恋愛天使やめました。

ばちくです

第1話 恋愛天使やめました。

「なんで俺が他人の恋愛の橋渡しをせにゃいけないんだ!帰れ!!!」

 オレ、恋仲こいなかヒロトは対面に向かって叫んだ。部屋にはオレと満面の笑みを浮かべる友人と縮こまった依頼人がいた。

 一度は投げ出してしまったことに、どうしてこんなことになったんだ…とオレは椅子の上で天を仰いだ。


  ***


 皆はこのような経験があるだろうか。


 飽きずに食べていたものをある日突然食べなくなったこと。

 暇さえあればソシャゲの周回をしていたのに突如アンインストールしたこと。

 一度はプロを夢見て練習をしていたサッカーを辞めたこと。


 その他色々あるが、これらの経験が生まれる原因に共通することはいずれもからだ。

 いざ過去を振り返ってみると「あ〜昔めちゃくちゃハマっていたのにな〜なんでだろ?」と時間を無駄にした自分に後悔する。

 どうしてあんなものに膨大な時間を割いたんだろう、と。


 まあ、それが現在のオレなわけであって。

 単刀直入に言って、恋愛に興味がなくなった。

 いや語弊があった、そもそも恋愛にはあまり興味はなかったか。に興味を無くしたのだ。


「こらっ!!!!!!!聞いてるのっ!!!恋仲っ!!!!」

 耳元での怒鳴り声でオレはハッとし、自分のいる場所を認識した。

 そうだ。オレは今、生徒指導室にいて絶賛説教を喰らっている最中だった。


「…なんですか、河合かわい先生」

 河合さくら。

 理系に特化した先生で、オレは高2から理系コースに進んでよくお世話になっている先生。現在進行形でお世話になってはいるが知ったこっちゃない。

 最近関わっていて、よく生徒の相談に乗っているところを見るからに人に好かれやすい性格をしている。

 しかしながら独身。優しすぎる人間は特別な人間を作れない法則が働いていそうだ。誰か貰ってやってくれ。オレは遠慮しておこう。


「『なんですか』じゃないでしょ!自分が何をしたかわかっているの?」

「わかってますよ」

 先生が怒っている原因はオレの容姿についてだ。

 オレは自分のを触りながら答える。

「この髪…ですよね?」

「はあ…言わずもがなね。それと制服も」

 興奮していた先生は一呼吸つき、オレを諭す。

「君くらい聡明な子がどうしてこのようなことを?」

「…」


 生徒指導室内に沈黙が流れる。

「言葉足らずだったかしら。改めて言うと『わかっていてどうして髪を染めた』の?」

「さて?どうしてか自分でもわかりませんね?新しい自分を探してきた結果がこれですからね」

 オレの言葉で先生の怒りのツボを押したのか、拳を握りしめ震わせていた。その怒りをあえて押さえて落ち着いたトーンで語りかける。

「家で染めるのはまだ理解できるけど、そのまま学校に来るのは違うと思う」

「ほんと仰る通りで」

「まったく…学校中を巻き込んでおいて…はあ…今日はもう帰りなさい。どのみちその頭で授業を受けてほしくないかな」

「はい。では帰ります」

 どんな言い訳を並べたところで今話すことがお互いにとって解決にならないと踏んだのか、河合先生はあっさり引き下がった。

「うん。気をつけて帰りなさい」

 心中お察しします。ほんとこんな生徒でごめんなさい。


「あ、待って」

 扉を開けようとした背中に声がかかる。

「反省文書いてきて。誠意のある文章期待してるよ?」

 なぜか笑顔だったのがオレに生命の危機を感じさせた。『もし書いてこなかったら、どうなるかわかっているよね?よね?(圧)』と彼女の顔から伝わってきた。


 はあ、流石に書いてくるか。また怒られるのは御免だ。


  ***


 間が悪かった。


 生徒指導室から出たのはちょうど2限目のチャイムが鳴り始めた頃、つまり休み時間の開始を告げる合図であった。同時に授業の合間で休憩をとる生徒が廊下にちらほら見られる。

 昇降口までの時間はさほどないのにえらく長く感じた。

 理由はオレの派手な容姿を盗み見る数多の奇異の視線。


 ここ公立乙女沢おとめざわ高校は全国津々浦々にありそうな学校で、別段荒れているわけでも、校則が厳しいわけでもない。「無難」という言葉が似合う学校。

 つまり、校則を破っている人間はオレ以外にこの学校にいない。

 いや、知り合いにいたっけか…?


 靴を履き替えてカバンを肩にかけて学校を後にした時だった。

「あっは♪マジで染めてんじゃ〜ん、ひ〜ろ〜と〜」

 例の知り合いとやらが現れた。

新浜にいはま先輩ですか」

 新浜未来みくる。一つ上の高3の先輩だ。

 着崩した制服、腰あたりで結んだカーディガン、茶色がかったポニーテールにナチュラルなメイク。彼女の身につけるもの全てが周りの空気もろとも一層明るくしている。

 曖昧な言葉を使えば「ギャル」と表現できる。

 そんでもって学校の外で見ると大抵はいろんな男を侍らせている。ビッチだ。


 関わりの始まりは男女関係でトラブルを抱えた先輩と会話したこと。かなり時間が空いたのに昨日のことのように思い出せる鮮烈な出会いだったかもしれない。


「へえ〜初めてにしては綺麗に染まっているじゃ〜ん」

 オレの髪を触ってくる新浜先輩。

 一週間前、彼女に『髪染めたいんですけど先輩の意見をご教授ください』と連絡したところ、『お〜!?どうしたグレた?』と驚いた反応ではあったが、すぐさま染髪関連のサイトのリンクをいくつか送ってくれた。そういうわけでこの金髪が構築されたのだ。


「送ってくださったサイトを参考にしました。ありがとうございます」

「ほんとヒロトって真面目だね〜ぜんっぜんグレきれてないよ〜」

「と言うと?」

「やるならバレない程度でやらなきゃじゃん?」

「染めた時点でバレるのでは?」

「ま〜徐々に染めていくのがいいんだけどね〜例えば私みたいに、ねっ」

 先輩は茶色のちょろ毛を指でくるくる弄る。こういうちょっとした仕草が

「なるほど、次回があれば参考にしてみます」

「やっぱ真面目」


「じゃあオレはこれで帰ります。髪を戻さないといけないですし」

 あまり長居しすぎると印象がもっと地に落ちてしまうしな。まあ今更どうでもいいか。

「え〜髪戻しちゃうの〜?やだやだやだやだあ〜」

「駄々こねないでください。戻さないと登校できないんですよ」


 キーンコーンカーンコーン。

「ほら、チャイムが鳴ったのでそろそろ行かないと怒られますよ?オレみたいに」

「むぅ…」

 やはりどこか不服そうな新浜先輩。

 彼女は数秒間考え込んで何か思いついたみたいだ。

「じゃあ二人で写真撮る!ほらこっち向いて!」

 じゃあ、ってなんやねん。


 パシャ!!!


  ***


 家の風呂場で髪を黒く染めていて、ふと思う。


『恋愛に意義はあるのか』


 オレは他人の多くの恋愛関係を構築していた。噂では恋愛天使だと言われているらしい。しかしそれは先週で廃業した。

 自分が手伝って実った恋が儚くも散ってしまったという報告を聞くと戦犯気分だ。

 だったらもう二度と関わらない。

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