区画地域
幾木装関
第1話 隔離
登場人物
佑半エイジ 灼熱、渇き
佐半ルウス 汚染水
佑下ユラ 地震
佐下センリ 火事、火災
首里乃シロシ 吹雪
内乃ショウ 台風
アメン・ロースト 城主
第九地域は広い荒れ地で、北、南、東は切り立った崖になっており、西側は高いコンクリートの擁壁で仕切られていた。第九地域の南西端の崖に埋まるように、その隔離施設はあった。
隔離施設でたった今、目を覚まそうとしていたのが、「佑半エイジ」であった。
不意にスピーカー越しに音楽が流れた。
「ハッピー、バースデー、トゥー、ユー。ハッピー、バースデー、トゥー、ユー。ハッピー・・・ジジ。」
最後にスピーカーはノイズを残して静寂を施設に残した。
身体を動かせると思った佑半エイジは、寝そべってる姿勢から起き上がろうとした。彼が寝かしつけられていた物はスプリングの効いたベッドではなく、木製の框扉だった。
施設内空間はかなり薄暗く、一メートル先も見えない程だった。起き上がろうとした時、エイジの頭部に激痛が走り、再び木製の扉に身体をぶつけるように横たわった。
痛みを堪えて、慣れてきた目で天井を見上げると、僅か一メートル高さにコンクリートの天井があった。危険を感じた佑半エイジは、寝ていた木製扉から下を大きく覗き込んだ。
見えづらい暗闇が広がっており、その奥底から木材の櫓を組んでエイジのいる高さまで、木製ベッドを作り出していたのだった。
すると又、声が響いた。
「ジジ、バースデー、ディア、佐半ルウス。ハッピー、バースデー、トゥー、ユー。」
ここには自分以外の人間がいるというのだろうかとエイジはおののいた。更に驚く事がエイジの身体に・・・
右腕、右手首を掴んでみると、硬い金属の網で出来ており、肘の関節は金属の球体に代わり、掌は各五本の鉄板を関節ごと黄銅ネジで締め付けられ作られていた。
不自由な作りだった。形こそ金属の腕と手であっても、自身の意思で動かせるものではなかった。エイジは左手で頭を抱えた。
エイジは角張った胴体を持つ男性で、名前は知るが記憶は持ってなかった。
佐半ルウスが同じ施設にいるらしい事もやや気になるが、この不安定な木製櫓のベッドからいち早く降りてしまいたいという欲求が強くまさっていた。
ここがどこなのか、どこから来たのか、自分は誰なのか、そんな不明瞭な状況を抱え、櫓の塔を降ろうとしていた。
櫓を降りている時、右腕はほとんど役に立たなかった。先に両足を下に下ろし、安定を確認したら、左腕を下ろして一つ下の木材を掴んだ。この動作を時々吹き付ける冷気を感じながら、底部を目指した。
櫓を一段一段と降りて行き、右足が硬い平面を捉えた時、施設の底にたどり着いたとエイジは束の間に安堵した。
両足を底に付けて身体の重心を安定させると、左から右へと吹き付ける冷気の流れを確認した。冷気の風上に向かって進めば、出口に向かえるかもしれないと、エイジは考えた。
エイジが櫓から手を離した時、又声が響いた。
「E一ベッドの重量が六一キロ軽くなりました。注意報、注意報」
この声に監視されていると感じたエイジは、激しく動揺したが、その後続けざまに又声が響いた。
「R二ベッドの重量が四四キロ軽くなりました、注意報、注意報」
「この声は、施設の櫓を管理するコンピュータの声なのか。重量は俺ともう一人、ルウスといった女の事なのか」
エイジが小さく呟いた。そして、
「冷気の風上に急いだ方がいい。位置を特定される前に。いやずっとこの施設にいる限り、特定され続けるのか」
左手から吹き付ける冷気に向かいながら、考えていた。
エイジが走っている時の金網の腕は、あまりにも不自由で、この右腕を呪った。動く事もなく、重く右肩に負担をかけ、軽い痛みさえ伝わり、首から後頭部の筋肉を強張らせるのだった。
進んでいると冷気の新鮮さや酸素の濃度が増しているような気がして、この判断は違ってなかったとエイジは感じた。
さっきの重量センサーが声を発して以来、施設は沈黙を保っていた。
少し暗闇を進むと右手の金属板の指が、壁をとらえた。左手で感触を確認しようと、掌で壁を触れてみた。
触れてみたら冷たく、縦に継ぎ目が確認できるコンクリートの素地だった。更に左肩を軸に腕を伸ばしてぐるっと触れてみた。すると、相当な壁が垂直方向、水平方向に広がっていた。
