第二話 星詠みの巫女
見上げる夜空には、きらめく無数の星たち。
奇跡のような運命に選ばれ、そこに宿った強き命は、やがて無限に広がる物語を紡ぎだす。
名も知らぬ英雄たちの思いを受け、星々の世界は少しずつ形を変え、色を添えて行く。
そんな光の饗宴を、静かに見つめるのは深いエメラルド色の瞳。
星明かりに照らされる白皙。微笑んだのなら、星の数ほどの異性を魅了するであろう美貌は、今はわずかな悲しみに彩られていた。
(ああ、またひとつ運命が消えて行く……)
そう嘆く彼女の視線の先を辿ったところで、流れ星が見えるわけでもなければ、ましてや超新星爆発が観測できるわけでもない。
それでも彼女の双眸には見えているのだ。なぜなら彼女は、「星詠み」の異名を持つ、偉大なる預言者の一族のひとりなのだから。
現代に於いてヒルメス人の祖と知られ、「古代ヒルメス人」と称される彼ら一族は、元々はソラリス星系の第三惑星「ヘリオス」原住のヒュム系種族であり、古来「ソラリスの民」を自称してきた。
そんな彼らは、かつて外宇宙由来の未知のウイルスにより、種族的根絶の危機に曝された経験があった。一族の間で「大災厄」として伝わるそれは、数百万人居た人口が、1/6程度にまで激減するほどの未曾有の凶事であったが、幸か不幸か、生き残った者たちの更に1/6程が、強力な特異能力に目覚めることになった。
歴史家や研究者の間では「1/42の奇跡」と称されるその力によって、一惑星の固有種族でしか無かった彼らは、近隣星系まで版図を広げるほどの急速発展を遂げることになった。そして彼らが持つ特異能力の中でも、もっとも有用であり重要とされたのが、「未来予知」に関する能力である。
人々の運命を星図に見立て、その流れを読み取る「星詠み」という技術は、予知能力を得た者たちの間では基礎中の基礎とされながらも、「預言者」たる根幹を為す技術として重要視されている。それを極めた者たちは、それこそ星図立体から星座を読み取るがごとく、あらゆる事象を読み取れるとされている。
とはいえ、さすがに全宇宙の生命体の動向を把握できるわけではない。
世界を導く大きな流れの中、運命に抗おうとあがく者たちの輝きこそが特別に映えるのだと言う。
それでも充分、「星の数ほど」居るわけだが、普段は彼女とその一族に縁の深い者たちの行く末を見守ることが、「星詠み」としての彼女の役割である。
しかし、そうした強い運命を持つ者の行く末は、決して輝かしいものばかりではない。むしろ悲運とすら言えるものが大半で、それが彼女の表情を曇らせる。感情に飲み込まれるほど若く未熟な時期はとうに過ぎたが、かといって簡単に割りきれるほど摩りきれているわけでもない。
(わたしにできることなど、ほんの僅か。せめて消えゆく彼らに、祈りを捧げるぐらいしか……)
水面を打つ雨粒が、小さな波紋を広げるように、運命は互いに干渉しつつ複雑な図形を描き上げる。
運命の「当事者」が自らの意志で求めるならば、行くべき道を示し、選択を促すことで僅かばかりの手助けは出来る。
しかし、そこに「星詠み」自身の意志と願いが介在すれば、多くの運命の行く末を、徒に乱すことになる。
「星詠み」という超常の力を持ち、多くの者に讃えられ、畏れられはしても、所詮は神ならぬ身。
運命を操ることなど、人の身には過ぎたことなのだ。
例えば先程消え去った小さな星も、かつては眩いばかりの輝きを放つ、強い運命を示していた。預言者として駆け出しだった頃の彼女が、幾ばくかの導きを与えたことも、相応の「縁」あってが故のことだ。
そして導きの示す「役割」を果たしたのであろう、徐々に輝きは翳りを見せ、さらに幾年か過ぎた後には無数の星へと埋もれ、目立たない存在へと成り果てていた。それでも彼女はずっと、その行く末を気にかけていたのだ。
それら星々が、一体どんな運命を辿ったのか、それを読み取る術はあれども、当事者に望まれぬ以上は、安易に行使すべき力ではない。何より知ったところで、詮無きことでもある。すべては、終わった後のことなのだから。
(ただ嘆くだけの今のわたしは、なんと無力な存在なのでしょう)
そう自嘲気味な笑みを浮かべる。
しかし、そんな彼女の無辜を慰める存在もまた、光の海の中に在る。
それは過去の預言者が予見した、何れ出会い、数多の試練を乗り越え世界を大きく変える強い運命を持つ者たちの系譜。ほんの僅かではあるが、預言者達の意志の介在を許された、数少ない例外だ。
とりわけ彼女が惹かれているのは、眩いばかりの輝きを放つ、いわば1等星クラスの者たちだ。特に「伝説の八星士」として伝わる特別な星には、「星詠み」の女は恋にも似た思いを抱いていた。
その筆頭は、「姫巫女」と名付けられた最も明るい青い星であり、それを中心とした星々の描く物語は永きに渡り、連綿と紡がれてきたのだ。
しかし、そんな星の一つが、今まさに消えようとしていた。
それは姫巫女と並び立つとされる、「星海王」と呼ばれる銀の星である。
かつて、明けの明星とも呼ばれた眩い輝きは失せ、今は6等星にも満たない昏い輝きを放つのみ。
そのことに、彼女はひどく困惑する。
なにより、もはや手の施しようがないことが、解ってしまったが故に。
(どうして、いつの間に、こんなことに!?)
