圧力がある』と言われますが、それも含め自分のことは理解しています」

「友人はいないのか?」

「先輩よりはいると思います」

「他人の神経を逆撫でするのは得意だな、君は。とても初対面の接し方とは思えん」


 まーた険悪になりそうだ。

「はいそこまで、成、飲み物を買ってきてくれないか」

「ああ、ちょっと気分を害したから外の空気吸ってくる」

「あいよ」

 そう言って足早に成は教室を去った。


 お互い歯に絹を着せない言い方だったな。

 どちらも取り繕わないという点では似たもの同士であるが相性は悪いらしい。

「まあ成のことは置いといてくれ、家庭の事情から少し不器用なところがあるもんでな」

「はあ、あそこまで言い返してくる人は久しぶりでした」

 如月は特に怒った様子もなく、逆に口元に笑みを浮かべて答える。

 彼女と議論するのは確かに疲労しやすいかもしれないな。

「本題に入ろう」

 いざこざで席を立っていたオレは座り直す。

「はい」

 如月も改めて向き直り、真剣な眼差しで相対する。

「恋愛相談だったな。概要を話してくれ」


 どんな依頼内容であっても最大限満足のいく結果をもたらそう。

 そう意気込んでいた。次の言葉を聞くまでは。


「合川成さんが好きです。お付き合いしたいと考えています」

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