第3話 ジョーンの話 1
愛らしくも不思議な生物モフェアリーたちの物語も、この辺りで中盤となる。
鷲の屋敷で飼われていたなかには、トカゲ召使いのペットとなった者たちが3匹いる。彼らの話をしよう。
元気者のジャック、小柄で可憐なジル、そしてこの2匹の少し後に使用人室暮らしに加わった、今回の主役ジョーンだ。
モフェアリーたちのなかでもとくに美しい個体だった。しなやかな身体つき。しっぽはシルクよりも滑らかな手触り。長い「耳」を中心に頭は淡い紫で、スミレの花を飾ったよう。白い顔にきわだつ青い「瞳」は深く透明な湖を思わせ、こよなくパッチリとしている。
なかなかお利口で、屋敷に来てすぐトイレの使い方を覚えた。食事のときに鎮痛キノコを食べることも2度目の刈り取りまでに学んでいた。しかし、しっぽの成長が遅いことから、ほどなくしてしっぽの刈り取り対象から外された。
これでキノコを訝しげに食べる必要もなくなった。
「えっ、旦那様……本当に私たちに下さるのですか、この子を!?」
ベテランのトカゲ召使いは、たいへん喜びつつも意外に思った。旦那様はジョーンを自身の鑑賞用にしたがるに違いないと考えていたからだ。その場合もたぶん召使いが世話するのだが。
彼はいまもジョーンを懐に入れたまま話している。可愛いあまり、会話が終わるまでに気が変わりはしないか。
「もちろん本当だとも。……だが……時々様子を見に行っても良いかね」
しっぽ売買の稼ぎ頭であるコロピィ以外のモフェアリーに対して、奥さんや雛たちはともかく、旦那さんが様子を見たいなどと言うのは初めてだった。
ジョーンは旦那さんを、懐から上半身を出して見上げ、名残惜しそうな可愛い声で鳴いた。
「ぴぃー……」
「よしよし、お前はお利口さんだね。トカゲさんたちのところでも良い子にするんだよ」
ジョーンは旦那さんにそっと懐から出されて床に立たせられると、トカゲ召使いのもとへトコトコ歩いた。まだ細いしっぽを風にそよぐ若草のように揺らしながら。
「ああ、なんて可愛い子でしょう。……旦那様、ありがとうございます」
トカゲのベテラン召使いは、ジョーンを抱いて深々と頭を下げた。その腕の中で、ジョーンは青い大きな「瞳」をキラキラさせて
「ぴい」
と鳴いた。
トカゲ召使いのペットという名目であっても、モフェアリーの飼育には生態の観察という側面があり、単なる愛玩用ではない。とはいえ忙しさの増したのを忘れるほど、ジョーンは愛らしかった。
使用人室に着くと先住の2匹、ジャックとジルに挨拶した。小さな鼻をしっぽの付け根に埋もれるばかりに近づけ、たがいにお尻の匂いを嗅ぎあうのだ。
しっぽビジネスの戦力外となった3匹も最後の刈り取り後に回復魔法を施されていたが、コロピィに対するような強力なものではないので翌日元通りとはいかない。
なので、このとき3匹ともコロピィのような豊かなしっぽを持たなかった。それでも充分に魅力的な姿の生き物たちだ。
「みて。体はジャックより少し小さいけど、『お耳』の長さを含めると追い越すのよ」
「『お目々』も可愛いし『お耳』の先の粒も宝石みたいに綺麗ですね」
モフェアリーたちはそれぞれ愛らしいが、なかでもトカゲ召使いたちの話題によくのぼるのはジョーンだった。
トカゲ召使いたちの観察によると、ジャックと比べてジルは弱い子だ。ジルは日向ぼっこの場所やおやつの取り合いに負けが重なるうちに、ジャックを怖がるようになってしまっていた。
それがジョーンが間に入ることで、新しいバランスが生まれた。ジョーンを真ん中にして3匹で寄り添って過ごす時間が増えた。以前よりジャックは仲間に優しくなり、ジルは物怖じしなくなった。
やがてこの3匹のしっぽがふっくらと育ってくると、みつどもえのようになって互いに毛づくろいをしている姿が見られるようになった。
モフモフの輪から時折、ぴぃ、ぴぃと笑っているような嬉しげな声が聞こえる。
毛づくろい、とくにしっぽの毛づくろいはモフェアリーにとって大きな楽しみであり、仲間との親睦を深める大切な営みだ。
「ぴいっ!」
ジャックの陽気な声。
「ぴぃー♪」
ジョーンの歌うような美声。
「ぴぃ……」
ジルの奥ゆかしい小さな声。
こうした心から気持ち良さそうな声を聞くたびに、鷲たちもトカゲたちも幸せな気分になる。
そして、ひとりで過ごすコロピィやコロピーニがほんの少し可哀想になる。ますます細やかにブラッシングなどの世話をしてやろうと決意を新たにするのだった。
しっぽの売買はますます隆盛し、巷には後追いする同業他社も増えている。
鷲の旦那様は、モフェアリーの飼育場や直営しっぽ店も手がけるようになった。
看板にはコロピィとジョーンの間を取ったようなキャラクターが描かれ、このような文字が躍る。
「大切なヒナの快適なベッドにモフェアリーのふわふわしっぽ」
「当社のモフェアリー飼育場はここが違う!回復魔法で長生き! 鎮痛キノコで痛くない! ストレスの全くない環境を実現!」
そんなある日の午後。
若いトカゲ召使いが、トカゲ魔術師にこんな話をした。
「さきほど興味深い場面を見ましたよ。あの子たちは従来考えられていたよりも知能が高いのかもしれません。とくにジョーンは賢い子ですよ」
可愛いモフェアリーたちの話をするのが楽しくて仕方ないと言った調子だ。
「失礼するよ。よかったら俺にも聞かせてくれないか」
そう言って扉をノックしたのは旦那様だ。ちょうどモフェアリーの様子を見に来たところだった。ベテランのトカゲ召使いも一緒だ。
「ジャックたち3匹におやつをやりに行ったときのことです……」
若いトカゲ召使いの話によると、このような出来事があった。
* * *
3匹のモフェアリーたちは、追いかけっこをして遊んでいました。
今日のおやつはラズベリー3つずつです。
中腰になって餌台に小皿を並べていると、いち早くおやつに気づいたのはジルでした。もう2匹は走るのに夢中でしたが、ちょうどジルは疲れて一休みしていたのです。
ジルがこちらに駆けてくるともう2匹も気づきました。とくにジャックは、一番乗りはボクだと言わんばかりに猛追します。ジルも以前ならジャックの勢いに怖れをなして諦めたかもしれませんが、今は違いました。
タッチの差でジルの勝ちだったと思います。しかし、ジャックにぶつかったのでよろけて、餌台の端に置かれたお皿を一枚床に落としてしまいます。
お皿は、中身に覆い被さるように裏返しになってしまいました。モフェアリーの
「ぴぃぃ……」
ジルがしょんぼりしていると、ジョーンは、自分の目の前のお皿をジルのほうに向かって鼻で押しました。優しいですね。
それから、そのお皿とジャックのお皿からラズベリーを一つずつ食べました。こうして皆2つずつラズベリーを食べたことになります。
ジョーンはもしかしたら、数を数えることができるのではないでしょうか。
* * *
「なるほど、それは興味深い」
一同は口々に言った。
このとき、旦那様の思いついた事が、彼らとモフェアリーたちにとって、良くも悪くも大きな転機となった。
(第4話 ジョーンの話 2 へ続く)
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