敵わないひと
★付き合ってる世界線のジョゼアレ
・多分最終章後の世界
・誰も死んでいない
・ジョゼアレが付き合っている
マリーは綺麗だ。透き通るような白い肌に黒いつややかな真直ぐな髪。
瞳は澄んだ色をして、長い睫毛が精巧な飾りのように丁寧に縁取っている。
唇は口紅の人工的な色を付けなくても淡い薄桃色だ。
近寄ると香料ではない、ふわりとした微かにいい匂いがする。オレにはそれがなんなのか分からないけれど、それはきれいな女特有の香りなのかもしれない。
突拍子もない言動に驚かされることはあるが、彼女が微笑むとそんなことを忘れるくらい見惚れることがある。
そんなマリーをジョゼフはいつも見ていた。
2人は一緒にいることが多かった。
まるで惹かれ合っているかのようにオレの目には見えた。
「――だからおかしいだろ」
「何がだ」
聞き返したジョゼフにオレは続ける。
「どうしてお前はマリーと付き合わなかったんだって話だ」
そういうとジョゼフの眉が微かに動いた。あまり表情が表に出ない奴だが、オレくらいの付き合いになるとよく分かる。怪訝に思っている表情だ。
「……またその話題?」
「だって妙だろ。オレなんかとお前が付き合ってるのは」
そう、互いの認識が合っているのならばオレとジョゼフは一応恋人ということになっている。
前までこいつとマリーが両思いだと俺は思っていて、せめて最後にとお前が好きだったと勢いに任せてヤケクソで思わず言ってしまえば分かった、と返答されて付き合うことになった。あんまりにもあっさりと告白を成功させてしまって拍子抜けしてしまった。
あれから一年の月日が経つものの、未だに納得できていない。
「俺から見てもお前らは特段仲が良かったし……相性っていうのか?それもぴったりだ」
「マリーのことはもちろん大好きだ。アレンもマリーも大切な存在で、2人ともそれぞれの関係になっただけだ」
「それはお前がマリーをちゃんと分かってないからだ。いいか、ジョゼフ。確かに乱暴な怪力バカ力女だけど、しっかりした意志の強い奴で……」
遮るようにジョゼフが言った。
「十分知ってる」
「……どうしてお前はオレなんか選んだ」
「選んだらだめだったか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「何がだ」
拉致が空かないと思ったのか、ジョゼフがふーっと息をついた。
「お前は俺とマリーを付き合わせたいのか」
そう言われて即答する。
「それは嫌だ」
「じゃあ、もうこの話は終わりだ」
俺の返答を待たずにジョゼフは用があるから、とさっさと室内を退散して、オレは部屋に残された。
あいつの出て行ったドアを見つめる。
こんな時、マリーだったらどんな風にあいつを見送っただろうか。
少なくとも、ジョゼフにため息をつかせないだろう。
ずっと今までは病棟にいたけれど、近頃は身体の調子も良くなって、病院のすぐの近くにあるマンションを借りて今は一人暮らしをしている。
オレの住むマンション内は医療に特化していて、抗菌素材の壁は真っ白で、床も清潔だ。雰囲気が少し病院に近い。まあ、病院が患者向けに作ったマンションだというせいもある。
マンションの中は清潔すぎて無機質で、ジョゼフが去るとやたらと殺風景に見えた。
◆◆◆◆
「なによ、面倒くさっ!」
人形めいた精巧な顔立ちに眉根を寄せてマリーがずばりとオレに言った。
「うっ……!」
マリーに鋭く言われると胸にグサッとくる。
彼女を呼び出して喫茶店に入っていた。近頃彼女にジョゼフのことを相談する。
面倒くさがる彼女に俺のおごりだから!と説得して来てもらっているのだ。
どっしりとした木のテーブルに赤いビロード張りのソファー。頭上にはファンが常に回転している。
一昔前にアジアに存在していた『こめだ』という名の喫茶店の建物を再現しているため少し古めかしい作りになっているそうだ。
