第五話 星を掴む者
シアの「識る」運命の星、「ヒルメスの姫巫女」の背負う運命は、極めて過酷なものだ。
歴代の姫巫女達は、候補者の中でもっとも優秀な異能者である若い女性が選ばれ、その生涯を「民の導き手」という役割に捧げる事になる。
同時に王の伴侶となることも義務付けられるが、これは王権と近しいことを示すためで、実態は形ばかりの側妃となることがほとんどだ。
最も重要なことは、より優秀な次代を遺すという目的のため、彼女達自らが課した使命がある。
「え、それって逆ハーってこと? なにその乙女ゲー!?」
シアからの依頼――報酬は二級市民の収入一月分相当――を引き受けたヒイロだったが、その後は教団の成り立ちや周囲との関わり、及びシア自身のあれこれについて、より掘り下げて尋ねることになった。
恋する男子としては、後者が特に重要であることは言うまでもない。
そんな中、シアからの要望もあったことでヒイロも猫かぶりは止め、互いに素でやり取りするぐらい打ち解けていた。
(さすがに、敬称略で「シア」呼びはハードル高いけどな!)
二人を取り巻く環境映像は、一面のお花畑から緑溢れる森林へと変わっている。
木々の間を行き交うげっ歯類的な小動物が、白いテーブルの上に器用に登って小首を傾げるあざとい演出をかます。それに素直に目を細めて微笑むシアだが、ヒイロの発した意味不明な単語の解釈に、しばし思考を割いた。
「ぎゃくはー、ですか? ええと、王に対し「側室」が多く居る状況を言うなら、その通りです。姫巫女は優秀な子を遺すため、多忙な国王以外にも、多くの男性と交わることになりますので」
フリーダムに男遊びしまくるだけならまだしも、子を為すことが前提だ。酷い時は長期に渡って「お腹が大きい」状態が続くのだという。女性として見れば、確かに過酷な状況かもしれない。
古来女系の一族であるソラリスの民――いわゆる古代ヒルメス人――だが、そこから男系の一族として分派したのが、現代のヒルメス人であることは何度か語られている。
かつての「大災厄」を教訓として、ともすれば狭い集団内で、血が濃くなり過ぎること――問題点は遺伝的多様性の欠如――を懸念し、積極的に他種族を受け入れ、交わることを選択したグループが、現代のヒルメス人の祖である。
こうして種族的な生存戦略として分派した彼らであるが、特異能力の継承という点で女系に一歩劣ることが次第に明らかになり、この問題に対応するため考案されたのが、王族の傍系として女系的系譜を維持していくこと、すなわち「ヒルメスの姫巫女」という制度の確立に繋がった。
「ところで、姫巫女の子が、王との間の子じゃなくても、問題ないんですかね? 継承権とか?」
「姫巫女の子は、あくまでも姫巫女の系譜として独立していまして、女性であれば自動的に王位継承権から外れます。王の実子であっても例外はありませんね」
恋愛観に限らず、多くの価値観は環境や文化などによって様々であることは理解できるが、まるで女性向けラノベのような状況が実在する事に、ヒイロは思い切り面食らっている。
だが、一番気になっていた事は別のところにある。
「えーっと、シアさんの立場的にはどうなんですか? なんとかの巫女とか言われてるそうですし」
そう遠慮がちに尋ねるヒイロの言葉に対して、シアはカップを傾け一息ついてから、当たり前のように応える。
「『星詠みの巫女』のことですか? いえ、そういうのは無いですね」
シアとしては、操を捧げる相手は生涯ただ一人という、他種族から見てやや古風な価値観を有している。もっともこれは、殆どの古代ヒルメス人に共通する価値観であるが。
一度絶滅の危機に陥った経験からか、身内に対する愛情が天元突破しているのである。