冷気はというと、触れた壁に沿って、右方向からエイジに向かって吹き付けていた。
「A一エリア、確認」
施設内に声が響き渡った。彼は見つかったと焦りを覚えた。
とにかく風上に向かって急ぐしかないと覚悟した。右に向き直り左掌をコンクリートの壁に添えて、走力を上げて走り出した。
しかし右の金属製の腕が通路を阻み、櫓の木材を削ったり、割ったり、押し曲げたりしていた。
「C六エリア、移動確認」声が響いた。
「A二エリア、確認」声が響く。
エイジは右腕を左腕で固定するように身体の芯に寄せた。そして再び風上に向かって走り出した。
「A一ベッドの重量が四八キロ減りました。注意報、注意報」
A一櫓に人がいたのか、C六エリアに動いている何かがあるのか、と呟きながらエイジは櫓の構造体に身体が当たらないように先へと進んだ。
「A六エリア、移動確認」と声が響き渡った時、A六櫓の足元にエイジはおり、冷気が上部から流れてくるのを見上げた顔で感じていた。
A六ベッドを高く目指せば、冷気の流れを追って施設出口を目指せるのではと考えた。
近くでどさっという物が施設の底にぶつかる音が響いた。そしてつかさず、
「B五ベッドの重量が七八キロ減りました。注意報、注意報」
至る所で施設の機械の声が益々増えて、エイジはいらいらの中、集中力を奪われていた。
何故、人がこんなに施設を動き回っているのか、しかし何にも遭遇する事がない、彼の警戒心は益々高まっていった。
かまってられない。早くここから逃げ出さないと。死ぬまでここにいるなんてお断りだと思っていた。
A六櫓の木製の構造体を左手で掴みながら、必死になって両足を木材にかけた。左手を更に上の木材に伸ばして、両足を上の段に乗せた。これを汗をかきながら、上へ上へと繰り返し登っていった。冷気は確実に新鮮さを増していった。
そしてA六の木製櫓は見えないが、上下にしなる音が幾つも確認出来、エイジの鼓膜を震わせた。人なのだろうか。似たような境遇の。
櫓の頂上に達した時、ベッドの木製框扉が敷いてある事を確認した。彼と同様に生き物が櫓の頂きまで、次々と到着している気配を感じた。
コンクリートの天井にぶつかった冷気は、方向を水平に変えて、四角い断面のダクトの中から流れ出していた。この先に出口があるだろうとエイジは考えた。
彼がダクトに向かって壁と櫓の隙間を飛び越えようとした時、ベッドの木製框扉が、ガタガタっと音が鳴り響いた。何かが乗り上げた音だった。
「A六ベッドの重量が一七〇キロ増えました。警報、警報」
エイジは三つの重量の生き物、人間を含めてベッドに乗り込んで来たと推察した。警報ときたらこれは危険だ、急がなければと汗を払った。
佑半エイジが這って通るダクトは、進行方向の前方から後方に向かって冷気が流れていた。
行ける所まで行こうと決めたエイジは、先へと進んだ。暗い中を進んでいると、コンクリートのダクトスペースに右側から、薄ら明るい光が差し込んでいる個所がひとつ見えた。
近づいて見てみると開口には頭も通らない縦格子の太い物が並んでいた。頑丈に出来ており、ねずみなら通れる程の格子だった。どんなに動かそうとしても、びくともしなかった。
エイジは何か案を考え出すまで、時間を味方に暫くあぐらをかいた。
「ギー、ギー」とコンクリートを引っ掻く音と共に、彼が通って来たダクトの右手から、冷気に向かって進んでくるのは人間三人だった。ぱっと見、普通の女二人、男一人だったが、彼らもエイジと同じ欠け落ちている個所があった。
太い金網がそれぞれの個所に巻き付き、彼らはエイジと同じく辛そうだった。一人の女は、「佐半ルウス」と名乗り、左腕が丈夫な金網に代わっていた。
「佑下ユラ」と名乗る女は、右足が太い金網に代わっており、歩行が不自由な様子だった。
「佐下センリ」と名乗る男は筋肉質は肉体を持っていたが、左足が丈夫な金網にとって代わっていた。
エイジが三人に面識があるのかと訊ねると、このダクトで初めて会ったと答えた。
センリがどうして何もせず佇んでいるのかと訊ねて来たので、外に繋がる縦格子が強固で頑丈な為、今、策を考えているとエイジは答えた。
センリが力には自信がある方だというので、格子を広げて通れるようにしてもらう事を皆期待した。すると五センチ程広がったところで、センリがギブアップした。