八星士の系譜とされる星々は、一族にとっても極めて重要な意味をもつ。
故に、大きな危機の到来を予見するたび、最悪に至る前に最低限の「導き」を与え、その輝きを守ってきた。彼女自身、わずかに揺らぎを見せた「姫巫女」の系譜を見事繋いで見せたのは、試練を超えて一人前の預言者として認められた頃のこと。以来、「星詠み」の主座という大役に抜擢され、ずっと見守り続けてきたはずなのに。
(……わたしが未熟な所為なの?)
今代の預言の力を持つ者たちの中でも、とりわけ才能に溢れ、有力な幹部候補と目される彼女だが、「詠み間違え」ることも無いわけではなく、それ自体他の同族も同様だ。
しかし彼女には今、七つの星しか見えていない。
この力に目覚め、八星士の星を見出して以降、ずっと探し続けていた最後のひとつが、どこにあるのかもわからない。そのことが、彼女の自己評価を必要以上に下げていた。
(ああ、誰か、未熟なわたしに運命を紡ぐ力を……)
そう切に願った彼女の「視界」が、突如として激しい光の奔流で埋め尽くされた。
予想外の事態にしばし呆然とする中で、光はゆっくりと収束を始め、そして一つの大きな星へと姿を変える。
今まで見たことのないレベルの強い運命の輝きを放つそれは、炎のように赤く光る星。
八星士の星々を繋ぐような場所に鎮座し、ひときわ大きな存在感を示すそれは……。
(八星士の星、最後のひとつ? いえ、それにしては……)
一際異彩を放つこの星に、彼女の意識は釘付けとなる。
この星の登場がきっかけとなり、例の消えかけの星の光が完全に消え去った事実にしばし気づかなかったほどである。
(……緊急事態、これは緊急事態ですよね?)
半ば言い訳じみた思考を巡らせると、先までの「預言者」然とした厳かな雰囲気が、俄に緩む。
静かに深呼吸、その後に躊躇なく自らの能力を行使する。その顔つきは、既に「探求者」のそれであった。
新たに出現した星の運命を、普段の落ち着き払った彼女らしからぬ勢いで、貪るようにして読みとろうとする。
今まで見たことのない運命を孕む未知の星が、彼女の好奇心を大きく刺激し、そして満たしていくのを感じる。
(やはり、八星士ではないようです。ああ、けれど、これは、それ以上に……!)
いつまでも眺めていたい想いを、辛うじて残った冷静な自分が制し、取り急ぎ必要な分をざっくりと読み取ってから、すぐに直近の運命を覗き見る。
「あっ」
思わず声をあげてしまった彼女の表情は、焦りに彩られていた。
(こっ、これは、いけません!)