「特に教団には、血族に付随する地位というものはありませんので。確かに、一部特別な『異能』を継ぐことで、一定の役割を占める家系はありますが、それでも実力最優先ですよ」
「ほほう、そうですか」
そう聞いて、内心ホッとする。もっとも、シアは何故そんなことを聞かれたのか、まったく理解していないようで、少々怪訝そうな面持ちで、目の前の男性を見つめていた。
どうも彼女、他人はともかく自身の色恋沙汰については相当鈍いようであるが、ヒイロはまた別の解釈をした。
(まだ恋愛対象として、見られていないってことだろうなあ)
などと落胆しつつも、その程度で諦めるほどヤワな神経はしていないのはお許し願いたい。
ともあれ、まずはしっかり仕事をこなして、少しづつ信頼を得ることだと気を取り直す。
「ともかく、『姫巫女』ってものの役割、有り様については、だいたい把握したと思うかな」
「はい、ヒイロさんは飲み込みが早いので助かります。そして、これからわたし達が逢いに行くのは、その姫巫女の末裔にして、最後のヒルメス王族の子です」
(属性てんこ盛りだな)
属性といえば目の前の女性も大概てんこ盛りだが、それは置いておく。
ヒイロはしばし思案し、今までの情報から立てた推測を開陳する。
「王族だとか姫巫女だとか以前に、その子がヒルメス人で、シアさんたちソラリス教団とも関わりが深いってことなら、類縁として頼るのは自然なものでしょう? なら二つ返事で保護を受け入れそうなものですが」
「それなのですが、今朝になって急に、保護申請を取り消すとの連絡がありまして。それなのにその子、成人式には出席しなかったのです」
いきなり雲行きが怪しくなる。
ヒイロは微妙に目を細めると、今までの推論を修正しつつ、シアに続きを促す。
「前日の段階で、面会の約束は取り付けてありましたので、会うだけならできるのですが。それが『彼女の意志』であるなら、簡単には翻らないだろうなと思いまして……」
「シアさん、ちょっと踏み込んだ話をしますけど」
「え?! あ、はい、なんでしょうか」
真剣な表情で見つめてくるヒイロに、ちょっとだけどきりとしながら、シアは居住まいを正して彼の言葉を待つ。
「実はこの展開、『預言』で解っていたってことは、ありませんか?」
シアとしては、半ば予想していた指摘であるが、いざ面と向かって言われるとなると、少なからぬ動揺を覚える。その真剣な眼差しが、自分の『隠し事』を責めているように見えて、シアの気持ちは俄に沈んだ。
ヒイロにしてみれば、そんな様子を見せるだけで、答えを言っているようなものだった。
ややうつむき加減になって言葉を閉ざすシアに、ヒイロはなだめるような口調で続ける。
「別に、シアさんを責めているわけじゃないですよ? 今日逢ったばかりの俺に、何もかも話してくれるほど信頼されてるとは思ってないですし。なにか理由があるだろうことぐらい分かります」
「ヒイロさん……」
「出会って間もないけど、そのぐらいシアさんのことは信頼してますし。シアさんからも、もっと信頼してもらえるよう、俺も頑張るつもりですよ」
そう言って笑いかけてくれるヒイロを見て、シアの気持ちはまたたく間に持ち直す。元より落ち込みがちな気質であることは自覚していたが、今日は妙に浮き沈みが激しい。そんなことを疑問に思いながら、シアは彼の次の問いかけを待って身構える。
「それじゃあ、これから先のことは、わかってたりします?」
「それは、わかりません。わからないんです。『預言者は、預言者を見ない』、それはわたし達には禁忌とされていることで、特に自分自身に関わる運命だけは、決して見ることができないのです。そもそもわたしがここに来ること自体、『本来』の預言には無かったことで」
シアが「本来」とわざわざ付け加えたことを、ヒイロは聞き逃さなかった。
