第3話 第十地域
方角は北に向かっていると言っていい。外は相変わらず青い雨が降っていたので、通路を出て直ぐの場所で、リュックサックから雨ガッパを取り出し、みんな着替えていた。
青い雨は北に向かう四人の視界を奪っていた。またこの雨は学ラン連中から身を隠すには、丁度良かった。
北の崖の麓を目指す程、足元が少しずつ下に傾斜しているのが分かってきた。青い雨は止み、視界がはっきりして来ると、麓に近づきようがない事が分かった。
北に聳える崖の麓は、大きな谷が形成されており、深さも随分とありこれ以上先に進む事が出来なくなっていた。
「なかなか上手くいかないな。さてどうするか。案がある人は?」とエイジ。
するとセンリが言った。
「ここは谷に沿って東か西に進んで行くのが、いいんじゃないのか。方角は西がいいと思う。東は元来た道に戻るだけのような気がするし、青い雨の地帯にも入ってしまうようでもある」
そして、西方面に谷に沿って進む事となった。
「さっきの話では第一から十五地域までここは分かれていて、第九地域にいる訳だが、広過ぎてどうしたらいいか、さっぱり分からん。その上、城もあると聞く」とエイジは空を見上げながら言った。
「地道に行くしかないのか、突飛な案があるのか。ルウス、君はどう思う?」と大人しいルウスに話を振った。
「私、私はまだなんの能力も出せてないし、みんなの足を引っ張るだけの存在でしかないし、只、みんなについて行って自信を付けたいと思っているの、駄目?」
「大丈夫だよ、ルウス。その気持ち分かったから」とエイジ。
「地図でもあればいいんだけど。兎に角、最善を尽くしましょ」とユラ。
学ラン兵の動きに注意しながら、谷を左に西へと四人は向かった。
一時間も歩くと目の前には高さ三百メートル級のコンクリートの擁壁が立ちはだかって来た。凹凸もなく真っ直ぐに空に向かって聳える人工物に、何か脱出の可能性を感じた。
今度はコンクリート擁壁に沿って南に向かって歩き出した。五十分程歩くと可能性であった出入口が、コンクリート擁壁をくり抜いて現れた。
そこには重そうな木の扉が行く手を阻んでいた。エイジの熱風とセンリの火炎の能力で、続けて放射した。その結果木の扉は広く燃え上がり、黒い炭となって出入口が行き来出来るようになっていた。
四人は第九地域の出入口から警戒しながら新たな地域に脱出した。
ここでも目に付いたのは、「ここは第十地域」という看板や標識やネオンだった。時は夕刻にいつの間にかなっていた。
「ここは第十地域って、数の区切りがいいけど、近いのかしら、脱出口?」とユラが崖を見渡しながら呟いた。
それを聞いたエイジは、
「そうかもしれないし、そうだと嬉しいけど、そうじゃない可能性が高い」と話を締めくくった。
「まだまだ先だと俺も思う。城も確認してないからな」とセンリ。
「城だよな」とエイジが呟いていると、腰掛けるのに良い岩場が現れ、そこから南に沿って海岸線のように大きな泉が現れた。そこには岸辺に沿ってパラソルが並んでいた。
「泳ぎましょっか?でもみんな重たい、腕、足を持っている。不便ね。記憶が戻る可能性が少しも感じない」とユラ。長い溜め息をついた。
「泉の方には行かない方がいいと思う。ここの崖地は突飛な事が起こり過ぎるから」とエイジが言った。
「ここの崖地から上に昇れるような階段を探さないか?」とセンリが言って上を見上げた。
と突然センリは、パラソルに駆け寄って、一本引き抜くと、畳んで槍投げのようにパラソルを泉に放った。
「生き物にでも当たるかなと投げたが、どうか」とセンリは泉を覗き込んだ。
「なんでそんな事をするの」とユラが岸辺から離れながら声を上げた。
しかしパラソルは着水前に空中で開いてしまい、ゆっくりと泉の水面に当たり、じわじわと水中に消えて行ってしまった。
「これ泉にあまり影響はないと思う」岩場に隠れていたルウスが細く呟いた。
パラソルが見えなくなって暫く経った。
ルウスの呟きを聴き取ったユラは、岸辺に近づいて行った。
その時、急に地面が揺れ出してはパラソルが倒れ出し、地面がまるで地震を受けたかのようにヒビが入り、そのヒビはルウスが立っている足元まで、届きつつあった。
ヒビが大きくなっていった時、泉の水がルウスの網目状の左足の踵から、足の体積以上に左足に吸い込まれ、どんどんと吸い込んで行った。
エイジは咄嗟にルウスの両脇を抱えて、裂け目から彼女を助けようと試みた。しかし、水分を大量に蓄えた彼女の重さは尋常じゃなかつた。センリに大声で助けを呼び、ルウス救出を頼み込んだ。
センリもこの状況を招いた張本人として、いそいそと手助けに回った。
ルウスはエイジの唇を噛み切るような痛みと共に目覚めた。彼女は自分を大きく包み込むような水のゼリー状の固体に包まれていた。身体を起こそうとすると、水の固体はまとわりつきながら起き上がるのだった。
口の部分に空いた筒状の開口部で、彼女は外気を取り込み呼吸し、話すのだった。
「私はどういう姿をみんなに晒しているの?」
口を開いたのはエイジだった。
「目に映るのは君の身長の三倍近くはあるプルンとしたゼリー状の水、そしてその中に君はいる。でも呼吸し話せて、みんなと意思疎通は出来るから」
ルウスは確かめる為、全身を起き上がらせようとした。水は重力を無視してルウスに張り付き、彼女は立ち上がり、仲間たちを見渡した。
みんなを下に見下ろす感じがどこか寂しさを感じた。泉は干上がってかつての面影はなくなり、パラソルだけが散見した。
ルウスは自分だけ妖怪のようになったようで気味が悪かった。センリを遥かに超える背丈、それにこうなった以上自分の能力を確かめたくなった。網状の左腕に力を込め続けた。
するとゼリー状の固体を突き破って、微かに濁った液体が放出された。それは放物線を描いて二つのパラソルに当たったのだった。
これが私の能力かと暫し呆然と立ちすくむルウスだった。
ただこれと言った気の利いた言葉をかけるわけでもなく、ルウスが落ち着くと、泉跡を背にし、右側の崖を北にして進んで行った。
次の地域を目指して。
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