*
「星詠みの祠」と呼ばれる一種の瞑想ルームから足早に姿を表したのは、淡いグリーンの薄衣に身を包んだ妙齢の女性だ。
幾重にも重なる優美なドレープ越しに透けて見えるのは、成熟した女性らしい丸みを帯びた起伏。普段は彼女生来の清らかさが先にたつものだが、長いオリーブ色の髪を揺らし、頬を上気させ息を切らす今の彼女は「たゆんたゆんの、ぷるんぷるん」なので、とても目のやり場に困る。
祠の入り口で待機してた側近の一人は、いつにない慌てぶりを見せる彼女に面食らいつつも、慣れた手付きで純白のクロークをまとわせ、そして問いかける。
「どうなさいました、『シア』様? 星読みの儀はまだ途中のはずでは?」
側近となってそこそこ長い、気心も知れた若い預言者をちらと一瞥して、「シア」と呼ばれた女性は息を整えつつ、迷うこと無く告げる。
「宇宙船の……準備を。いまから『惑星ガーモス』へと向かいます」
熟練の預言者たちの示す唐突な行動には慣れている側近たちだが、告げられた目的地を聞き、一族の特徴である白皙を、さっと蒼白に塗りつぶす。
「銀河辺境とはいえ、あそこも帝国の勢力圏です。危険です!」
「解っています。ですから、相応の用意を」
この場に居る数名の預言者達は、みな次代を担う「星詠み」の卵である。現役最高峰の「星詠み」であるシアの身の回りの世話をしつつ、直接指導を受ける立場にある、とりわけ優秀な者たちだ。
敬い慕う「師」の身を案じはすれども、その優秀さを知る故に、もとより異論を挟むつもりもなく、側近たちは黙礼して承諾の意を示すと、蜘蛛の子を散らすよう礼拝堂を出ていく。
「おいおい、なんか面白いことになってんな」
悠然と礼拝堂に入ってきたのは、シアと同年代に見える若い女性だ。
出入り口ですれ違う側近たちから目礼を受けるその出で立ちは、シアと同じようなデザインのクロークではあるが、所々に金糸による装飾が施され、よりも高い地位であることを示している。
「『アヤ』様ですか。いったい如何な御用でしょう?」
一瞬だけしかめた顔をすぐさま戻して、シアは人懐っこい笑みを向ける「親友」に、すまし顔でそう応える。
濃いブラウンの短髪を無造作にかきあげつつ、アヤと呼ばれた女性は不服げに唇を尖らせる。
「そう邪険にするなって。『ひきこもり』のシアが慌てるなんて、どうせ『八星士』がらみだろ?」
シアとは少々毛色が違うものの、「ここ」に居る以上は彼女も預言者の端くれである。
ここしばらく退屈していたことは知っていたので、興味を引きそうな事象を求めてあちこち「見て」回っていたのだろうと納得する。
「まったく、この手に対する、あなたの嗅覚の鋭さには恐れ入りますね……って言うか、なんですか、ひきこもりだとか。人聞きの悪い」
抗議の意を込めて睨めつけるも、まるで仔犬が戯れついたかのように、すこしも堪えた風はない。
「ただの事実じゃないか。ほとんど自分の礼拝堂にこもりきりで、定例巡業だって、たまにしか出ない。幼馴染みのよしみで選任の護衛引き受けたってのに、こうも暇じゃ体がなまっちまう」
全く悪びれた様子もなくそう応えるアヤに、シアは慈愛に満ちた生暖かい視線を注いだ。
(ええ、そうでしょうとも。それを狙っての上の采配ですもの)
銀河有数の戦闘者として名を馳せ、トラブルとあらばあちこち首を突っ込む……もとい、高い関心を示す活発さは彼女の美点だが、責任ある立場についた以上は、下っ端時代のように好き勝手に飛び回られては困るのだ。そんな組織の思惑に体よく利用されているだけではあるが、かつては日常的に修羅場を潜り続けてきた親友の身を心配する気持ちに変わりはない。
「専任護衛って立場を使って、一緒についてこようとか、ダメですからね。わたしがアキナ様に叱られます」
シアたち預言者のまとめ役の名を出して、前もって釘を指す。
今回の急な出立も、経緯を説明した上で、ちゃんと上層部に話を通してあり、その際に随行員や装備品などに関する細かな選定条件も提示されている。もちろん、その中に「過剰戦力」は含まれない。
「そんなつもりはねえよ。たしかに最初は考えたが、流石にアタシが不在だと、ここの『守り』が不安だからな」
胡散臭げな笑みを浮かべ、立場相応の自覚があることをアピールする幼馴染に、感心半分、呆れ半分。
「なによりシアが居なくても、アキナのバアさんだけで『表』は事足りるが、『裏』はアタシが居ねえとまとまらねえからな」
(アキナ様と立場上同列とは言え、その物言いはどうなのかしら?)
