第2話 コロピーニの話
モフェアリーには額から後頭部にかけて、耳に見える部分を中心に鮮やかに色づいているものも少なくない。
色彩や形はさまざま。まるで髪型のようだが実際はゼリー状の塊で、頭部や「耳」を保護する部位と考えられる。
コロピーニという名のモフェアリーは、この部分がまるでキノコの傘のような栗色をしていた。
コロピィと名付けられた個体が鷲の夫婦の屋敷で飼われていたころ、屋敷に連れて来られた数匹のうちの一匹だ。
始めからしっぽを刈り取ることを意図して飼われたのは、鷲の屋敷ではコロピーニが最初だ。そのとき屋敷にはモフェアリーの管理体制がほぼ出来上がっており、しっぽ刈りの対象は他の個体と接触しない。
なので二匹は互いに姿を見たこともないばかりか、コロピーニは鷲の雛たちから存在すら知られていない。
ほかの個体は、モフェアリーの生態観察も兼ねて、トカゲたちのペットとして使用人の部屋で飼育された。効率良くしっぽを刈るのに適さなかったのだ。
しかし、捕獲された時期から、コロピーニはペットたちの誰かの子である可能性がある。
なぜコロピィとコロピーニがしっぽを刈るのに適していたのか。おもな理由は、この2匹が鎮痛キノコを喜んで食べるからだ。
他の個体は、鎮痛キノコを嫌い断尾を痛がるものたちや、痛みを和らげる効果に気づいてキノコを最小限食べる利口者だが何故かしっぽの成長が遅いものがいた。
キノコを好む個体はむしろ少数派らしいのだ。
コロピーニはキノコ好きなことではコロピィにひけを取らなかった。
コロピィはモフェアリーの主食と見られる果物もよく食べる大食漢で肥満気味。
それに対してコロピーニは、果物を食べる量は少ないくらいだった。そのせいかコロピィよりもしっぽの成長が遅かったが、十分に採算が取れた。コロピィより身が軽くて扱いやすい。
モフェアリーのしっぽで雛の寝床をつくることが猛禽たちの間で普及すると、モフェアリーのしっぽの乱獲、少しあとに鎮痛キノコの価格高騰が起こった。
ほかにもいくつかの要因が重なり、鷲の旦那さんが屋敷のモフェアリーを手放すことを考えはじめたのはこの時期だった。
あるとき、屋敷に奥さんの老いた両親が訪ねてきて、ちょうどコロピーニが寝床へ運ばれてゆくのを目にした。
しっぽの刈り取りや魔法による回復の直後で、まだ鎮痛キノコが効いてぼんやりとしている。
「あなた、ごらんなさい。あの濁った目! しっぽも失くして、なんて哀れな姿でしょう」
しかし娘の夫の稼業に嘴を挟めなかった。
鷲の旦那さんが屋敷内でのしっぽの生産をやめる頃、コロピーニは奥さんの両親に引き取られた。
じつをいうと、コロピーニという名はその時に旦那さんが慌てぎみに付けた。名前もつけなかったと知れたら義父母の心証が良くないだろうから。
この老夫婦は果物を何より好むことこそモフェアリーの自然な姿と考えていた。キノコを食べるのは、しっぽを刈られるうちに身についた悲しい習性だと見做していた。
「誰かに飼われる時点で自然な状態とは異なるにしても、本来の生き方に近づけてやろうじゃないか」
その思いはコロピーニの世話を何日続けても変わらなかった。
老夫婦はコロピーニに、十分な果物を与えた。快適な寝床、清潔なトイレ。
そして仕事のある若い猛禽にはできないほど長い時間、コロピーニを観察した。
「ぴいーい」
コロピーニはしばしば「瞳」を潤ませて悲しげに鳴く。
「ああ、仲間から離れて寂しいんじゃな」
老夫婦は引き取る前のコロピーニのことをほとんど知らない。鷲の屋敷に連れてこられて以来他のモフェアリーと会ったことはなく、今は孤独ではない。
実際はキノコの味を恋しがっている。
大好物を存分に食べられても狭い檻とトカゲ魔術師の部屋を往復するだけの暮らしと、広い家で可愛がられても肝心のキノコだけが足りない今と、どちらがましか。
もしコロピーニが言葉を話せても答えに困るだろう。
「ぴいっ! ぴいっ!」
「はいはい、おやつね」
新鮮な果物が運ばれてきた。
与えられたものを喜んで食べているように見えるが、満足してはいない。キノコがいいのだ。
