第2話 スマホをハンマーで壊した
「…まあいいでしょ」
机に紙を置いて河合先生は椅子に深く座った。
「では、授業の準備をするので失礼します」
「ん、今日から大変かもしれないが挽回できるように努力しなさい」
「…はい」
***
苦しい一日だった。
自分の一挙手一投足のすべてが監視されているみたいで居心地が悪かった。
授業中は周りの視線とひそひそ声が聞こえてきて、休み時間は寝たふりをしているオレを噂する会話がひっきりなしに耳に入ってきた。オレは結構な地獄耳持ちなのだが、それがかえって逆効果となった。
死人に口なしと言われるのと同様に、不祥事を起こした人間がいくら弁明しようと今までの信用を一気に取り返すことはできない。信用を崩すのは簡単で、築くのは時間がかかる。世の常だなと。
ま、これから少しずつ巻き返していくしかないよな…
「よっ」
「お、おう」
下校する準備をしていた最中、声をかけられた。
全校生徒にオレの噂が知れ渡っている今、わざわざ渦中に飛び込んでくる人間がいないだろうと思っていたところに、オレは不意を突かれたのだ。
「よそよそしいな、ヒロト。お前がちょっと何かしでかしたくらいで、関係を断つとでも思ったか?思ってたんなら一発殴らせろ」
正直少し思っていたところはある。
「はあ…痛いのは嫌いなんだが…」
横暴だ…と思ったが、それくらい心配させてしまったことには自覚がある。
甘んじて一発くらい本当に殴ってくれていいけれど、言ったら言ったで本当に殴るからな、この男は。
厳ついメガネを掛け、ポケットの中を探る見た目インテリヤクザは
人を近づけさせない刺すような威圧感や若干の不快感を覚えそうな鋭い目つきをしている彼は、あまり他の人から好かれない。
高校生になるまでは家庭の影響でずっと勉強させられ、友人が一人もいなかったらしい彼だが、関わってみると情に厚い人間であるとわかった。愛情が深いと言い換えても差し支えない。本人にこのことを言うと本当に拳が飛んでくるので取り扱いには注意だぞっ。
「まあいい、とりあえず面貸しな」
言い回しがそこらへんのヤンキーなんだよな…
オレと成は外に出て、校庭付近の自販機にいた。
運動部の学生たちが活気良く声を出して、身体を躍動させている。
「ほらよ」
成から投げられた物体をオレは受け取る。
「珍しいな。お前が人に奢るなんて」
「それくらい特殊な状況ってことじゃないのか」
「確かにそうかもしれんな…」
オレは
「本題に入ろう」
成は缶コーヒを開けて一口飲んで問う。
「一週間も学校をサボってどこに行ってたんだ?それも連絡もせずに」
「まあ、そのなんだ…自分探しの旅…的な?」
「探した結果がこの頭か?」
成はスマホを操作して、オレの金髪の画像を向けてきた。
画像は昨日昇降口で撮影されたものだと思われる。
「どこでそれを…」
「噂好きの物好きが撮ったのだろう。SNSに投稿されて、拡散されていたのを見たぞ」
盗撮なんだが。
芸能人のスキャンダルとかも該当するんだけど、撮影者とその集団くらいしか幸せにならない撮影をして恥ずかしくないのかとつくづく感じる。猫が寝転がっている写真を投稿した方が絶対みんなハッピー、世界平和の誕生だ。
しかしスキャンダルの原因は紛れもなくオレ。
だから反論をしたくてもできない。
「時間が経って再びその金髪画像を見たときに笑い飛ばしてやるさ」
「フッ」
オレの言葉を聞いた成が眼鏡のブリッジの部分を指で持ち上げる。
「どこか雰囲気が変わったみたいだが…元気そうで何よりだ」
「申し訳ない…と思っている」
オレは深々と頭を下げた。
謝っていて他にも関係者各位に謝らないといけないことを思い出した。
「謝罪なんていらないな。ただ相談してほしかっただけだ。オレじゃあヒロトの悩みを聞くには不十分だったのが不甲斐ない…」
***
「それで、連絡が取れなくなったのは?」
「いやあ、非常に申しにくい…」
「また言えないのか?」
「うっ…」
正直なところ話したくない。
だってリアルすぎるしどこの厨二病だよって言われたら僕もう恥ずかしさのあまり死んでしまいますし武勇伝として語ってもいいですが絶対いたいやつで全身が歯痒くなってしまいそうだしもう僕の文脈ほうかいしてますしぜんぶひらがなで行けばいいのでわ?うん!もう知らん話したれ!
「スマホをハンマーで壊した」
「え?」
オレと成の間に沈黙が流れる。
当然だ。いくら成の学力が高いからといって理解に時間がかかるに決まっている。
そもそもスマホは壊れるものであって、自ら壊すものではない。さらに言えば、高価な機械をハンマーで粉砕する光景は明らかに異常だ。自分で言っておいてなんだがな。
成はオレの肩に手をかけてくる。
その手、いや、彼の全身が震えていることに気がついた。
「ふっはっはっは!!!!」
成は笑っていたのだ。それも狂気的に、だ。
「やはり計算だけじゃたどり着けない答えを出してくれるんだな!ヒロトッ!!!」
少しだけ報われた気がした。
自分のことを肯定的に捉えてくれている人間がたった一人いる。それだけで灰色の世界が反転して彩り溢れた世界に一変したようだ。
どうやらオレは友人に恵まれているらしい。
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