思わずツッコミたくなるのを、既のところで踏みとどまり、シアは何時ものポーカーフェイスを崩さずにいる。
下手に相手したら、「アキナ様いじり」がエスカレートするのが「解っている」からだ。
それを「読んでいた」ように、アヤは楽しげな笑みを浮かべると、不意にクロークを翻す。
その内側から覗く暖色系の着衣は、シアのそれとは異なり、動きやすさを重視した、ノースリーブの上下セパレートだ。ホルターネックに覆われた、なだらかな丘陵部から伸びる両腕を鞭のようにしならせつつ、やや腰を落として半身を引く。
そして腰骨を覆う幅広のベルトにぶら下がるのは、金属製の円筒。
おそらく携行兵器のひとつなのだろう、手のひら二つ分ぐらいのそれには、真新しい布製のグリップが巻かれている。それを抜き打ちのように手早く外し、手元でくるりと半回転、そのままシアの胸元にピタリと突きつける。
この間、コンマ数秒。
一見すると「殿中でござる!」状態、にもかかわらずシアは少しも慌てることなく突きつけられた金属筒をちらりと一瞥。
そして自らもクロークの内から手を伸ばして、躊躇なく手に取った。
それを確認したアヤは、柄の反対側から放した手を、再びクロークの内側に引っ込め、元の立位姿勢に戻る。
見慣れたやんちゃな笑みを浮かべる親友と、手にした金属筒の間で視線を一往復させると、シアは穏やかな口調で問いかける。
「この『古式ビームセイバー』、たしか昔、あなたが使っていたものよね?」
真新しく見えるグリップ以外は、よく見ればあちこち傷だらけで、相当年季が入ってることが解る。
そっち方面にはからきし才能がなかったシアには、あまり馴染みのないものだが、使い手の意志の力を増幅して鋭利な光刃を生成する、古典的な対人用近接武器である。
これの使い手は武器種と同様「セイバー」と呼ばれ、熟練/マスターすればパルスガンの衝撃波すら相殺し、達人/グランドともなれば小型艦船すら一刀両断すると言われている。
訓練用の支給品として初めて手にした徒弟/アプレンティス時代のアヤが、自慢気に見せびらかしては、指導教官に叱られていたことはよく覚えていた。
「帝国式の現行モデルには劣るが、基本性能はそこらの民生品と大差ないぞ」
「わたしが『こっち方面』からっきしだってこと、わかってるわよね? つまり、あなたの『予見』ってこと?」
「なんとなく、これが要り用じゃないかと思って、引っ張り出してきた。『そっち方面』はシアほど得意じゃあないが、詠み違えても、名刺代わりには使えるだろ?」
先程向けられた金属筒の片側、「柄頭」には「花と星光」を模した紋様が刻まれている。それはアヤの所属を意味するもので、対外的には相当な「威圧効果」がある。
「ああ、アキナのバアさんにも、許可は貰ってる。遠慮なく使うと良い」
「手回しがいいわね。でも、ありがと」
言いつつ、シアは金属筒をクローク内側の「隠し」にしまいこんだ。
「手回しったら、そっちの準備も済んだようだぞ」
そう言って視線で促すと、出入り口には馴染みの側近の姿があった。シアが気づいたのを認めると、足早に近づいてくる。
「シア様、宇宙港への転送ゲートの準備が出来ました。宇宙船と補給品の手配、及び随行員の選出も、指示通り済んでいます」
「そう、ありがとう」
細かな引き継ぎ作業も滞り無く終わっており、あとはシアから代行者の指名を受けるのみである。
「では、わたしが不在の間は、あなたに代行をお願いするわ。そろそろ儀式に慣れておくべき頃でしょうしね」
代行を命ぜられた若い預言者は、緊張した面持ちで片膝をついて傅く。
「謹んでお受けします、シア様」
「ええ、後は頼みます」
そうして「星詠み」の任から解放され、ひとりの預言者となったシアは、専任護衛の肩書を持つ親友を伴い、礼拝堂を後にした。
*
幻想的にライトアップされた、色とりどりの花を咲かせる、美しい庭園。
ゆるやかな曲線を描く煉瓦敷きの小径の両脇には、丁寧に剪定の施された植え込みと、時折脇道へ抜ける優美なアーチが立ち並ぶ。
勘の良い者であれば、侵入者を阻む迷路のようだと気付けるだろう。
そんな緑溢れる中を、二人の女性がゆっくりと歩いている。
