第3話:告白

 それから一年弱が経ったが、私はまだ彼女に告白できずにいた。志望校が同じということや、彼女が恋愛に対して消極的ということもあり、まだしばらくはこのままでいいだろうと言い訳していた。しかし、ある日のこと、彼女が同級生の男子と付き合っているという噂が流れ始めた。彼は雅と同じ部活で、割と仲が良かった。雅はただの友人だと否定したが、彼の方は満更でもないようだった。

 ある日彼が「本当に付き合っちゃう?」なんて彼女に冗談を言って困らせている場面をたまたま見かけた。私は思わず二人の間に割り込んだ。


「相変わらず仲が良いな。噂になってるぞ。恋人が嫉妬しちゃうんじゃないか?みゃーちゃん」


 私がそう言うと、彼はショックを受けたような顔をした。雅は気まずそうに「そうなの。私、付き合ってる人がいるから、ごめんなさいねぇ」と彼に謝る。すると彼は引き攣った顔で「冗談に決まってんじゃん。何勘違いしてんの。美人だからってさ。自意識過剰だよ。てか、彼氏居るなら最初から言えよ」と早口で吐き捨てて逃げるように去って行った。


「……なんだか、嘘ついちゃって申し訳ないことしちゃったわねぇ。けど私、好きじゃないって何度もはっきり言ってるのよ。……どうして誰も信じてくれないのかしら。ねぇ、私、そんなに彼に恋してるように見える?」


「見えないよ。全く。向こうは周りに煽られて勘違いしてしまったんだろうな。ちょっと、同情してしまうな」


「……ちーちゃん」


「どうした?おわっ」


 抱きついてきた彼女は震えていた。


「……大丈夫か?」


「……うん。平気よ。ちょっと、びっくりした。そんな風に見られてるって、思わなかった。普通の友達だと思ってたから。……優しかったのは、下心があったからなのかな」


「……」


 泣き噦る彼女を抱きしめる。私も恋愛感情があると言ったら、彼女はまたショックを受けてしまうだろうか。言わない方が良いだろうか。隠し通すべきだろうか。けれど、これ以上彼女が傷つくところを見たくない。誰かに言い寄られている彼女を見たくない。彼女を守りたい。そして、この気持ちを誤魔化したくない。


「……付き合ってくれないか。雅」


 口から出た言葉は完全に無意識だった。私が言い訳するより先に、彼女から「どこに?」と返ってきた。思わず笑ってしまい、緊張が解けた。


「すまん。言葉足らずだったな」


「?」


「……このあと時間ある? 二人きりで話したい」


「……大事なお話?」


「うむ。大事な話だ」


「……分かった。じゃあこのまま、ちーちゃんの家行くわね」


「うむ」


 彼女を連れて家に帰り、私は彼女に想いを告げた。彼女は驚いていたが、否定せずに受け止めてくれた。


「私から向けられる恋心は平気なのか?」


「……えぇ。ちーちゃんは大丈夫よ。ちーちゃんの好きは、性欲だけじゃないって分かるもの」


「……そうか」


「ちーちゃんは優しい子だから。私が嫌がることは絶対にしないって信じてる。私もちーちゃんが好きよ。けど……ごめんなさい。これが恋かどうか分からない。だから、返事はちょっと、保留にしても良い?」


「……うむ。大丈夫。待つよ。あぁでも、卒業までには答えを出してほしい」


「……それまでに出なかったら?」


「その時はまぁ……期間延長だな。けど、私も頑張って自分の気持ちと向き合ったんだ。君も逃げずに向き合ってほしい」


「……うん。分かった」


「ありがとう。……良かった。否定されなくて」


「……否定しないって信じて打ち明けてくれてありがとう」


「前に君『あいつホモらしいよ』って騒ぐ下品な男子を見て『LGBT講習受けたばかりなのに』って呆れてただろう?あれ見て、君のことを信じようって思えたんだ。きっと君は私が何者でも関係なく『ちーちゃんはちーちゃんよぉ〜』って言ってくれるんだろうなって思ってね」


「ふふ。なぁにそれ。私の真似?」


「似ていただろう?」


「ふふふ。全然似てないわよ〜。けど……そうね。誰を好きになろうと、私の大好きなちーちゃんに変わりはないわ。その好きな人が私ってことにはちょっと驚いたけれど。……卒業までにはちゃんと、答え出すわね」


「うむ。あ、私に同情して付き合うとかはやめてくれよ? ちゃんと、私の気持ちより自分の気持ちを尊重してやってくれ」


「大丈夫。ちゃんと考える。ちーちゃんのこと好きだもの。同情で付き合うなんて失礼なことしないわ」


「ふふ……そういってくれるだけでもう、充分すぎるくらい嬉しいよ。ありがとう、みゃーちゃん」


 きっと私は、彼女のそういうところに惚れたのだろう。告白の返事はまだもらえなかったけれど、彼女を信じて打ち明けて良かったと心から思った。

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