ならば、預言は何かをきっかけにして、変化を見せたのだろうと推測する。その「きっかけ」については薄々感づいているが、それに関しては今は尋ねるつもりはなかった。
「また、『預言者が自らの意志で預言に介入すること』も、禁忌とされています。ですが、『彼女』は数少ない例外で、ほんの少しだけ関わることを許されているのです。詳しくはまだ言えないのですが……」
不安げな表情でこちらを伺うのを、ヒイロは笑顔のまま頷いて応える。
ホッとしたような面持ちで、シアはおもむろに両の瞳を閉じる。そして、静かに落ち着いた口調で言葉を紡いた。
「ただわたしが会いに行ったところで何も変わらない、変えられないのです」
神秘的な空気がシアを取り巻き、今までとは全く別の顔を覗かせる。
それは数多の権力者がその力を乞うという、稀代の預言者の名に相応しい姿だった。
(これが、「預言者」としてのシアさんか)
「誰にでも簡単に変えられる事象など、運命とは呼びません。如何に抗おうとも、嘆こうとも、その資格が無いのであれば、決して変えることができないのが、我らの識る運命なのです。変えると言うならば、相応に強く、大きな運命の力が必要となる」
その触れ難き美しさ、凛々しさに少々気後れしながらも、ヒイロはあえて一歩踏み込んだ。
「つまり、それが『俺』ってこと?」
その言葉に応えるよう、シアは再び瞳を開く。
宇宙の深淵を覗き込むようなエメラルド色に、吸い込まれそうになるのを感じつつ、ヒイロは固唾を呑んで次の言葉を待った。
そして艷やかな唇がゆっくりと開き、天上の調べの如き美しい声音が響く。
「異邦人ヒイロ・サンジョウ、あなたはそこで自らの運命に出会います」
突然告げられた「預言」を聞いて、ヒイロは不意に「素」に戻る。
(すでに出逢っている気がしますが、それは?)
なんとなく釈然としないながらも、それでも想い人から目を放せないままで居ると、不意に空気が緩む。
そして眼の前に居たのは、見慣れた愛しきぽややんなお姉さんであった。
先程までの神秘的な雰囲気など何処吹く風とばかりに、眉をハの字にして困り顔を見せる。
「ううん、どうも上手く行きませんね」
「どうかしましたか? なんだか、預言っぽいものを告げられましたけど」
すこしバツの悪そうな表情をして、シアは恥ずかしげに応える。
「今回の件、わたし自らが関わった事で預言の力がほとんど及ばなくなったことは先程説明したとおりです。それでもヒイロさんを直接見れば、なにか良い指針が得られるかと思ったのですけど、ちょっと曖昧すぎでしたね」
本来なら、もっと具体的なことを言えるらしいが、何が悪かったのか極めて抽象的な預言になったことが、彼女的に納得行かないようである。
とはいえ、通常この程度の預言でも、ヒイロの「お小遣い」など塵に等しい馬鹿げた金額が吹っ飛ぶらしい。この手の相場についてはまだ詳しくないが、ともかく色んな意味で、酷いインフレを見た気がした。
「まあ、俺の運命はともかく」
そう気を取り直すと、ヒイロは現状一番気になっている、一番大事なことを尋ねる。
「結局俺が関与しないと、その子は不幸になるのか?」
その問いかけに少し思案した後、シアは諭すような口調で応えた。
「大きな運命の流れの中、何が幸福に繋がり、何が不幸に繋がるかの見極めは難しいものです。なにより幸運も不運も本人がどう感じるか、という部分も無視できないので、望まれないのに手を出すことは、禁忌以前に預言者にあるまじきことです。ただ彼女の場合、『結果』として大望を成す運命が見えています」
禍福は糾える縄の如し、人間万事塞翁が馬。ようはそういう類のことだろうと、ヒイロは解釈する。
「だったら、どうしてここまでして、その子の運命に介入しようと?」
「だって、悲しい運命なんて、少しでも無くなるほうがいいじゃないですか」