「そもそも俺らの身体に付いているこの金網パーツはなんなのだろうか」エイジは訊いてみた。しかしそれに答えられる者はおらず、又、ここにいる以前の記憶を持ち合わせている者もいなかった。
「ここはどこなの?外を見てみたい」と佑下ユラが言うので、彼女を開口部まで案内した。
「ほんと。これでは外には出られないわね」とぼんやりと霞がかった外を見ながら、少し広がった縦格子に頭を無理矢理入れようとした。
やめた方がいいとエイジが言うと、ユラは痛みに耐えられず、喚き出し、無意識に両足をダクトの底面に付けた。
すると、彼女の頑丈な金網の足が激しく振動し出すと、それは底面に伝わり開口部付近を激しく振動させた。すると縦格子を固定するコンクリートがぼろぼろと割れ、縦格子が一本一本と倒れていき、ダクトの開口部から格子がなくなり、人が通れる広さが確保された。
みんなはユラが引き起こした事に驚き、注目して彼女を見つめていた。そういうユラも自分自身に混乱していた。
「何をしたの?私どうしたらいいの?足が痛いの」とユラ。
「兎に角、ユラを補助して外に出てしまおう」とセンリが皆に声をかけた。
格子が外れたダクトの開口部から、四人は施設の外へと出ていった。ユラは男二人に抱えられ、その三人の様子を伺いながらルウスは一人、少し距離を取りながら歩いていた。
施設の外は視界が悪く、冷気に満ち、地面は砂や石が転がる荒地だった。上を見上げると高い崖が天に伸びていた。
「ユラ、痛みはどうだ?」とエイジが訊いた。
すると、ユラは、
「右足の付け根と左足全体が痛いの」と痛みを我慢するように答えた。
「あの崖の麓で休憩を取ろう」とセンリが少し離れた所にいる佐半ルウスに向かって声をかけた。
霧で視界の悪い中、少し戻る形で崖の麓を目指し、四人は岩に寄り掛かり休憩を取り始めた。
「ユラの地面のコンクリートを破壊する能力には、驚いたわ」とルウスがユラに言うと、
「何であんな力があるなんて、知りも知らなかった。みんなも持っているかも。空気中の水分が肌に当たって気持ちがいい」とユラは言った。
「俺たちにもか。分からんよ。でも持ってるかもしれないな。どんな力が備わっているのか」
センリが言い、更に続けた。
「隔離施設が声やセンサーで固められてたから、この外も似たような環境だと考えた方がいい。みんな緊張を取ってリラックスした方がいい。それぞれのやり方で。俺はこの切り立った崖に張り付いて、冷たさを感じたい。深呼吸をしたい」
そう言うと女たち二人もやりたいと言うので、センリの行動に習おうとした。
ユラはやはり歩行が痛みから辛さそうだった。ルウスは二本の足でしっかり崖の麓まで歩いて来た。エイジは休憩よりも喉が渇いて水がまず欲しかった。
冷気には細かな水分が含まれていたが、それだけでは全然足りなかった。知性的に見えるユラに水に辿り着けそうな場所を訊いてみた。
「みんなからあまり離れると困るから近場がいいと思う。因みに崖の表面は水で濡れているけど、飲める程はないから・・・ひょっとすると、壊したダクトの開口部の穴に溜まっているかもしれない」とユラは考えながら言った。
なかなか現実的な意見を言うとユラに関心したエイジは、ダクトの開口部に戻って行く事にした。
現地に着き、開口部の所を見てみると、確かに水分で色が染みている、底面のコンクリートが確認出来た。近寄ってみると、格子が刺さっていたコンクリート周りは穴に水が溜まっていた。十個所以上はその穴があるので、水は充分量だった。
地面に這いつくばり、穴に溜まった水を一個所ずつ口に含んでいった。
半分程飲み切った時、ダクトの奥、直ぐ近くから物音が響いて来ていた。エイジに緊張と焦りが走った。そしてダクトの中に向けて、右腕から高熱で乾燥し切った猛烈な風が吹き込み出した。
熱風は水を乾燥させ干上がらせ、鉄格子を見えない奥へと吹き飛ばし、中の櫓か何かを燃やしているようだった。少し冷静になった時、エイジの右腕の熱風は止まった。
そしてエイジ自身が持つ力は熱と猛烈な風だと知った。水が渇いた事を悔やみながら、皆の待つ所に急いだ。
エイジが戻った時、三人は休憩を終えて囲んで話し合っていた。そこに彼は飛び込み報告した。自分自身にも特別な力が備わっていたことと、熱風系の能力だった事、冷静さを失った時、発動した事。確認されてないルウスとセンリにも特別な力がある可能性が高い事など話した。
ユラの調子も戻った所だから、これからどうするかを話していたと。
「最初の地下施設からここの崖の底の区域に出て来た。ここも何者かに管理されていると考えて行動した方がいい。この水平、垂直の崖を構造物と考えたら、それに直角方向に進んだ方が、次の構造物か建造物か工作物に遭遇し易いと考えた。どう思う?」とエイジが説明した。
「でも・・・」これにルウスが抵抗した。「私たちは出会って数時間だし、お互いの事よく知らないし、特別な力も見た感じコントロール出来ているとは言えないし、ここの地域も視界が悪くて不安だし。もう少し、話し合おう」
これにユラも同調した。
エイジが言うように切り立った崖は、表面に大きな凹凸があまり見られず最小限で、大きく平面で構成されている人工物みたいだった。
暫く沈黙の後、考えた上でセンリは述べた。
「そうだな、ユラとルウスが言うように、急ぎたいのも分かるが、互いが信頼出来る関係なのか話し合おう。それから急いでも遅くない。みんな揃って地下施設にいる前の記憶がないと言うが、それは本当なのか」
みんなゆっくりとうなずいた。それはセンリも又、同じだった。エイジが口を開く。
「不安の根源はここから来ていると思う。地下施設にいた者はこの四人だけなのだろうか」
それぞれが考えた末に、ひょっとしたら誰かいたかもしれないが、確認出来たのはここの四人だけだった。そう不確かさが残った。みんなこれも不安要素だと話した。
自分たちを追う未だ見えざる者たちがいるだろうと皆考えていた。そしてその者たちに遭遇していないという漠然とした不安。過去の記憶のなさが招く自分たちの存在の不確かさ。
この世界が人工物だったとして、どこにどの時代に存在しているのか、その不明瞭さから来る不安。未だ開拓途中の特殊な能力と、それを使いこなせていない現実。
話し合う事で浮かび上がって来た、様々な不安と現実に皆は押し潰されそうな程になっていたのだった。
お互いの事を一様に確認した事で、不安や立ち塞がる現実は解消されなかったが、共にぶつかっている問題が共有され、心が楽になっていた。
一方で不安や緊張を感じ易いのは、ルウスでそれを表現するのは、得意ではない。
人並みに不安や緊張を表現するのは、ユラとエイジだった。怒りの感情に敏感なのは、センリだった。
「それに」とルウス。「それに、自分の性別は何とか分かるかなだけど、年齢、顔つき、身長にこの腕がない事、楽しかった事、その反対や生まれた所の景色とか、もういろいろ知らないのよ・・・」
彼女は悲しい気持ちが抑えられなくなった。冷気に沈黙が混ざり合って、四人を深く覆った。
エイジが励ました。
「いつか必ず根拠はないが記憶が戻って来ると思っているし、そうなるさ。俺たちは見たところ大学生位に見える」続けて、
「これだけ似た境遇の者たちが、四人も揃ってるんだから、嬉しいよ」エイジは言った。
「どう?先に進めそう?落ち着いた?」
ユラがルウスに訊ねると、
「少し落ち着いたわ。みんな過去は分からないけど境遇は一緒だからね。私、大人にならないと。みんなでこの崖から離れましょ」
ルウスは前向きになってきた。そしてエイジが言う。
「ここで問題がある。相手の奴らが武装していたら、俺たちは何も持っていない丸腰って事だ。見た限り武器になるのは、この石くらいだ。かなり問題だ。もっと探してもいいが、時間の無駄のような気がする」
「櫓や鉄格子を作る奴らだ。この先に何か武具があると想定してもいい」とセンリが言った。
エイジは訊いた。
「両足がある俺とルウスが先頭を歩いて、後方を片足不自由なセンリとユラが続く。いいと思うが、どうだろう」
「私は・・・」ルウスが言う。「私、やっぱりここの崖の底が恐いみたいで、先頭を誘導しながら歩くのが難しそうで」
「それなら一列で良くない?先頭からエイジ、私、ルウス、センリで男たちが女たちを挟みながら進むのはどう?」とユラ。
「いいと思う」とセンリ。
「私もその位置だったら安心出来る」とルウス。
「分かった、一列で進もう」とエイジが答えた。拳大の石を各自が持ち、そそり立つ崖を背にして直角に、霧がかって視界の見えない中を北西方向に、遂に進み出した。
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