最終話:これからも君と

 それから数ヶ月すると、一年生の女子がクラスメイトの女子に公開告白して成功したと噂を耳にした。


「大胆なことする子が居たもんだな」


「そうねぇ。けどちーちゃん、これ、カミングアウトのチャンスじゃない?」


「そうだな……とりあえず、部員達には打ち明けておこうか」


「ちなみに噂の女の子、王子って呼ばれてて、身長が180㎝あるらしいわよ」


「なんだそれ。羨ましいな」


「気になるわよね。どこまで盛られてるのかしらね」


 部活の後輩に聞いてみると、どうやら一年生の一人——百合岡ゆりおか姫花ひめかくんが彼女のクラスメイトらしく、実際に告白現場を目撃したと少し興奮した様子で話してくれた。彼女は百合——つまり、女性同士の友愛や恋愛をテーマにしたジャンルが好きらしい。一緒に部活に入ってくれた同じく一年生のリーリエこと白井しらいりりえくんも同じく。彼女の方が姫花くんよりヲタク度が高いらしく、私も百合好きでヲタクではあるが、そんな私でも何を言っているのかほとんど分からない。


「ふむ。そうか。クラスメイトなのか」


「私……王子って呼ばれてる子知ってます……同じ学校だったから……中学生の頃からレズビアンだって公言してて……」


 そう語ってくれたのは二年生の鳴海なるみ聖蘭夢せらむくん。


「王子って、安藤あんどうさんの従妹だって言ってた子?」


「うん……空美そらみちゃんの従妹」


「マジで?空美の従妹?似てねー……正反対じゃん」


 安藤空美というと、二年生の有名な子だ。音楽部でバンドをやっていて、担当はドラム。


「音楽部のドラムの子」


「あぁ、クロッカス……でしたっけ」


「そう」


 安藤くんは王子というよりは姫というイメージだ。


「けど凄いわねぇ。自分はレズビアンですって堂々と言えちゃうなんて」


 雅が言う。部員達の出方を伺っているように見えた。ちらっと彼女に視線をやると、こくこくと頷いた。カミングアウトのタイミングは任せるという意味だと解釈して頷く。


「アタシは別に悪いことじゃないとは思うし、堂々としてもらった方が楽だな。まぁ……そう簡単に出来ない世の中であることは確かかもしれないけど」


「……そうだな。ちなみになんだが、実は私、みゃーちゃんと付き合ってるんだ」


 話の流れでしれっとカミングアウトする。場の空気が静まり返り、雅には首を振られた。


「……タイミングを間違えたみたいだな!」


「いや、うん……大間違いだと思います」


「冗談では……無さそう……」


「このタイミングで冗談言うとは思わないけどさぁ……なんで今?」


「いけそうだったから!」


「いけそうだったからじゃねぇよ」


「ちなみにいつから付き合ってるんですか!? キスはしましたか!? どっちから告白したんですか!?」


 白井くんが目を輝かせる。そうくることは予想していたが、思った以上にぐいぐいきた。雅に助けを求めると、彼女はくすくすと、どこか嬉しそうに笑いながら語り始めた。


「告白はちーちゃんからだったわよねぇ」


「なんて言われたんです?」


「別に普通よぉ。『付き合ってくれないか』って。けど私、その時はお出かけのお誘いだと思っちゃって。ふふ」


「『どこに?』って返されて拍子抜けしたよ……。まぁ、あれは私の言い方も悪かったんだが……」


「焦ったいラブコメみたいなやりとり」


「ちーちゃんが私のこと好きだなんて、全然想像もしてなかったもの」


「で?」


「『恋人になってくれ』って、改めて言い直して……そこから半年以上待って、卒業式の日にようやく返事を貰ったんだ。というか……」


「一ヵ月くらい悩んで、付き合う決心をしたの。それで、ちーちゃんにもそれを伝えたと思っていたのだけど……」


「なんも言われとらん!」


「ごめんねぇ」


「未だに怒ってるんだからな! 半年も待ったんだぞ! 一生言ってやるからな!」


「好きよ。ちーちゃん」


「誤魔化そうとするな!」


「もう許してよぉ……」


「部長、大変です。リーリエが百合の過剰摂取で死にかけてます」


 百合岡くんに言われて白井くんの方を見ると口から魂が抜けていた。


「どういうことだよ」


「白井さーん。大丈夫かー?」


「起きろ!白井くん!……くっ……私がカミングアウトしたばかりに!」


「……部長、不安そうな顔してた割に元気っすね」


「ふふ。ホッとしたんでしょうね。……私も今、ホッとしてるのよ。……周りはみんな異性との恋愛話で持ちきりになっていて、私達も当たり前のように異性を好きになるって思われていて、女の子と付き合っていることを打ち明けたらどんな反応をされるんだろうって怖かったの。私も、多分、ちーちゃんも。……黙っててごめんなさいね」


「……誰だって、そうだと思います……自分のことを話すって、凄く勇気が居るから……」


「誰と付き合ってるとか、いちいち公言する義務は無いですし、隠してたからって別に誰も怒りませんよ」


「……私も、リーリエに出会うまで、百合が好きだってあんまり人に言えなかったんですよね」


「今はめちゃくちゃ堂々してんのに?」


「あいつに出会って開き直りました。私よりやべえ奴いるじゃんって」


「おい。聞こえてるぞ相棒」


「アタシからみたらどっちもどっちだけど」


「ええ!?私、リーリエよりはやばく無いですよ」


「変わんねぇって」


「いやいやいやいやいや……」


「ふふふ」


 部室に笑い声が響き渡る。あの時、彼女への想いを否定しなくて良かったと心から思った。そして、誰もが性別を理由に恋心を否定しなくて良い世界になることを心から願った。

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ちーちゃんとみゃーちゃん 三郎 @sabu_saburou

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