儚げな笑顔で応えるそれは、星詠みとして数々の「結末」を見送ってきた彼女としての、偽らざる本心だ。星詠みの主座に若くして選ばれた彼女は、銀河を巡る大きな運命の流れが、望ましい道筋を辿るよう、見守る役目を負ってきた。
その過程に於いて、少なくない運命が不幸な結末を辿るが、殆どは解った時点で「手遅れ」であり、何一つ対処出来ないまま終わることが常だった。
それでも星々の運命は、多くの不幸を飲み込みながらも淀みなく流れ続ける。つまり誰かの不幸な結末など、運命の趨勢を大きく揺るがすほどではないのだ。
しかし結果が同じなら、誰かが不幸のままで終わってもいい。そう割り切れるほど、シアという女性は、自分を偽ることができなかった。もっとはっきり言うなら「優しすぎた」のだ。
「正規の名分は、『難民保護協定』を通じて、彼女が我々への接触を望んでいると判断したことですが、それがただの悪あがきで、わたしの身勝手なわがままなのも解っています。けれど、それでも……」
自意識過剰と言われるかもしれないが、なんとなく彼女は、ヒイロ自身の為にしてくれているのではないかと、そう察した。
そしてヒイロは、幻のテーブルの上、幻ではない白いティーカップを手に取り、すっかり冷めてしまったお茶を一気に飲み干すと、不敵な笑みを浮かべてこう宣った。
「実は俺、ハッピーエンド至上主義者なんですよ」
ラノベ作家の母を持つ身として、二次創作の類にもそれなりに造詣は深い。
そんな作品の多くは、バッドエンドを否定する。
悲劇は悲劇で多くの人々の心を揺り動かす。それは解っているが、望むならば最後は笑顔で終わりたい。
子供っぽいワガママかもしれないが、自分が気に入った誰かの不幸を、不幸のままにしたくない。
そんな想いが、数多の「IF」を生み出す。
だから時には知恵と勇気で、時にはご都合主義で笑い飛ばし、時にはさらなる理不尽で蹂躙する。
「世の中、物語みたいに都合の良いことばっかりじゃないけれど、それでも抗う余地があるなら、望む未来に手を伸ばしたい。そんなの、感情のある人間なら、誰だって望むことですよ」
いつか見た星空を思い出し、ヒイロは一度開いた手のひらを、ぐっと強く握りしめる。
何万光年も先の星々に手など届くはずがない。
けれど拳の内に掴んだ星の光は、ただの幻だと言えるのだろうか?
水面に映った満月を、熊手でかき集めようとした男たちの逸話は、「愚か者」を意味する語彙として伝わっている。しかし、彼らが本当に欲したのは別のものだったという。
――ヒイロよ、こいつは命の星じゃ。美しかろう?
ニヤリと笑う師匠の手のひらから出てきたのは、小さな蛍だった。
あの夏の夜、ふわりと飛んで、数多の星に混じり消えていったそれは、まるでシアの瞳を思わせる強く美しい光だった。
その場面を焼き直すように開いた手のひらは、残念ながら空っぽだ。
空間演出が空気を読んでくれるかと期待したが、さすがにそこまで便利ではないようだ。
「俺に出来ることなんて、たかが知れてるだろうけど、そんな彼らが飛び立てるよう、背中を押すぐらいは出来るんじゃないかなってね」
ひらひらと手のひらを振って、彼は照れ隠しのように笑ってみせた。
悲しき運命に立ち向かい、乗り越える。それはシアにとって、理想とする「英雄」の在り方だった。しかし「今」の彼はそういった英雄らしい英雄達とは、どこかが違って見えた。
けれど、今背中に感じる幻の手のひらの暖かさは、シア自身に無限の勇気を与えてくれる。
それは、幼い頃に憧れた英雄たちと同じ舞台へ、一歩踏み出す勇気。
「その在り方、とてもあなたらしいと思います」
彼に出会えたこの運命を、星詠みの女は心から星々に感謝した。
*
その後シアは、護衛の子らとの打ち合わせを済ませ、出かける準備を整える。
これから行う訪問はソラリス教団の公務であるため、装いは例のきらびやかな純白の衣装だ。先までのカジュアルな姿もいいが、彼女の神秘的なイメージを演出するにはこちらが相応である。
