第2話 逃走

 緊張感からか無言で歩いていた一行は、三十分程過ぎた所で、左右に伸びて建つ木造白壁の建物を目の前にした。正面に見えた小窓からは白く明かりが漏れていた。

「中に人がいるのか?」とセンリが列の前に出てきて言った。

 その時、小窓の明かりが動いたのを皆見てしまった。皆は一様にざわついた。

「どうしよう」ルウスは不安を漏らした。

 気付かれないように進む方法をルウスを除く三人で考えていたが、過去の経験が記憶と共に失くしていたので、良策が浮かばなかった。

 エイジは自分たちの移動を注意して、建物から少し離れて、霧の中に皆が隠れて移動出来れば、逃げられるのではないかと考えた。

 センリはエイジ、ユラの能力を使って、目の前の建物を燃やし、破壊することを考えた。

 ユラはルウスの気弱なところを心配していた。

 みんな考えた事をそれぞれ隠れて発表した。センリの案は危険だと却下されて、状況に柔軟な考えをしているエイジの案が採用される事となった。

 みんな、建物が見えるか見えない距離まで移動して、西方向に静かに歩み出した。建物の角を北方向に更に前進すると、さっきまであった白の建物が見えなくなり、消えてしまったのだった。

 視界がほとんどきかない中、位置確認をしていた建物がなくなったのである。その時、西方向から、黒い大きな金属板のような物が、地上すれすれをエイジたちがいる方向に向かって、素早く突き進んで来た。

 そのまま、動揺していたエイジたちを板の上に乗せて、そのまま消えてしまったのだった。

「確保、四人」とスピーカー越しに声が崖下に響き渡った。


 四人が寝そべって目を覚ました時は、明かりが強く、いる場所を確認する事が難しかった。しかし徐々に明るさに慣れていくと、どんな所にいるか分かって来た。

 建物の中は幅が三メートル程で、その幅に一台ずつ、白いベッドが置いてあった。とても縦長の空間で、彼らからは長さが確認出来ない程だった。ベッドは白い壁に寄せてあり、四人の丈夫な金網の手足を、壁から出ている太いワイヤーで固定して動かないようにしていた。

「特別な来賓の前で暴れられたら、困るからな」誰かが言った。

 ゆっくり革靴の音が近づいて来た。

「無礼のないように」

「陛下、こちらがあの地下施設から脱出に成功した四人です」と上官らしき者が。

「よく出る事が出来たものだ。大したものだ。引き続き逃走を監視したい。拘束を放たれよ」

 五、六人が手分けして拘束を解くと、大きな深呼吸が聞こえた。陛下という者を見たかったが、もう既にいなくなってしまっていた。

 みんな、ベッドから立ち上がらされ、その後、この建物から出るよう促された。縦長の建物を端まで歩かされると、外に続くドアを開けられ、みんな、強引に外に押し出された。

 詰め襟の真っ黒な上下学ランの者から、ラフなシャツにジーパン姿の四人が建物内から追放された。

 四人は陛下に感謝した。

 外から建物を見ると白い外壁で出来ていたので、一度見た建物かと考えた。

 この付近は少し前、危険だったので、進行方向を西に進む事にした。みんな、賛成だった。

 霧が少し晴れ、朝日だろうか付近を照らし出すと、二〇分程歩いた所に、荒れ地を削って沼地が大きく現れた。

「こんな場所に何か逃走ミッションがあるのだろうか」エイジは頭を捻った。

 沼地までの法面が傾斜がきついので、一度法面に乗ると沼まで真っ逆さまだったろう。

 エイジはこの辺で一服出来そうなので、自分の能力「灼熱」のコントロールの練習を考えた。鉄格子の場所にいた時のように、その時の感情を思い出した。

 不安、緊張、恐怖の感情を高めていき、右の金網の腕を沼地に向けた。

 少しだが熱風が放たれ、時間は数十秒だった。彼はこれを慣れるまで繰り返し鍛錬をした。

 ユラもエイジにならって、自分の能力をコントロール出来るように励んだ。地面を揺り動かす能力は始め直径一メートルが限度だった。

 しかし繰り返し繰り返し地面を揺らしていると、直径五メートルの範囲を揺らす事に成功した。

 そして更にユラにはもう一つの特別な能力が備わっていた。

 地面を揺らす練習をしている時、誤って網状の金属の足を前に蹴り上げて後ろに倒れてしまった。立ち上がって沼の方を見ると、彼女の位置から、霧で見えなくなるまで、一直線の法面を深く切り裂く裂け目が出来ていた。

 ユラの位置からは見えなかったが、聳える崖にも深々と傷が出来ていた。彼女は地面岩盤を操る力を習得していたのだった。

「ユラ、随分早く能力を身に付けているみたいだな」とエイジが関心するように言った。

「ありがとう。早くここを脱出したいし、記憶を取り戻したい。センリとルウスも強い能力を持って欲しい。期待してるの」

「そうだったら、嬉しいんだけどな」とエイジが言った。

「いつ能力に覚醒するんだろうね」とユラがうなずきながら言った。

 いつの間にか二人の元に、ルウス、センリが合流していた。

「何か発見でもあったか」とセンリ。

「この灰色の沼地、気味が悪い。何か出て来そう」と、不安げに呟いたのがルウスだった。

「この沼地に来て暫く経つけど、特に沼では何も起きてない。大丈夫。その間に俺とユラが、特別な能力をコントロール出来る鍛錬をしていたんだ」とエイジがルウスに説明した。