言うまでもなく、シアとアヤの二人である。
「そういえばアヤは、ガーモスに降りたことがありましたよね?」
「ああ、何度かあるぞ。下っ端時代に、ババアの付き添いでな」
幼い頃に戦闘者としての天稟を見出され、見事に才能を開花させたアヤは、経験を積むという名目で、専任のようにアキナの護衛を任されていた。本来シアもアキナの補佐役として共について回るはずだったが、とある事情で引きこもり状態となり、アヤほどには実地経験を積めていない。それは彼女にとって、少なからぬコンプレックスの源となっている。
「わたしも現地の状況について大まかに調べましたけど、実際の危険度としてはどうなのでしょう?」
「ろくに訓練も受けてねえど素人が身一つで放り込まれて、生き延びられる確率は1%未満だな」
やたら具体的な指摘をして後、アヤはホロウィンドウに表示した情報をチラ見しながら応える。
「危険度の高い原生生物が殆ど居ない代わりに、自然環境が一番の脅威だ。真っ当な装備無しで野宿なんかした日には、大半のヒュム系人種なら確実に凍死するね」
あたかも特定の誰かさんの状況を想定したような返答ではあるが、シア自身慌てる様子がないのは、自身の成した「預言」に相応の自信があるからだろう。事実彼女の懸念は、彼が無事に人類の生活圏にたどり着いて、そこから先にあった。
「まあ、シア自ら出向く以上は、成るように成るだろうさ」
「だと良いのですけどね」
そして気のおけない友人同士の会話を楽しみながら、幾つかのアーチを抜けたその先。
緑に囲まれたステージ広場を思わせる一角に、それはあった。
半円形の舞台を囲む木々のよう立ち並ぶのは、複雑な紋様で装飾された金属柱。一見すると、芝居か何かのセットに見える、それこそが「転送ゲート」である。
銀河各地の主要星系に設置されたそれは、遥か遠く離れた異なる星系との間を、殆ど一瞬のうちに移動可能にする、この銀河の発展には欠かすことの出来ない重要インフラだ。
帝国基準では超一級秘匿技術とされる古代遺産「超越空間連結/ハイパーリンク」を応用、再現した産物である。
「お待ちしておりました、団長、そしてシア様。転送準備はもう整っております」
綺麗な姿勢で敬礼をしつつ、報告してくるのは、アヤの配下である「庭園騎士団/ガーデンナイツ」のひとりだ。外向けの優美な巡業衣装をまとったシアに思わず見惚れるも、それを表に出さずに居られるのはさすがと言うべきか。もっとも、アヤにはバレバレだったが。
「星詠み」たちの瞑想の場として、独立した多数の礼拝堂を擁する大庭園は、その名が示す通り彼ら庭園騎士団の厳重な警護下にある。
ここまで来る道中にも何名かに出会ったが、アヤの普段使いより数段重装化したコンバットスーツをまとっていただけの彼らと異なり、ゲート周辺に配置された者たちは、件の「紋様」をあしらったサッシュを身に着けている。
ゲートは「星詠み」の力を望む来賓たちを出迎える場でもあるため、エスコート役としても非礼の無いよう、半ば儀礼的な出で立ちとなっているのだ。
「ここに来るのも、久しぶりね」
「奇遇だね。アタシもだよ」
うんざりした表情でそうぼやく親友に、シアは意外そうな態度で応える。
「あら。わたしてっきり、アヤはこっそり出かけているものかと思っていたわ」
「そりゃアタシをなめすぎだろ。与えられた役割は、きちんとこなすぞ。お前がそうであるようにな」
「……そうよね、ごめんなさい」
上層部の思惑とは言え、彼女を自分に縛り付けている事実を加えて、二重の意味を込めての謝罪を返す。
殊勝な態度を見せる親友に苦笑しつつ、アヤはおどけた口調で応えた。
「そもそも私用でおいそれと使えるものじゃないだろ、『こいつ』はさ」
宇宙空間に設置される、巨大リング状のそれに代表される、宇宙船用の大型装置は当然、小型の個人用装置ですら、惑星国家の財力と技術を持ってしても、容易く所有・維持できるものではない。
ましてや庭園のゲートは、地上設置型としては大型の範疇だ。一度に小隊規模の人員の転送を可能としており、軍事面に於いても極めて重要な意味を持つ。
そんな、周囲に豪奢な装飾を施された円形ステージの、一段低くなった中央部へと、シアは単身、ゆっくりと降りていった。
「それじゃ、アタシの付き添いはここまでだな」
「ええ、護衛、ご苦労さまです。アキナ様にもよろしくお伝えくださいな」
ステージを上から見下ろしつつアヤが居住まいを正すと、シアも答礼の姿勢をとった。
「それでは行ってまいります、アヤ様」
「ああ、ヘリオス三聖が一人、『タリタ・ケーベ』が主座・アヤがこれを見届ける」
すでにプログラム済みなのだろう、予定していた転送開始時間になると、シアをオーロラのヴェールが包み込む。
互いに微笑みを交わしたその刹那、シアの姿は音もなく虹色の光と共に消えていた。
「『星詠み巫女』に星々の導きがあらんことを」
それは、シア「固有」の二つ名である。業務としての「星詠み」とは別の、極めて重要な意味を持つが、今は語るべき時ではない。
そうして親友を見送った後、アヤは後ろを振り返る。見つめる先は、裾野に大庭園を従える巨大な岩山。その中腹には、純白の巨石で組み上げられた、壮麗な大聖堂があった。
辺境銀河のとある星系、主星から遠く離れた小惑星の一角を占めるこの地こそ、現存する銀河最古にして、最大の宗教組織「ソラリス教団」総本山。
多くの預言者を擁し、各地の権力者に請われれば、その力を行使し、古来銀河の趨勢を表と裏、その両方から操ってきた。その権威は、宗教を禁じているはずの帝国内部にすら及ぶという。
その実態は、転送ゲートの中核技術を独占したことで、銀河を網羅する情報ネットワークを作り上げた巨大諜報組織である。
元はソラリスの民の相互互助組織でしかなかったが、星系外に進出する当たって遭遇することになった、数多くの「外敵」から同族を守るために奇形的に発展し、そして「表向き」は宗教的組織という体裁を持つ今の形に納まっている。
多くの星系文明に見られる「太陽信仰」の形をとっているが、そんな経緯であるため、宗教色が極めて薄いのも特徴だ。
そして「裏向き」、本来の設立目的である同族の守護者として、極めて高い戦闘能力を有する集団こそが、アヤが首座を務める「タリタ・ケーベ」だ。
ソラリスの古語で「盾と剣」を意味するそれは文字通り、一族を護る盾となり、時には剣となり外敵を打ち払う役目を負っている。
その実働部隊の中にあって、最精鋭こそが庭園騎士団だ。
タリタ・ケーベに属する者たちにとって、憧れと誇りであるそのシンボル、「花と星光」――その起源は教団のシンボルより古い――は、守るべき同族としての小さな花を、無数の星の光が守る様子を現している。
そしてそれは「裏」を知る外の者達にとって、「畏怖の象徴」でもあった。
「さあて、これから忙しくなりそうだ」
そんな物騒な集団の頭目たる彼女の眼の前には、先程シアたちを出迎えた儀礼装束の騎士の姿があった。その背後には、アヤのような軽装の上に、地味な色合いのクロークをまとった、10名足らずの騎士達が控える。しかし他の騎士とは異なり、彼らには所属を明確にするような意匠は何処にも見当たらない。
「庭園騎士団第2師団、特務小隊8名、いつでも出動の準備は出来ています」
「おお、ご苦労」
そう言って、下っ端時代を思わせる獰猛な笑みを浮かべる。
庭園騎士団は、総本山の大庭園を守護する存在だが、それはあくまでも「表向き」の話。
彼らにとって、銀河総てが己の庭のようなものである。
「解っているとは思うが、決して目立つな。しかし、『
仔犬を慕う猛犬の首輪には、どうやら始めから鎖がついていなかったようである。
*
異なる星の下に産まれながらも、同じような運命を辿った寄る辺無き少女たち二人。
ともすれば、風の前の塵の如きその運命は、とある預言者の導きにより、必然として交錯した。
白き揺り籠に護られながら、多くの同胞と共に一人前へと成長し、それぞれの道を歩み出して既に久しい。
そして眩い輝きを放つち始めた二人にとって、本当の意味での巣立ちの時が近づいていた。
「さて、この星の導きは、我らに何を齎すか……」
甘ったるい香り漂う薄闇に、ぼんやりと浮かぶ緋色の唇は、謎めいた微笑を湛えた。
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