ゴルバチョフ研究所内に出来たばかりのこの喫茶店は、施設内の職員が利用するように作られたそうだが職員が利用するにはお洒落過ぎる雰囲気のせいか、高い値段設定のメニューのせいか定着していない。利用したがらない気持ちはわかる。ただ飯を済ませたいだけならもっと安価な食堂で十分だし、大体わざわざこんなところに来てくつろぐような職員はあまり施設内にはいなさそうだ。
おかげで俺たちは喫茶店の数少ない常連になろうとしていた。
マリーが頼むアイスクリームやパフェは都市の中でも高級品で毎度出費が痛いがそれでも構っていられない。
マリーは喫茶名物の『しろのわぁる』のソフトクリームを口に運び、むぐむぐ咀嚼すると口を開いた。
「あんたたち付き合ってんのにいつもいつもそんな話をして……っていうか、そんな話あたしにフツーする?」
「他の奴に言えるかよ、こんな話」
「ルイスにすればいいじゃない」
「バカ、あんな奴に相談してみろ!それこそオレは終わる!」
「あんた上司としては人望があるのに友達全然いないわよね」
「う……うるせえ……」
「あたしから見たらジョゼフはよく頑張ってるわよ。こんな調子のあんたに付き合ってあげてるんだから。まさかあんたがここまで面倒な女みたいになるとはあたしも思わなかったわ」
「誰が面倒な女だ……」
「いい?あたしはジョゼフもアレンも好きよ。望んで友達って関係を選んだの。変えるつもりはないわ。それはあんたたち2人だって同じでしょ」
「それは……そうだけど」
「それにあたしばかり褒めるけどあんたも大概よ。目は真ん丸で大きくて、肌も子供みたいにきれい。髪だってサラサラしていて、黙っていれば相当……」
身を乗り出されてマリーに見られて身じろぐ。
「な、なんだよ」
「本当、生まれる性別間違えたわよね」
しみじみとマリーが言った。
「どういう意味だよ」
「あたしの次くらいにはアレンも可愛いわ」
「別に、可愛くなりたいわけじゃねえよ」
「とにかく、あたしだって毎回あんたたちの代わり映えのないニュースに付き合ってるんだから。いい加減立ち直ってくれないと困るわ。話も聞き飽きちゃう」
そう言ってマリーがアイスコーヒーをストローでズゴゴ、と飲み干す。今日もマリーには長いこと話に付き合ってもらっていた。マリーは6杯目のコーヒーを飲み終えて席を立った。
「ごちそうさま。もういいわよね」
「……ああ」
「あんたたち、今日こそは良いことがありそうだわ」
「なんの根拠だよ」
「んー、乙女の勘かしら?」
マリーが根拠もなくそう言って胸を張る。
「当てにならねえな」
「まあ期待してなさいよ。良いニュース、待ってるわ」
マリーが別れ際、にこっと笑う。
周りが一瞬、明るくなったと錯覚するような綺麗な笑みだった。
あいつの姿を見送りながらやっぱりいい女だな、そう思った。
◆◆◆◆
「ただいま……あれ、お前いたんだ」
「うん」
マンションに帰るとジョゼフが待っていた。
「アレン、ちょっとそこに立ってくれないか」
ジョゼフが何もない壁の方を指さす。
「どうしてだ?」
「やることがある」
疑問を持ちつつそこへ行くとジョゼフが俺の正面に立った。
「な、なんだよ」
長身のこいつが俺の前に立つと迫力がある。ひるむオレに構わずジョゼフはバアンと勢いよく壁に手を付いた。
「なあッ……!」
心臓が飛び出るかと思った。激しい振動に驚いて身体が硬直する。
音の衝撃で壁がビリビリと振動している。
「な、なんだ、よ……!」
見上げるとジョゼフの顔が近い。
「好きだ」
「は、はあ?」
なんだこいつ。なんだこの状況。こんな状況にも関わらずちょっとだけ近い距離にときめくオレもどうかしている。恐怖のドキドキの方が強いけれど。これがつり橋効果ってやつか??それにしたって物騒すぎるだろ。頭混乱してきた。
困惑して動けずにいるとジョゼフの手がこちらに伸びて顎を持ち上げられた。突然のことにされるがままにされていると唇が重なる。
そこでもう、黙っているのは限界だった。
あまりにもこいつの行動らしくなさすぎる。
「ちょっ……!」
ジョゼフの胸を押した。
息をついて、ようやく言葉が出てきた。
「ちょっと、お前……ッ!キャラ、違うだろっ!」
そう言うとジョゼフが行動を止めた。
「なんなんだよ急に!ベタベタと!」
「嫌だったか」
「いや、そこまでは嫌じゃない……そうじゃなくて!そんなことどこで覚えた!?」
「アレンが読んでる書物から」
「オレの……って」
「【胸キュン☆どきどきメモリアル】ってタイトルだった」
そう言われて頭に血が上った。こいつ、よりによってオレが隠し持ってた少女漫画読みやがったのか。
「勝手に読むなーっ!」
キレるとジョゼフが俯いた。
「上手くできなかった」
「あんなの実際やる奴いるか!っていうか壁ドン強すぎて殺されるかと思ったじゃねえか!」
壁が頑丈でよかった。少しへこんでしまったが。ああ、賃貸なのに。
「……ったく、調子狂うな……お前らしくないだろ、こんなマネすんの」
そもそもこいつは恋愛の本なんて浮かれた話を実技に持ち出すような奴ではない。
「マリーに怒られたから」
「マリー?」
「ちゃんと好きなら示してあげないといけないって」
「それで今のを……?」
聞けばジョゼフが頷く。
彼女の入れ知恵だったと聞けば納得がいく。
もしかして彼女が去り際に告げた良いニュースを待ってるとはこれのことか。
「本当に、あいつは……」
「アレンの好きそうなことをやってやれって言われた」
「急にあんなことするのはおかしいだろ……」
馬鹿正直に行動に起こすジョゼフに脱力してしまう。
普段のジョゼフだったら絶対こんなことしないだろう。
マリーの言葉で彼はここまで行動に起こせてしまうのか。彼女とジョゼフの間にある絆が少し羨ましい。ちょっとだけ複雑な思いが胸を巡ったが、息をついて少し笑った。
オレたちのことを彼女なりに心配してくれていたのだろう。
もやもやする気持ちはあるけれど、それ以上にマリーの気持ちを嬉しいと思えた。
「本当お前あいつの言うこと素直に聞くな……」
「そうか?」
「そうだよ」
「次はちゃんとする」
そう言われて苦い顔をした。
「……もう壁ドンは懲りた。こんな作戦どうやったら思いつくんだ……」
「【ドS彼氏〜転校先はクラス全員ドS!?ドキドキで不眠症☆】の方が良かったか」
「だーッ!!タイトルを読み上げんな!お前とは無縁の話だ!」
戸棚の奥底に隠していた漫画をなぜお前が知っている。マリーか、マリーがチクったのか。
「無駄に調べやがって……」
そう言いつつも自分のためにジョゼフがこうしてくれたのはまあ悪い気はしない。
こいつもこいつなりに愛情を示そうとしてくれているんだろう。彼を見ると背後のへこんだ壁が目に入る。
……まあ、示し方はすげえ不器用だけど。
これからも、きっとオレは彼女とジョゼフのことに悩むんだろうけれど、どれほど悩んでも結局は自分だって彼女のことが大切で、一生結論なんて出ないのだろう。
散々な目に遭ったけれどなんだかんだ嬉しかったと思えるくらいにはオレはこいつに惚れている。
「ったく、マリーとお前が手を組むとろくなことにならねえ……」
「ふっ、おもしれー男」
棒読みで少女漫画のセリフを繰り出すジョゼフをじろりと見た。
「だから似合わねえっつってんだろ」
ため息をついて、小さく零した。
「……いつものお前で十分好きだよ」
そう言えばジョゼフが微かに目元を緩めた。
「そうか」
「……そうだよ」
向き合ってるのが気恥ずかしくて視線を逸らすと頭をぽんぽんと撫でてきた。
なんだか行動がこいつらしくない。
「……漫画で覚えたな」
「うん」
「余計な知恵を付けやがって」
「嫌だったか」
「……別に」
妙な影響受けやがったな、こいつ。
まあいい、これくらいなら許してやるか。
そう思って撫でる手を振り払うのはやめておいた。
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