第2話
「親父の、幼馴染み?」
「あぁ……お前も一度はあったことがある。まだ小さい頃だったから、覚えちゃいないだろうけど」
その幼馴染み──八月朔日さんは俺の面倒を見ることを了承しているらしく、明日にでも受け入れる準備が出来ているとの事。
親父と八月朔日さんがどれだけの間柄だったのか詳しくは訊けなかったけれど、今回のような要件を聞き入れてくれているわけだ。浅い仲ではないと理解する。
「……でもだからって、そんな」
そう、どれだけ言われようとはい分かりましたと頷けない。
高校を中退することにも不安があるし、なによりそんな立場で住まわせてもらうことにも申し訳なさを感じる。出来ることはなんでもするつもりではあるが、そのしがらみからは離れられそうにもない。
「思えば、お前にはなんの自由も与えてやれなかった。俺なりに頑張っていたが……こんな末路だ。……本当にすまない、こんな父親で」
親父はそこでまた深く、深く。息子の俺に頭を下げた。
本音を言えば、もう俺は心のどこかでそれで良いと、諦めのように納得していた。
いや、頭を下げる親父を見たくなかったからかもしれない。
「これも逃げただけと、承知している……でも、もう俺には……何もできないんだ……」
「もういい、わかったよ、父さん」
──泣いている父親なんて、見たくなかった。
「次は、笑顔で会おうぜ」
何の慰めにもならない言葉をかけて、俺は下手くそな笑みを浮かべた。
✦✦✦
そして、親父との別れを、今まで通っていた高校や友人とお別れを嘘みたいにあっけなく済ませて俺は一つの家の前に立っていた。
「ここが……八月朔日さんの家か」
少し年季の入った一軒家。
八月朔日さん本人が作ったのか、手作りの表礼がかけられている。八月朔日と書かれたその文字は随分と達筆だった。八月朔日さんがどのような人かは詳しくは聞いてはおらず、「優しい人」としか伝えられていなかったから、少しイメージとは違う文字に違和感を覚えた。
まあ気にすることではないだろうと、少し緊張しつつ俺はインターホンを押した。
の、だが。
「ん? 鳴ったか、今?」
大抵は押した方にもチャイムの音は聞こえてくるが、何一つとして聞こえては来なかった。
まさか壊れているのか、それともそういう仕組みなのか。
しかしインターホンを押してから五分ほどが経っても返事はなにもない。本当に壊れているのか、そもそも家に誰もいないのか。
「まいったな……連絡先とかも知らないし」
玄関前で待ちぼうけ。
無駄とは思いつつも、何度めかのインターホンを押してみようとした時だった。
「あの、うちになんか用すか」
「うわっ、え?」
突然声をかけられ反射的にその声の方を見る。
見たところ高校生、年下。ピアス……いや、イヤーカフを付けた、赤髪の女の子。
うちに、と言うことはこの子は……。
「もしかして、八月朔日さん?」
「まぁ八月朔日っすけど……」
「あぁ、良かった。実は……」
イヤーカフの女の子は、八月朔日さんの娘さんらしい。
名前はアキラ。歳は俺の一つ下、16歳の高校一年生。
「そういえば、母さんから聞いてました。幼なじみの一人息子が居候に来るって……いま確認もできた」
「うん……突然のことでわけわかんないだろうけど、お世話になるね」
偏見で申し訳なかったけれど、さっきアキラちゃんを一目見たときは、少し荒れてる子なのかな、なんて思ってしまったが訂正しないといけない。今どき、髪の毛を染めてイヤーカフをつけていたくらいでそう捉えてしまう俺にも問題はあるのかもしれない。
家に上がるとき、すぐにスリッパを用意してくれたし、お茶もわざわざ出してくれたし……。
「なんか変なこと考えてないすか」
「いや、そんなことは……」
心を見透かされた気がした。
だけどアキラちゃんが言いたかったことは、どうやら別のことだったらしい。
「散らかってますよね、うち」
そう──感じてはいたが、あえて突っ込むことはしなかったけれど。
外見以上に年季の入っていた室内は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。
ところどころに片付けようとしたんだろうな、という意思は見えるのだが……。
「まずは、えー……と」
「あぁ、ごめん俺だけ自己紹介してなかったね。俺は楓太ふうた。宮下楓太、高校二年生……もうやめたけど」
アキラちゃんとお互いのことを話している内に、玄関から引き戸を開ける音が聞こえてきた。
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