「おまたせしました、ヒイロさん」
そしていざ出かけようという直前、ヒイロはシアから、とあるアーティファクトを手渡される。
それは、グリップ部に真新しい布の巻かれた金属製の円筒。
「おお、これもしかしてライトサーベル的な!?」
少年のように目を輝かせるヒイロを見て、シアはくすりと笑う。
「それはビームセイバーと呼ばれている携行武器です。型式としては少し古いものなのですが、役に立つだろうって、友人から預かってきたものです」
「どうやって使うのかな? スイッチらしきものは見当たらないし」
おっかなびっくり手に取って、矯めつ眇めつしている姿に、シアはかつての友人の姿を重ねて、微笑ましい物を見るような視線を向ける。
「ちょっと、貸してみてくださいませんか?」
そうして伸ばす手のひらに、おそらくは柄頭であろう、紋様が彫り込まれている部分を向け、ヒイロはそれを手渡した……というよりは、返したというべきか。
そしてシアの手に納まった直後、ビームセイバーの柄の一部が、あたかもパイロットランプのように淡い緑色の光を放つ。
「こうグリップを握って、『意志の力/フォース』を流し込むことで、それが刃となるのですが」
そして両手でしっかりと握って胸元の前で垂直に、いわゆる八相っぽい構えを取った直後、グリップの先端部が淡い緑の光を放つ。
それを見て、ヒイロはとある光景を思い出した。
(コンサート用のペンライトだな、これ)
いわゆるサーベル状とは程遠い、小さな球形に光るそれからは攻撃的な印象は一切伝わってこない。
「これ、当たると痛いとか?」
「本来、これを物質化するレベルにまで収束し、光刃を生成するのですが、このままだと単にすり抜けるだけですね」
そう言って、自分の手のひらを的に実演してみせるが、見事になんともないようである。
「お恥ずかしながら、わたしこの手の適性はからきしなものでして。それで……」
シアは少々言いよどみつつ、ビームセイバーの柄をヒイロに手渡す。
しかし再び手にしたそれは、シアの時と異なり、どこも光ったりはしなかった。
「たぶんヒイロさん、異能力者としての資質がないと思いますので、それを武器としては使えないです」
「じゃこれ、俺が持っててもただの金属棒?」
それ以前に、遠回しに「サイキック」の才能がないと宣言され、密かに落胆する。
そんなヒイロに対して、シアは申し訳なさそうに、小さく頷いた。
「とはいえ、それは『庭園騎士団』というソラリス教団の防衛組織の装備品で、身分証明代わりに使えるかと。もともと、そういう目的で預けてくれたみたいですし、ヒイロさんなら、正しく使ってくれるって信頼してますから」
なるほどと納得すると、ヒイロは柄頭に刻まれた紋様――花と星光――を改めて確認。
もともと剣術の類を修めているわけでもなし、生兵法は怪我の元だ。自分が怪我するならまだしも、守るべき誰かを誤って傷つけるなどしたら、絶対に自分を許せないだろう。
そんな「らしくない」ことより、むしろハッタリ効かせる材料になるだけで、上出来の部類だ。
なんてことを考えながら、一緒に手渡された専用ホルダーを腰のベルトに取り付け、ビームセイバーをそこに収める。
「そういうことなら、謹んでお預かりします――その信頼に応えるため、この忠誠、我が姫君に捧げましょう」
この手のステレオタイプな騎士物語が好きだと前もって聞いていたので、けれん味たっぷりに小芝居をしてみせる。すると興味深そうな表情をしてシアもそれに応えた。
「では――わたくしへの忠誠、貴君の働きを持って示せ。期待しております、我が騎士よ」
如何にもなやり取りを終えて、互いに笑いあう。
また一つ、彼女との距離が縮まったように思えて、ヒイロのテンションは爆上がりであった。