 どんな力がコントロール出来るようになったのか見せてあげると、堂々と沼地の法面ギリギリに立ち、右腕の網を持ち上げて沼に向けた。

 不安、緊張、恐怖心をエイジは高めた時、うねるような強風に高熱を乗せて、沼地に放った。沼地全体から温泉のような湯気が立ち出した。

「ねえ、ルウスにセンリ、私の周りを見てみて」とユラが退きながら地面を見せると、円形のひび割れが何個所も出来ていた。

 これらに特に驚いたセンリは、自分の感情のうち怒りをコントロールして、まだ見ぬ能力を夢想した。

 ルウスは恐怖で震えていた。

「ここはもう何も収穫するものは、ないと思う。ずっとここから北を目指して進もうか」

とエイジが声を上げた。


 この頃には冷気はなくなり、霧が晴れたかのように、視界が鮮明になっていた。

 見えて来たのは、「ここは第九地域」という看板や標識が、目に付く所に幾多にも掲げられている事だった。

 右手の白色の建物の上、影、下、至る所から狙撃手がエイジたちを狙っていた。

 四人が拘束されていた白い建物が左手に見えたが、それは一棟だけではなく、四棟はあった。そこにも狙撃手が至る所に構えているのが見えた。

 この状況で四人に緊張が走ったが、エイジ、ユラ、ルウスは静かに荒立てる事なく、突っ切って行く考えだったが、センリは違っていた。

 彼はいつの間にか能力を引き出す事に成功し、金網状の左足の先端から煙と炎が立ち込み、表情は紅潮していた。

 座り込んで左足を上方向に掲げると、炎を噴射させた。炎は放物線を描きながら左手の白い建物に当たり、二棟目、三棟目、四棟目と火を付けて回り、空中の炎は消えてなくなっていた。

 センリの金網状の足は黒く常温に既に戻っていた。四棟の建物の方に目をやってみると、火は大きな炎となり、建物を赤く覆い尽くしていた。

 全焼と言っていい白い建物は柱、梁などを真っ黒にし、その立ってる黒い構造体は、四、五本といった所だった。

 当の本人は自ら生んだ火炎の地獄絵に、腰を抜かしているようだった。狙撃手もこの光景では助かるまいと思うと、安堵し、力に恐怖し、みんなは複雑な感情を持ち、苦しめられた。

「初めてで加減が出来なかった」とセンリ。

「俺ももっとコントロール出来るようにしないと」とエイジが続けた。

「感情任せじゃ・・・」とユラ。


 ようやく起き上がる事が出来たセンリは、皆の会話に入り次に向かう方向について、意見を出し合った。

「じゃあ視界が開けている北方向で」とエイジ。

 そうみんなで意見が固まると歩み出した。

 黒々と焼け焦げた残骸を東に見ながら進んだ。

 ジーンズから突き出た黒い網目状の足は、歩く度にセンリとユラの足の付け根に食い込み、義足としての役割は持っていなかった。

 チェックのシャツから突き出す黒々とした網目状の腕と手は、歩く度にその重さでエイジ、ルウスの歩むバランスを崩させ、腕を代替する役割を持ち得ていなかった。


 霧が晴れて辺りの様子を見回してみると、ほぼ四方は崖が立ちはだかっており、西側だけがコンクリートの擁壁で塞がれていた。

 今彼らが立っている位置からは、一キロメートル四方の崖の底におり、その深さは三百メートルを超えていた。

 彼らのここの地理に詳しくない事と、何の道具を持ち得ていない状況では、ここからの脱出はほぼ絶望的であった。

「このまま直進していく?」とユラ。

「どうしよう?」とルウス。

「直進出来るとこまで行って、崖の足元に何か手掛かりでもないか探すのもいいんじゃないか」とセンリ。

「それはいい案だな。行こう」とエイジ。

 エイジの一言で皆それに賛同し、そのまま直進する事になった。


 五分程経過すると、東側から何やら、

「パシャ、パシャ」

「パシャ」

「パシャ」

 とカメラのフラッシュをたくような音が四回なった。その後は砂利を踏む音だけになった。

 すると空からポツポツと雨が降り出した。青い雨だった。

 みんな、気味が悪くなり濡れながら駆け足になった。するといつの間にか屋根のある通路に迷い込んだ。


 暫くすると目の前には一人の男(上下学ラン姿)がテーブルを介して、こちらを見て座っていた。

「本番まで余り時間はないですが、あの地下施設から脱出したのは本当に凄い!色々TVショーでは質問されますけど、話に盛って笑えるようにして貰えばいいので。笑顔で辛い事も話して笑って楽しみましょう!視聴率!」

「質問については、ここに内容挙げてる用紙があるので、安心して下さい。TVショーは編集されますので安心して下さい。では楽屋に案内します」と一方的に男は話すと立ち上がり、エイジたちを案内した。

 楽屋のタイル・カーペットに皆座ると、堪らず横に倒れ大きく溜め息をついた。暫く誰も喋らず、呼吸の音だけが、響いていた。

 部屋の鏡には薄汚れた自分たちが映っており、顔や肌には青い雨が伝った跡が幾重にもあり、この見た目のまま、TVショーに映されるのか、嫌そんなはずはと、ユラは考えていた。

 床のカーペットを汚したが、いいのだろうかと、ルウスは思っていた。

 質問内容はこうだった。


・四人脱出後の気持ちと後悔は。

・四人は何者なのか。

・四人は互いにどんな印象を持っているか。

・四人各パーツがないが心当たりはあるか。

・四人はそのない腕や足、どうなっているのか。

・四人は網目状のパーツをどこで手にした。

・四人は施設の前はどこにいたのか。

・四人の関係の深まりは。

・最後に四人の汚れ具合は、はた迷惑だ。


 質問の内容が脱出劇とほとんど自分たちに関係せず、彼らそのものについての尋問内容にほど近かった。

「後、五分で収録なので、よろしくお願いします」と声を掛けに先の学ランが来た。

「この質問だと答えられないぞ」とセンリが声を上げた。

「大丈夫です、大丈夫です。Fスタジオになりますので」と言いつつ、楽屋を後にした。


 収録は開始された。

 司会の男は濃い緑色の学ランを着て、学帽を被っていた。「ひひひ」という笑い方が一癖あり、前歯が隙歯だった。

 比較的ゆっくりとした進行で質問がされた。予想通り答えに窮する質問の時は、上手くいかずにカットが入ったが、答えられる質問をディレクターと確認して、進行していった。

 何者で、ない腕や足について、地下施設の前はどこにいたか、はた迷惑な格好について、これらには答えられなかった。

 さっきの楽屋に来た男が又、現れてこれで収録は終了だと告げた。ただしかし、収録で答えられなかった事はこれから答えてもらう必要があると言うので、四人はかなり不満を呈した。学ラン男が楽屋に案内し、互いに向き合った。

 男が言う。

「では、四名様は何者なのですか」

 それに対してエイジは答えた。

「今いる場所もどこか分からず、目が覚めたら地下施設の櫓の上だった、としか言いようがない。自分たちも過去の記憶がない。ここはどこなのだ?」

 男は少し笑みを浮かべて、

「分からないものは分からないと。はい。ここは第九地域で、私の知る限り第一から第十五地域まであり、一つの城下を形成しています。それでは、腕や足が欠損して金属パーツへと代わっていますが、どうしてですか」

 センリが質問した。

「城主がいるのか、建物にいた陛下が、城主になるのか?」

 男は笑顔を消して言った。

「それには答えられません。機密事項なので」

「おかしい!」ユラが言った。

「そういう立場でいる事をご理解頂きたいです。私の話す内容が話せる限度になります。腕や足については?」と男は言った。

 今度はエイジが答えた。

「これはこちらが訊きたかったが、知らないのか。俺も分からない。気づいたらこういう身体、こういう服装だった。欠けている個所がみんな違う」

 男はにやりとして質問した。

「手足の事で話してない事があるのではないでしょうか?」

「あ、特別な力が各人に備わっている。私は地盤を揺らしたり、裂いたりする能力がある。彼は熱風を出す能力、その彼は火炎を放射する能力、彼女は分からないわ」とユラが説明した。

 男はうなずき又、四人に質問した。

「施設に来る前はどこにいたのか?」

 暫く沈黙があり、ユラが話した。

「それはとても変で、私たちは施設のベッドの上からしか記憶がないのだけど、あそこの施設はそちらの管理下にある訳だから、少なくともあそこまで連れて来たのは、そちら側じゃない?あなたたちの方が記憶、記録を持っているはずでしょ?」と言い放った。

 真顔で聞いていた男は、沈黙を暫く貫いた。

「ここに来た理由や腕や足の事、過去の記憶の事が分からないので、助けて欲しいの!」

 ユラは叫んだ。

 しかし、男は触れられないと思っているのか沈黙をするばかりだった。

 だが、すっと立ち上がると、先程のTVショーの収録内容は城下に生活する自分たちの娯楽となり、また城下全体にエイジたち四人の姿形、性格、雰囲気を伝達する手段であり、城下内で四人を監視し始めるゴーサインが降りる意味だと説明した。

「これで可能な限りの四人の逃亡者情報を引き出す事が出来たので、編集に回します」と学ラン男は言った。

「後はご自由に。出口はドアを開けて右側に直進すればあります。あ、それと」と男は言い、楽屋を後にした。

 暫くして男は戻って来ると、オレンジ色の非常用救難袋を人数分四つ(リュックサック型)持って来て渡して回った。ありがたい事だったが、これで逃走しろという意味で非常に立場が弱い事を痛感させられた。

 そして四人で楽屋を後にした。

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