第2話 勝手な話

足に伝わる筈の温度は何故か無かった。この目には確りと湿った岩と暗く重い雲、その向こうに広がる吹き出すマグマ。男はここが地獄なのだと理解するまでに時間は掛からなかった。自分が死ぬ時のことはよく覚えている。出来損ないの自分に勝手に期待して勝手に裏切ったと騒いでいた親だった人間を刺したのだ。どんな理由であれ人殺しには変わりは無いのだから地獄行きなのだのだろう。そう納得していた。

「あれは...門番?」

視線の先には青と緑の着物を着た少女が此方をじっと見つめている姿があった。少女はよく通る声で男に言った。

「お兄さん、名前なんていうの。私はアオ。」

「俺は...マサヨシ。」

「マサヨシ。アンタこれから地獄行きなんだけど、私のお願い聞いたら刑が無くなるよ。やる?」

「は?」

マサヨシは思わず聞き返した。刑が無くなる、一瞬魅力的には思えたが直ぐに考え直した。あくまで自分は人殺しなのだから、そんなことは期待してはいけないのだ。

「そんな都合のいいことある訳無い。」

「あるよ。私のお願い聞いてくれたら。その代わりアンタの刑は私が受ける。」

「お願いごとの内容によるけど...。」

あまりにもアオが引き下がる気配が無いのでお願いの内容だけを確認する。

「現世に戻ったら煙草を買ってきて私に渡して欲しいの。」

「煙草?」

「そう。煙草。」

アオはニコニコと笑いながらマサヨシを見つめる。少女の姿をしているがどう考えても中身は大人だ、マサヨシはそんな直感を抱きながら内容を聞いてしまった以上お願いを断る訳にはいかず引き受けてしまったのだ。


そして現世。マサヨシにとっては一時的とはいえ生き返ったような気がして不思議だった。

「煙草だったよな。」

アオがマサヨシに手渡した煙草の空箱にはあまり見たこともない銘柄が刻まれている。コンビニでアルバイトをしたこともあるが手元にある煙草の銘柄だけは見たことが無かったのだ。

「まさか古いやつじゃ無いだろうな。」

もし古く製造されていない物であれば結局アオに馬鹿にされた形になるだけだ。死んで誰かに弄ばれたなど笑えない冗談、と思いながら道を歩いていると今では滅多に見ない煙草を売っている自動販売機を見つけた。

「この中にあるのか。」

幸い小銭はある。年齢認証もないタイプの自動販売機なのでかなり古い筈だ。

「えっと...。この銘柄は...」

「アオに頼まれたか?」

突然後ろから声をかけられ悲鳴をあげそうになる。恐る恐る振り返ると左目に眼帯をした長い白髪の大男がマサヨシを見下ろしていた。

「すまん。アオのお願いを真面目に聞いている奴に久々に会ったんだ。」

「あ、貴方は...?」

「シロだ。アオと同じような奴だと思ってくれていい。」

「えっと...。」

「人間じゃないってだけ分かればいいさ。」

シロはふっと笑うとマサヨシの手元に握られている煙草を見つめる。

「あいつまだ探しているんだな。」

「探してる...?」

「まあいいさ。とりあえずその煙草を持ったらそこの墓地にいけ。」

マサヨシがシロの指差す先を見ると枯れた草むらに覆われた墓が一つだけあった。言われるがまま煙草を買い墓に行くと急に景色がぐにゃりと歪み気付けば元いた地獄へと戻っていた。

「アオ、これ?」

「ありがと!そう!あったんだ。良かった!」

アオは相変わらず笑っているが暫く考える素振りを見せてマサヨシに言った。

「ねぇ、私のお願いというか...こんな感じのお使い?みたいなやつ。暫く頼まれてくれない?」

「え?」

マサヨシが混乱を起こし立ち尽くしていると頭上からシロの声がした。

「そりゃいいな。アンタ、アオのお使い全部やってやりゃいいじゃねえか。」

「は?」

何を勝手に話を進めているのかと抗議する間も無くマサヨシは強制的にアオのお願いに付き合わされる羽目になったのであった。

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