*
「難民収容区・総合庁舎へようこそ異邦人。歓迎しましょう、それなりに」
などと言いつつ受付で出迎えたのは、詰め所で見たものと同型であろう、女性らしさを強調したアンドロイドであった。具体的には、お胸のあたりがふっくら。
「もしかして、地上から相手してくれた『君』か?」
「おや、わかりますか?」
帝国所属のアンドロイドは銀河各地に多数存在するが、その実態は共通する機械知性に集約されると聞いている。例えるなら、地下茎で繋がっているミントのようなものだろうか。
そして時折、個別の状況に対応するため最適化された『分体/フォーク』を作りだし、自律行動をさせるのだという。具体的には、しばらくヒイロに付き添っていた個体がそれに該当する。
今回ヒイロは、シアの用事に付き添う形で、街の中心部にある高層建造物を訪れたが、一階のロビーで遭遇した女性っぽいアンドロイドが、ヒイロを見るなりいきなり饒舌に喋りだしたのだ。
アンドロイドは状況に合わせて定形化された問いかけを行い、そして問われた事以上に言葉を交わすことはない。そう、シアから聞いていたからこそ違和感を元に判別したのだ。
「覚えていてくれるのは嬉しいが、シアさんが隣に居るのに、それを差し置いて俺に挨拶するのはダメだろ?」
「会釈はしています。プロトコル的に問題はありません」
隣を伺えば、やや困惑気味のシアも同意するよう頷いていた。
「それはそうと、なんで『君』が?」
「貴殿はまだ、私共の監視対象です。また来賓であるシア殿の同行者として申請があったため、サポートを兼ねての措置となります。当庁舎の案内を兼ね、これより貴殿らに同行いたします」
言葉遣いは見た目相応に変えてきたが、態度そのものは然程変わらないように見える。
「俺がなにかヤラカシそうになったら、背中から『ズドン』って感じか?」
「はい――と言いたいところですが、あいにく本機はナヴィ型と分類される情報処理特化機体で、荒事には極めて不向きなのです」
そしてヒイロとシアを先導するよう斜め手前に移動し、半身を向ける。相変わらずの容赦ない物言いだが、地上での時のように背後にぴたりとつけられるより、ずっと気が楽ではある。それなりに気を遣ってくれたのだろう。
「もっとも、近隣配備中のガーディアン型を『呼べば』済む話しですが」
フロア内の要所にて油断なく身構える、厳ついアンドロイドの姿が目に入って、ヒイロは思わず硬直する。そんな彼を一切顧みること無く、アンドロイドはシアの方へと向き直った。
「それでは早速ですが、ご案内を。シア殿は昨日、当エリアにおける『難民保護協定』対象者との面会を希望しておりましたが、相違ありませんか?」
「はい、相違ありません」
立て板に水とはまさにこの事とばかりに、アンドロイドは実に堂に入った接客応対を始める。シアの慣れた様子からして、やはりこちらが普通なのだろう。
「まずは当方の不手際にて、情報の行き違いがあったこと、お詫びいたします。ですが面会そのものは、申請通り行われますので、どうかご安心ください」
そう言って、丁寧に頭を下げる。こういったジェスチャが、宇宙時代でも通用することに妙な関心を覚える。しばらく簡単な事務的会話を交わす二人をぼーっと見つつ、もしかしたら、「宇宙・五体投地」なんてのもあるのかもしれないと、ヒイロは極めてどうでも良いことに思考を割いていた。
その後、アンドロイドの案内に従い、ヒイロ達は上階行きのエレベータに乗った。
地下街に来る時もそうだったが、エレベータ内にはいわゆる行き先指定のボタン類が見当たらない。
ある種のセキュリティなのだろう、外来者が利用する場合はアンドロイドが操作することになっているようである。地球のエレベータが手動運転だった頃のように、登録制の運転手――いわゆるエレベーターガール――を必須とする運用になっているのが面白い。