「このくらいにしましょうね。食べ過ぎるとご飯が美味しくなくなってしまうよ」
「ぴぃー……」
じつを言うと、コロピーニの「おやつ」の量は少ない。元気でいられる範囲でお腹を空かせていれば、果物の食事がよけいに美味しく感じられ、やがてキノコへの執着を忘れるのではないか……と老夫婦は考えているのだ。
やがて、コロピーニが悲しげに鳴くことがなくなった。同時に奇妙なことが起こりはじめた。丘の向こうのキノコ栽培農家の栽培室が荒らされたのだ。
ある日、キノコ農家の父さんが老夫婦のもとへ、袋いっぱいのキノコを持って訪れた。
「……そんなはずはありません。モフェアリーは本来果物を食べたがるんですから」
「けど実際、うちの栽培室に忍び込んだところを見つけたんですよ。キノコみたいな茶色い頭に白い体……何より綿の花みたいなしっぽが、すばしっこく、あんた方の家のほうへ逃げてった。間違いありません」
そう話して農家の父さんは嘴をむすんだ。
キノコ農家がその動物をみた時間帯、老夫婦はどちらもコロピーニと一緒ではなかった。ショックを受けた老夫婦に、キノコ農家は穏やかに言った。
「モフェアリーってもんは、まだ明らかになっていないことが沢山あるんでしょう。心底キノコが好きなのが居てもおかしくないですよ。それにうちのキノコは美味しいですから。少しですが、うちでとれたのを差し上げます。これから気をつけてくださいよ」
キノコ農家が帰っても、コロピーニは戸口の内側で匂いをいつまでも嗅いでいた。
袋の中身は、不揃いで売り物にならないが味は劣らない沢山のキノコだった。作物を荒らされた被害者としては非常に丁寧な手土産だ。
しかし心のどこかで自分たちのせいだと認めきれない老夫婦に、考えをはっきりと改めさせるにはいささか物足りなかった。
プライドが邪魔したと言えようか、老夫婦はそのキノコを自分たちで食べることもコロピーニに与えることもできず、配達にきた果物屋の娘さんにあげてしまった。
それからしばらく後、大雨と強風が三日三晩続いた。
二日間は、外で大きな物音がするたびに、コロピーニはお爺さんかお婆さんの膝の上で、綿の花のようなしっぽもろとも震えた。
しかし三日目の晩、コロピーニは姿を消した。
老夫婦はどちらも身体がきかなくなっている。自分で探しに行くことも、伴侶に探して来なさいと言うこともできない。口に出さねどお互い同じ思いなのが分かった。
「こんなことなら、キノコをお腹いっぱい食べさせてあげればよかった……!」
そして、どこか安全なところに身を潜めて無事でいることを祈った。
雨が上がりの早朝に鷲の老夫婦は、まず家の周りから目を凝らして地上を歩いたり、空を飛んで遠くを見渡したりしながら、コロピーニを探した。
「コロピーニ、帰っておいで」
「コロピーニ、一緒にキノコを食べよう」
見つからないまま丘を越えてしまった。
キノコ農家で、キノコを一袋買ってからコロピーニのことを聞いてみると、嘴の黄色い息子が答えた。
「今朝、うちの前でグッタリしていたよ。盗んだキノコをくわえて満足そうな顔でね。畑の裏にお墓を作ろうと思うんだ」
老夫婦は顔を曇らせ、がっくりと俯いた。その時、
「あっ、こら!」
農家の息子の声に驚かされた。
彼の服の懐がもぞもぞ動き、栗色の「耳」がはみ出した。先端の黒い粒がつやつやしている。かと思うと、それはお婆さんの買ったばかりのキノコの袋にもぐり込み、大好物の間からピョコンと可愛い顔を出した。
「コロピーニ! 無事だったのね!」
ぴ、と小さな音で返事があった。
口の中はもうキノコでいっぱいになっていたから。
老夫婦は、コロピーニをしばらく世話してくれた農家の息子に厚く礼を言った。
彼にとっては、老夫婦にコロピーニが死んだと思わせて自分のペットにする目論見が外れてしまった。
こうしてキノコ農家は、近所に可愛い常連客を得たのだった。
(第2話 コロピーニの話 おしまい)
(第3話に続く)
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