「到着いたしました、目的のフロアです」
もっとも、かつての彼女たちほどの華やかさには、些か欠けているわけだが。
「なにかご不満でも?」
「いや、別に」
どうやら表情に出ていたらしい。ヒイロをちらと一瞥して、アンドロイドは取り澄ました態度で問いかけた。こういうやり取りこそがイレギュラーなのだろうが、ヒイロとしてはある意味好ましい応対だった。
この建物の最上階は、エリア指揮官の執務室を含む、「総督府」と呼ばれる領域となっているが、エレベータの停止階は、その一つ下になる。
「それではご案内を続けます。当フロアは、庁舎内にて業務に従事する各種上級技官、文官の個別作業スペースが集合しております。またそれぞれ、私室を兼ねています」
ざっくり言えば、缶詰状態だろうか。ここで働く者たちは、いわゆる公務員相当だろうが、そこはかとないブラック臭を感じ取って、ヒイロは思わす頬を引きつらせる。
かつて師匠から聞いた、椅子寝りだとか床寝りなんて語彙が頭に……ああ、窓に! 窓に!
「大丈夫ですか、ヒイロさん? 少し顔色が思わしくないようですが?」
「どうなさいました、異邦人? 異界からの電波でも受信したような表情ですが?」
二人から同じようなことを聞かれ、ヒイロは恐縮しながら大丈夫だと伝える。っていうか電波ってなんだ。
「職場に泊まり込みって状況を連想して、ちょっと嫌なことを思い出したんだ」
それを聞いたアンドロイドは、しばし間を置いてからおもむろに話し出す。
「かつて一部の惑星国家では、極めて劣悪な職場環境が常態化していましたが、帝国支配下では、そのようなことは起こりえません。帝国法にも書いてあります」
(相変わらず頼もしいな帝国法!)
なんてことを考えながら、適度に明るいゆったりめの廊下を歩き、両脇に等間隔に並ぶナンバープレートを視線で追う。部屋数自体はさほど多くないようだが、その分間口が広く取られており、イメージ的には自治体の庁舎にある、会議スペースが近い。
「各部屋は、数人がエクササイズを行えるほど広く、設備も一級市民に支給されるものと同等、空間演出を始めとした各種オプションが充実しています。後は、実際にご覧になったほうがよろしいかと」
そして、とある一室の扉の前で立ち止まる。
「面会相手は現在休憩中で、すでに待機しています。準備はよろしいですか?」
その言葉に、シアとヒイロは小さく頷いて了承を返す。こちらの訪問を知らせたようで、程なくしてくドアがスライド、部屋への入り口が出来上がった。
「どうぞ、お入りください」
奥から聞こえてくる、少女然とした声に促され室内に足を踏み入れる。
靴は脱いだほうがいいのだろうか、なんて考える間もなく、ヒイロはそこから見えた光景に思わず息を呑む。
「こちらは、中世ヒルメスの建築様式ですね」
感心したような口調でシアが告げた通り、そこは、王宮の一室を思わせる、優美さ溢れる空間だった。
そして、大きな明り取りの窓を背にするのは、この部屋の主であり、シアが面会を希望した少女。
「はい、その通りです。さすがは、ソラリス教団に名高い『星詠みの巫女』様ですね」
青銀にきらめく、肩まで伸びた髪に、シアによく似たエメラルドの瞳。
薄く化粧をした顔立ちは、やや背伸びをしている感じが残るが、誰もが認めるだろう美少女だ。
その身を包む落ち着いたアイボリー色の女性向けスーツは、今部屋の外で待機しているアンドロイドの意匠を連想させ、その所為か若干無機的な印象を覚える。
「わざわざわたしの為にご足労いただき、恐縮の至りです」
そう言って浮かべた愛らしい微笑みは、ヒイロの目には出来の悪い作り物のように映っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます